決断の時―キャリアの岐路で、医師はどう考え、どう選択したのか

第2話 いつまでも医師として、患者さんを助け続けたい

医師の長いキャリアの中には、何度か重大な決断を迫られる場面が出てきます。本連載では、「シリーズ・決断の時」と題して、それぞれの医師が「自身のキャリアに関する重要な局面でどのように考えて決断したのか」についてエピソード形式でご紹介します。

第2回となる今回は、44歳の脳神経外科医師のエピソードです。今後のキャリアについて考える際の1つの参考になれば幸いです。

 

多忙を極める毎日、この先いつまで続けられるだろうか?

大久保 隆介医師(仮名)44歳、関東出身の脳神経外科医。
関西の私立大を卒業後、実家の近くの大学医局に入り直し、それから関連病院でオペに携わりつつ、常に忙しい日々を送っていた。
特に6年前に赴任した3次救急の医療センターでは、生命の危機に瀕している患者が毎日のように運ばれ、緊急オペや長時間のオペが多くなった。さらに2年前に副センター長に任命されてからは、臨床以外にもやらなければならない事が飛躍的に増え、多忙を極める毎日を送っていた。

そのような生活でも30代までは体力と気力で乗り越えられたのだが、40歳を過ぎたあたりから少しずつ体力の衰えを感じるようになった。もちろんそのような理由で患者の命を左右してよい理由にはならないため、常に最善を尽くせるように気は張っていた。

しかし、一切寝る事ができないまま当直明けオペに入るような日には、オペ後に自然と自問する日が増えてきた。
「こんなこと、いつまで続けられるだろうか……」

 

生涯、医師として患者を助け続けたい

大久保医師が脳神経外科医になったのは、研修医時代、患者が脳外オペ後に劇的な改善経過を辿っていく様子を頻繁に目の当たりにしていた事がきっかけだった。また新たな診断法や治療がどんどん生まれていることも魅力的だったため、迷わず脳外科の道に進んだ。その選択に今も後悔はない。

ただ、もう1つ、大久保医師には譲れない想いがあった。

「生涯、医師として患者を助け続けたい」

1回のオペで助けられるのはひとりだけ。ひとりでも多くの患者を助けるには、1日でも、1年でも、可能な限り長く臨床現場に立っていないといけない。自分の子どもができてからというもの、将来にわたって患者を助け続けたいという想いが一層強くなっていた。

 

今のままでいるのは、患者のためにも、自分のためにもよくない

大久保医師の想いとは裏腹に、現在の勤務への不安や危機感は募る一方だった。

「今のペースでは自分自身が燃え尽きてしまうのではないか?
その前に大きな事故を起こしてしまうのではないか?」

自分が燃え尽きてしまったら、「生涯」という想いは当然潰えてしまう。

また、特に現職に就いた時から、二人の子どもとともに過ごす時間が激減した事にも、非常にもどかしい思いを抱いていた。患者を助けるためであれば、家族を、自分を犠牲にしてもよいのかという葛藤を感じていたのだ。

「今のままでいるのは、患者のためにも、自分のためにもよくない」

 

見えてきた今後の方向性

そこでまず、今後自分のキャリアでどんな選択肢があるのか、その選択肢を考えてみるべくパソコンで色々と検索してみることにした。すると様々な求人情報や既に転職した先生の体験話などを読むことができた。

そういった情報を見比べていくうちに、今後の方向性の案がいくつか見えてきた。
それは、
「業務量を落としながらも脳外科を継続」
→これまで同様の業務を続けながらも、手術件数や急患受入数を抑える。
「リハビリテーション科への転科」
→脳外科としてはメスを置き、脳外領域の処置が終わった後の患者を診る。
「内科への転科」
→同じく脳外科としてはメスを置き、脳外領域の処置が終わった後の患者を診るほか、それ以外の内科疾患も幅広く診る。
といったもの。

 

文中図(追加)

 

しかし、サイトの情報ではここまでが限界だった。ネット上に掲載されている求人情報では、本当に知りたい重要な情報が欠如していた。生涯にわたって働ける環境でQOLの充実も実現するために、様々な可能性があることはわかっても、実際に選択肢を絞るにあたって情報が不十分だったのだ。
「募集背景は増員? 欠員補充?」
「医師は何人いる? 急患発生時の体制は?」
「提示年収に幅があるが、自分だったら?」

とネットで様々な求人情報を調べれば調べるほど、色々と気になる事が増えてきた。

 

「内科」への転科が自分には一番向いている

そこで、紹介会社の一つにまずは問い合わせて、担当者に会ってみることにした。
ただ、現在は臨床現場を取り仕切る立場。自分がいなくても現場がまわる体制をつくるまで相当時間がかかる事を考えなくてはならない。

