治す医療から治し支える医療へ

これからの地域で求められる、在宅医療での患者との関わり方

清水 政克 氏(医療法人社団 清水メディカルクリニック 副院長)

世界でも例のない速さで高齢化が進む日本。2025年には団塊世代が75歳になり、国民のおよそ3人に1人が65歳以上という、超高齢社会を迎えます。今後ますます重要になる在宅医療や看取りにおけるコミュニケーションのポイントについて、長年在宅医療に取り組み続け、2013年に清水メディカルクリニックにて在宅医療部門を創設、日本在宅ホスピス協会役員としても活躍を続ける清水政克氏に寄稿いただきました。

 

在宅医療は、治し支える医療

これからの医療は「治す医療から治し支える医療」「病院完結型医療から地域完結型医療」への転換が必要です。そのなかで地域での中心的役割を果たすのは在宅医療であり、すなわち地域包括ケアの構築とは、在宅医療の推進に他ならないのです。特に、急速に高齢化が進行し高齢者人口が爆発的に増加する大都市圏とその周辺地域において、われわれ(団塊ジュニア)世代の医師は多かれ少なかれ在宅医療に携わらなければならない時代がもうすぐそこまで来ているのではないでしょうか。かかりつけ医として在宅医療を地域に提供している開業医だけでなく、病院勤務医も在宅医療を受けている患者さんを救急対応で引き受けることもあるはずです。

今後、介護系施設からの救急搬送もどんどん増加してくるかもしれません。また、入院患者さんが退院するときにも、在宅医療との連携はますます重要になってくるでしょう。病院勤務だから在宅医療は対岸の火事、という時代ではもはやないのです。

 

病院医療と在宅医療の違い

病院医療と在宅医療の対比を表1に示します。在宅医療が「治し支える医療」であることがご理解いただけるのではないかと思います。在宅医療の対象者は「通院が困難であること」が大前提です。病や老いのために徐々にフレイル状態となってきた方々、言い換えると「エンド・オブ・ライフ期(人生の最終段階)」を迎えている方々がその主な対象であるともいえます。そのため、在宅医療では人生の最終段階や看取りに関する意思決定支援・コミュニケーション・症状緩和(緩和ケア)が非常に重要となってきます。

 

清水政克氏_表1

 

在宅医療が提供される場所として患家と介護系施設がありますが、それらには少し違いがあります。また、一口に施設といっても、その種類によるさまざまな違いがあります。医師や看護職員の配置が義務づけられている施設では、一般的には訪問看護ステーションなどの外部サービスを利用することができません(施設の種類や疾病による違いはあります)。つまり、施設で在宅医療を行う場合は、施設の医療・介護スタッフの力が大変重要となってきます。

 

在宅医療で求められる意思決定支援とコミュニケーション

在宅医療では、①本人の意向、②家族の希望、③医学的判断のバランスをうまく取ることが求められます。在宅医療は意思決定支援の連続、とも言えるかもしれません。当院では、新規に在宅医療の開始を希望する患者さん・ご家族とは必ず事前に面談(外来診療もしくは退院前カンファレンス)を行っています。この初回面談の目的は、在宅医療を受けたいという目的・目標を本人・ご家族とわれわれ医療者が共有し、その上で実際の在宅医療でできることとできないことがあることについてご理解いただき、みんなで納得して在宅医療を始めていく、ということにあります。また、医療依存度が高い患者さんについては在宅でも対応可能な処置方法などを調整しますが、在宅でその処置は誰が行うのか、という視点もとても大切です。

具体的な事例を挙げてみます。たとえば、がん終末期の方の輸液の問題です。患者さんが「点滴はしたくない」とおっしゃっていても、ご家族が「点滴してほしい」という状況はよくあることです。喀痰が多かったり腹水があったり浮腫があったりといった体液過多状態の場合には、ご家族が点滴を希望されても、患者さん本人の苦痛をできるだけ緩和しこれ以上の害を与えないために「あえて点滴はしない」という選択をすることも多いと思います。その際には、本人が希望していないこと、点滴することでむしろ苦痛症状が悪化する可能性があること、などについて時間を取ってご家族にしっかりと説明する必要があります。

