手のひらに収まる画面が診察室に~遠隔医療のこれから

仕事や育児で忙しい、通院が体力的に辛いなど、徐々に病院から遠ざかる患者さん。診療ができれば防げたはずの症状の悪化に、もどかしい思いをした経験はありませんか。もしスマホですぐに様子を診ることができたら……。

日本では2015年8月に厚生労働省が出した通達により、情報通信機器を使った診療が事実上の解禁となりました。しかし、同省は対面診療を行わない治療に厳しい姿勢を崩していません。

2015年末の国内インターネット利用者は1億人を超え、スマホ世帯普及率は72%となっています。ここに、医師と患者をつなぐ役割を期待できないでしょうか。
導入が進むとされるアメリカの例を参考に、医療の近い将来について考えてみましょう。

 

慎重かつ慎重に、日本の遠隔医療解禁

テレビ電話などを用い、離れた場所の診療などのために行われる遠隔医療。MRI画像診断などで医師間の利用はすでに広がっています。医師・患者間については対面診察を求める医師法第20条に抵触する懸念から、へき地などの例外を除いて原則禁止と考えられてきました。

それが、2015年8月の厚生労働省による通達「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」で「対面診療を行った上で、遠隔診療を行わなければならないものではないこと」の表現があり、事実上解禁となったのです。

これにより遠隔医療を扱う民間企業も出てきましたが、2016年3月、同省医政局が遠隔診療だけで診療を完結させることについて同法20条違反になるとの見解を示しました。
また、ポート株式会社が2016年10月、22歳から69歳の男女2678人を対象に行ったウェブ調査では、遠隔診療という言葉を知らない人が61%でした。スマホなどの普及の速さとは相反して、遠隔医療の浸透度合いは一進一退です。

 

アメリカで遠隔医療が進む背景

一方アメリカでは出生前診断を希望する夫婦のカウンセリングを電話で受け付けるなど、遠隔診療は一般の人から縁遠いものではありません。背景には、アメリカならではの事情も含まれています。

米退役軍人保健局は2003年から2007年、慢性疾患のケアや不要な医療を避けるためのテレヘルス(Telehealth=遠隔医療)プログラムを実施しました。約1万7千人を対象とした同プログラムでは、退役軍人の入院日数が25%減少、来院が19%減少し、訪問医療よりコストを抑えられたとしています。

また、遠隔医療を提供するウェブサイト、アプリの開発も隆盛に向かっています。

ドクターオンデマンド」は24時間利用でき、内科や精神科を擁しています。料金は内科が1回49ドル、精神科が再診99ドルなど。大人の処方薬の補充にも対応しており、予約で25日待ちといわれる精神科もすぐに受診できるなど、待ち時間からの解放と自宅で医療にアクセスできる気軽さをうたっています。

ファーストオピニオン」は不要な来院と高額な医療費を負担しなくてすむメッセージングサービスで、患者から医師への質問・相談は無料です。18歳以上の患者が対象で、数人の医師から成るグループが担当します。来院が必要と判断され、17州(アリゾナ州やカリフォルニア州など)の地元医師へつなぐ際には39ドルの料金が必要です。皮膚症状、アレルギー、妊娠などに対応し、歯科などはありません。遠隔医療サービスは料金体系や診療科、利用できる地域などが異なるため、患者は自分に適したサービスを探す必要がありそうです。

さらに、グーグルベンチャーズといった投資会社や個人投資家の出資など、アメリカの遠隔医療には資金面の支えもあります。
モデルとなる退役軍人保健局のプログラムがあり、外来診療が高額なアメリカでは、遠隔医療サービスの発展は必然的かもしれません。

 

手のひらでアクセスできる医療の可能性

日本では国民皆保険制度が整っています。現在、遠隔診療で医師が請求できるのは電話等再診料、処方箋料のみで、対面の療養指導で請求できる特定疾患療養管理料は画面越しでは得られません。ですが、遠隔医療の普及が緩やかで良いのでしょうか。

対面診療と異なり、遠隔医療では患者の待ち時間や移動は不要です。米退役軍人保健局の事例では、生活習慣病などの慢性疾患に応用することが医療費の削減につながることも報告されています。スマホなどで連絡できる態勢が整えば、緊急事態とまではいえない突発的な体調不良にも応じやすくなります。

これらの特長は、高齢化が進む日本で大きな力を発揮するのではないでしょうか。総務省によると、2015年に約550万人が救急車で搬送され、そのうち56.7%にあたる約310万人が65歳以上の高齢者でした。1995年の31.6%から大幅に増加しています。
一方、搬送された人数のうち「入院加療を必要としない」軽症者は50%前後で高止まりの状況です。一人暮らし高齢者の増加も「男女ともに顕著(内閣府)」。軽症で救急車を利用する高齢者層が、医療に気軽にアクセスできる手段を得られれば、連動して患者・医師・救急隊の負担が減少する可能性があります。

 

便利な医療に踏み出す一歩を

やはりネックになるのは、診療報酬の少なさと、遠隔医療導入に対する厚生労働省のかなり慎重な姿勢でしょうか。しかし高齢化は待ってくれません。
今日、7割を超える世帯がスマホ――テレビ電話、映像やメールの送受信を指先で行える、遠隔医療に耐える通信機器――を持っています。
まずは健康相談や医師・患者間の連絡ツールとして、将来的には家と病院をつなぐ手のひらでの医療を実現する手段として、病院や家庭から遠隔医療の利便性と必然性を模索していく価値がありそうです。

(文・エピロギ編集部)

<参考>
厚生労働省平成27年8月10日事務連絡「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000094452.pdf
医政医発0318第6号「インターネット等の情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)を提供する事業について」
http://www.yakujihou.com/content/pdf/17-D2.pdf
総務省平成28年版情報通信白書 第2部「基本データと政策動向」
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc252110.html
中医協「遠隔医療に対する診療報酬上の現行の取扱」
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/h28/shouchou/20160609_shiryou_shouchou_1_1.pdf
ポート株式会社「遠隔診療におけるWebアンケート調査結果のお知らせ」
The New York Times“Jenna Miller: Demystifier of Genetic Disorders” http://www.nytimes.com/2015/09/13/jobs/jenna-miller-demystifier-of-genetic-disorders.html?_r=1
米国立生物工学情報センター(NIBC, PubMed.gov)Care Coordination/Home Telehealth: the systematic implementation of health informatics, home telehealth, and disease management to support the care of veteran patients with chronic conditions.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19119835
DOCTOR ON DEMAND
http://www.doctorondemand.com/
first opinion
https://firstopinionapp.com/
Google Ventures
http://www.gv.com/
総務省「平成28年版 救急・救助の現況」
https://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h28/12/281220_houdou_2.pdf
内閣府「平成27年版高齢社会白書(概要版)」第1章第2節1高齢者の姿と取り巻く環境の現状と動向
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2015/html/gaiyou/s1_2_1.html

 

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