「まずは情報収集を行いたい程度の気持ちであること」
「希望に沿う医療機関が見つかった際にも、転職は再来年度からになる可能性があること」

をしっかり伝えた上で情報提供を依頼することにした。

担当者からは、似たような境遇の医師の話や現在募集中の病院情報の詳細について説明を受けた。話を聞いた上で今後について改めて考えてみると、自分には「内科」への転科が一番向いているのではないか、と思えてきた。

もし、このまま脳外科を続けてややペースを落としたとしても、やはりどこかの時点で限界になって働き方を変える必要が出てくるだろう。一方で、リハビリテーションであれば緊急対応などは減るだろうが、自分にはこれから先も「治療」を通して患者を助け続けたいという気持ちが強いため、回復期の患者だけを診る勤務は合わないのではないか。

それよりは、これまで勤務していた急性期病院で、外科と内科の連携が上手くいっていないために患者への診療にも悪影響が出てしまう状況を目の当たりにする事があったのだ。

そこで、脳外科医として最前線に立っていた自分なら、外科と内科の橋渡しの役割も担える。外科と内科のスムーズな連携を通じて、患者にとって最善の医療を行っていきたいという気持ちが高まっていたのだ。

 

文中図

 

「これは!」と思える病院との出会い

それからは、新しい募集が出るたびに、その担当者から求人情報が届けられた。

「再来年では診療体制がどうなるか未定」という医療機関も少なからずあったが、初めからそのあたりは想定していた。単に楽をしたいわけではない。どこでもいい訳でもない。じっくり腰を据えて、希望を満たす医療機関の情報を待っていた。

そんな想いを抱きながら2カ月後、「これは!」と思える病院の求人情報がその担当者から入ってきた。

東部記念中央病院(仮名)。最近、内科の部長職にあたる医師より、高齢のため退職願いが出たとのこと。200床の地域に根付いた急性期病院で、外科と内科の関係は良好なので、この流れを踏襲したいという病院のポリシーと、自分の希望もしっかり合致する。また、病院内だけではなく周辺クリニックとの連携も円滑に行っており、常に大きな負担を強いられることはなさそうだった。さらに、親が住んでいる実家から車で30分もかからない点も大きかった。

そこで、転職時期は相当先になることを改めて念押しした上で一度、院長と話をする機会を作ってもらった。

1か月後。病院長は60代前半の非常に穏やかな人柄で、話が進むにしたがって経営視点と診療現場の視点をバランスよく持っているということがよく伝わってきた。また、こちらの話をしっかり聞いてくれた上で、10年先の病院のビジョンをしっかりと語ってくれ、心からこの先生の下で働きたいと思えた。

加えて看護師長や事務長とも話をする機会を作ってもらったが、患者視点に立った熱心な想いは院長同様、しっかりと伝わってきた。

ただそうは言うものの、初めて大学医局を飛び出す転職。
本当に先々もこの病院が続いているのか、正直不安もあった。

そこで、改めて紹介会社担当者に聞いたところ、財務諸表を取り寄せて専門家に分析を依頼した上で、病院の経営状況に関して情報提供してくれた。そしてその結果、健全な借入を基に非常に安定的な経営を行っている事がわかり、気になっていた病院の将来性についても安心することができた。

 

調べ抜き、考え抜いた上で決めた、私にとってのベストな選択

現職の引継ぎ、特に後任探しや自分がいなくなった後の体制作りは正直、楽ではなかったが、充分時間もあったため、焦らず落ち着いて話を進めることができた。そして、半年経ってその体制が固まった時、やっと転職を決意する事ができた。

転職前に一度、紹介会社の担当者と会う機会があり、念を押すように言われた。

「大久保先生、メスを置く事に後悔はないですよね」

それに対して大久保医師は自信をもって答えた。

「色々と考えました。その上で、この道が私の考えるベストだと思っていますよ」

……1年後。
大久保医師は家族との時間をしっかり確保しながら、診療でも自身のやりたいことができ、メリハリのある生活を送っていた。透析室を拡充する計画が持ち上がっているが、今の体制であれば無理なく対応可能であろう。妻からは「頑張りすぎないで」と念を押されているが、もちろんそんな事はわかっている。

「何歳になっても医師として患者に関わりたい」
これは自分の中で一番大切で譲れないもの。そして、その想いを叶えるために今、一番必要なのは医療スタッフの更なる成長だ。

「明日の看護師対象の勉強会はしっかり努めねば」
後進育成に一層、力を入れる大久保医師であった。

 

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森川 幸司(もりかわ・こうじ)
大手の出版関連企業から転職して株式会社メディウェルに入社後、関東を中心にコンサルタントとして300人以上の医師のキャリア支援に従事する。「自分が先生の立場だったら、家族の立場だったら…」という想いから、「自分事としてとことん本気になる」ということを仕事上の信条とする。
2011年5月、ステージIVの大腸がんとそこから転移した肝臓がんの診断が下り、それ以降は手術と抗がん剤による闘病生活が始まる。肝臓がんの再発や肺への転移なども経験し、入退院を繰り返しながら、現在は管理部門に所属し他のコンサルタントの支援を行なっている。

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