その一方で、脱水傾向にあり点滴すれば一時的に少しは状態が改善するかもしれない、という医療者としても判断に迷うケースもよく経験します。この場合には、「点滴するのか、しないのか」という信念対立の状況になることを極力避けるために、本人・家族のコンセンサスの調整が必要です。点滴を行えば少しは元気になる可能性があるかもしれないこと、しかし点滴をする目的はあくまで元の病気を根本的に治すことではないこと、点滴の効果は限定的かもしれないこと、もしかすると点滴をしたことによって本人の苦痛が増すかもしれないこと、そのときには一旦開始した点滴を中止するという選択肢もあること、などについて点滴を開始する前にしっかりとコミュニケーションをとって説明しておくことが大切です。そうでないと、一旦始めてしまった点滴を中止することが極めて困難となってしまいます。その上で、一度点滴をしてみて良くなれば一定期間継続してみてもよいし、逆に苦痛が増すようであればやめるということも含めて、これから一緒に相談していくことを本人・家族と約束します。

また、もしも(看取りを含めて)何かあったときの入院を希望されるのであれば、事前にバックアップ病院やホスピス緩和ケア病棟の登録を行っていく、という作業も当院で行っていきます。

特にエンド・オブ・ライフ期を支える在宅医療では、このような本人・家族との密接なコミュニケーションが求められます。逆に言えば、このようなコミュニケーションをとることによって患者・医療者間の不要なトラブルを避けることにもつながると考えています。

 

在宅医療における看取り

患者さんにできるだけ家で過ごしていただくためには適切な症状緩和が大前提であり、在宅医療を行う上で緩和ケアのスキルは極めて重要です。そして、適切な症状緩和と安楽な在宅生活の先に、在宅での看取りがあります。在宅看取りは、日々のきめ細やかな日常診療の先にある目標であって、決してそれ自体が目的ではありません。当初は最期まで在宅で、と考えていた患者さんやご家族の意向が急に変わることもよくあります。患者さんやご家族が入院を希望した際には、そう考える理由をしっかり傾聴した上で、解決できる問題に1つずつ対処していくことが重要です。

また、ご家族(遺族)に対するグリーフ(悲嘆)ケアは、実は看取りの前(臨終前)から始まっています。在宅での臨終前にご家族に説明しておくべきポイントを表2に示します。

 

清水政克氏_表2

 

現在の病状や今後の具体的な見通しなどについてしっかりとアセスメントを行い、介護するご家族に適切なコーチングをすることにより、ご家族と医療者で在宅看取りへ向けたケアの目標を共有することができます。また、介護するご家族のサポートという点においても、医師以外の地域の医療・介護スタッフの果たす役割は非常に大きいものがあります。

延命処置などをせずに自宅や施設で看取ると決めていても、いざという時に慌てたご家族や施設スタッフが救急車を要請してしまうケースもあります。救急車を要請するということは延命処置をしてほしいという意思表示となってしまうこと、さらに救急隊が到着した時点ですでに心肺停止状態であれば確実に警察に通報されてしまうこと、などについても事前にしっかりと説明しておくことが重要です。そして、もしも呼吸が止まったら慌てずに訪問看護師あるいは在宅主治医に連絡し、その到着を待つように指示しておきます。

実際の在宅看取りでは医師がその現場に居合わせることはほとんどなく、訪問看護師が家族からの報告を受けて患家に訪問し、先に心肺停止を確認、その上で医師が訪問して死亡診断を行う、というのが一般的です。

 

いつ患家へ看取り(死亡確認)にいくのか?~タイミングとご家族との接し方

深夜・休日などに患者さんが患家で亡くなった場合、すぐに看取りにいくべきか、朝まで待って看取りにいくのか、は在宅主治医の考え方や患者さん・ご家族との関係性によってさまざまだと思います。いよいよ患者さんが息を引き取ったときに、ご家族が十分に悲しむ時間を確保することも大切です。医師がすぐに看取りにいくよりも、患者さん・ご家族だけの時間を過ごすこと、そこに訪問看護師が寄り添うこと、などもご家族のグリーフケアとして必要なことです。訪問看護師からの報告で特に問題がなさそうであれば、翌朝まで待ってから患家に看取りにいくことも非常によくあります。

もちろん、ご家族の不安が強かったり、すぐに医師の死亡確認を希望したりする場合には、できるだけ早く患家に看取りに行く方がいいでしょう。また、パニックになってしまったご家族が誤って救急車を要請してしまい警察へ通報された場合には、警察は医師から直接の説明を受けなければ事件性の有無を判断できないため訪問看護師のみの対応では不十分であり、ただちに医師が現場に向かう必要が生じます。

いずれにせよ在宅主治医は、ご家族が患者さんとしっかりお別れをすることができ、かつ不安を生じないタイミングで、患家に看取りにいくのが望ましいのではないでしょうか。患家に到着したら死亡確認をする前に、ご家族が話しやすい雰囲気を作り、傾聴に努め、ご家族にねぎらいの言葉をかけます。沈黙の時間を長く取るように意識し、ご家族の説明に口を挟まないように心がけます。医師の方から「大往生でした」「年齢的にも悔いはない」「苦しまなくてよかった」などの主観的価値の側面が強い言葉はあまり述べないよう、くれぐれも注意を払う必要があります。「何よりご本人の最期まで家にいたいという希望を叶えることができたのですから、きっとご本人は満足されていることと思いますよ」とご家族をねぎらうことで、ご家族の死の受容が促進されることを多く経験しています。

 

生活者が生活者を支える在宅医療

患者さん・ご家族が「家に帰って最期まで精一杯生ききる」ために在宅緩和ケアを選択するとき、家で暮らす患者さんは一人の「生活者」になります。そして、その生活者の希望や願いを、在宅医療をサポートする多職種チームで共有することによって、患者さんが自宅でよりよく楽しく暮らしていくことにつながっていくのではないかと感じています。

医師もまた「生活者」の一人

その一方で、私たち医療・介護従事者もまた地域で暮らす「生活者」です。家族もいれば、子供の面倒、親の介護、地域の行事のお手伝いなど、家庭や地域での生活者としての役割があります。その生活者としての役割を果たしながら、医療・介護のプロとして患者さんを支えているのが在宅医療の多職種チームであると思います。つまり、「生活者が生活者を支える」のが在宅医療だと私は考えています。

生活者が生活者を支えていくことで、実際にできること・できないこと、が現実的に出てくるかもしれません。もちろん、頑張らないといけないときには頑張るのは当然です。きちんと症状緩和を行うこと、意思決定支援を行うこと、適切なアセスメントとコーチングをすること、やるべきことはちゃんとやった上で、肩の力を抜いて気負わずに自然体で、患者さんの「家で最期まで」につきあい寄り添うことができれば、地域での在宅医療を継続的に行うことができるのではないでしょうか。

医師一人で在宅医療に取り組むのは、体力的にも時間的にも厳しいと思われるかもしれません。しかし、在宅医療は助け合いです。地域には助けてくれる多職種のスタッフがたくさんいます。看取りや病状の悪化などで夜間や休日に呼ばれることももちろんあります。とはいえほとんどの場合は事前に予測することができます。看取りについては、前述のように翌朝に訪問することでも全く問題ありません。日中や休み前に事前に手を打っておくことで、不要な呼び出しは回避することも可能です。病院の当直では事前情報のない新患さんが救急車で搬送されてきますが、在宅医療では急に呼ばれたとしても相手は基本的にはこれまで診てきた患者さんです。事前情報も十分にあり、患者さんやご家族との関係性にも問題なければ、時間外に対応することもそれほどストレスとはならないのではないでしょうか。これから団塊の世代が次々と高齢化していく多死時代を乗り切るためには、われわれ団塊ジュニア世代が地域を支えていくしかもう道はないように思います。

外来に通えなくなった患者さんのご自宅に訪問すると、患者さんもご家族も大変喜ばれます。この患者さんはこんなお家で生活していたのか、こういう趣味があったのか、これまでこんな生活をしてきたのか、大切にしているモノは何なのか、家でしか分からないことはたくさんあります。私たちがよく知っていると思っている患者さんの心の内は、実は全然違うのかもしれません。患者さんにとって本当に一番大切なことは一体何なのか、みなさんは興味ありませんか? 在宅医療なら、それを知ることができるかもしれません。

 

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清水 政克(しみず・まさかつ)
1997年三重大学医学部卒業。医療法人社団清水メディカルクリニック副院長・在宅医療部門担当。
神戸大学医学部附属病院やその関連病院で研修・勤務の後、2006年から医療法人社団倫生会みどり病院で在宅医療に従事。2013年より現職。
医学博士、日本内科学会総合内科専門医、日本プライマリ・ケア連合学会認定医・指導医、日本医師会認定産業医。日本在宅ホスピス協会役員(世話人)、日本ホスピス・在宅ケア研究会評議員。
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