【第3回】労働基準監督署による医療機関への指導
福島 通子 氏(特定社会保険労務士)
労働の多様化を目指す政府の「働き方改革」。医師も例外ではなく、厚生労働省が進める「医師の働き方改革に関する検討会」では労働の適正化のために議論が進められています。
医師の働き方における課題の一つに「長時間労働」があります。疲労がたまった状態で業務を行うことは、医療の質の低下を招きかねません。また医師の健康を守るためにも、長時間労働の対策を行うことが急務となっています。一方で、医療という社会インフラの維持や医師という仕事の特殊性から、長時間労働の是正の実現までには解決しなければならない問題が多く横たわっています。
本連載では、法律を切り口に医師の長時間労働の現状について読み解きます。第1回では医師の長時間労働と応召義務、第2回では医師の過労死裁判事例についてお伝えしました。
第3回では、医療分野の労働環境改善に数多く携わる特定社会保険労務士の福島通子氏に、労働基準監督署の医療機関への指導事例について紹介いただきます。
働き方改革によって始まった医師の労働環境改善
平成29年3月に決定された「働き方改革実行計画」に基づき、厚生労働省は「医師の働き方改革に関する検討会」を設置した。検討会では平成30年2月に、「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組」で、医師の負担軽減、労働時間の短縮などに向けた指針を6項目に分けて取りまとめ、「中間的な論点整理」とともに公表している。同検討会では、長時間労働をはじめとする医師の過酷な勤務環境が明らかにされ、自らの命を絶った医師の心情について報告される場面もあった(※)。単に労働時間短縮の適用を判断するのではなく、応召義務や自己研鑽の必要性から、医師特有の働き方への理解もしてほしいとする意見もあったが、働き方の改革が必要であるとの認識は検討会で共通のものとなったように思われる。
※詳細は厚生労働省医師の働き方改革に関する検討会「第5回医師の働き方改革に関する検討会 資料」を参照
また、平成26年改正の医療法に基づき、各医療機関の管理者には勤務環境改善などの取組みが努力義務とされた。その支援を目的として、各都道府県の医療勤務環境改善支援センターが相談対応や情報提供に当たっている。
存在感を増す労働基準監督署の指導
このように、医療機関の自主的な取組みを促し支援する一方で、労働基準監督署の大規模病院をはじめとする医療機関への臨検監督(労働基準監督署による立ち入り調査のこと)が頻繁に行われ、是正勧告を受けたという報道が目立っている。臨検監督は以前から行われていたことではあるが、特に最近では職員等の申告による臨検監督などが増加している印象もあり、働き方改革と相まって各医療機関の対応が注目されているようだ。
是正勧告は、賃金の遡及支払いが最終目的ではなく、対象となる病院の法令違反を改善し、過重労働による健康障害の発生の防止が目的である。政府が進める「働き方改革」における時間外労働の上限規制を5年後には医師にも適用するという前提を踏まえると、今から準備をさせようとする狙いがうかがえる。勤務環境改善マネジメントシステムの導入による自主的な取組みや、医療勤務環境改善支援センターの活用などはその具体策であると考える。一方で、即効性のある是正勧告という措置をとる背景には、猶予期間が満了した時点で違法状態から何とか脱出させたい意図があるのだろう。
なお、主な臨検監督の種類には、次のようなものがある。
- 1.定期的に行なわれるもの
- 2.労働者の申告によるもの
- 3.労働災害の原因究明及び再発防止のために行なわれるもの
また、「2.労働者の申告による臨検」には、次のような方法がある。
- ・監督官が直接立ち入り調査をして指導する方法
- ・帳票類を監督署に持参させ確認する方法
- ・調査紙を送り、その回答をもとに法違反が疑われる事業所を訪問するなどの方法
どの方法によっても法令違反などが見受けられた場合は是正勧告書が交付される。状況によっては指導票という別書式が添付される場合もある。指導票は、法違反とまでは言い切れないが改善の必要がある事項について交付される場合が多い。
労基署からの指摘が多いのは、勤務時間の管理不足
労働基準監督署から是正を求められる内容としては、労働時間管理に関するものが多い。特に時間外労働の適正管理がなされていないことに対する是正勧告が出され、ほとんどが割増賃金の未払いに対する遡及支払い(最長2年間)を求める結果につながっている。違法の度合いにもよるが、他産業においては3カ月程度の遡及支払を命じる勧告が多く見られる中で、このところの医師に対する未払賃金の遡求は2年分となっている例が散見される。これまで医師の時間外労働の認識すらなかった医療機関への強いメッセージとも受け取れるが、結果的に高額な資金の調達が必要となるため、現場では動揺が隠せない。
神奈川県内の民間病院に対して、未払いだった時間外手当の支払いを求めた訴訟を例に挙げる。最高裁は、雇用契約において時間外手当を年俸に含むとの合意があったと認めながらも、どの部分が時間外手当に当たるかが明らかになっていないため時間外手当が支払われたとは言えないとして、一審、二審判決を破棄し差し戻した。
医師との年俸契約には時間外手当を含んでいるとの暗黙の了解があると考えている医療機関が多いが、明記されていない限り認められないようだ。よって、年俸額全額を時間外単価の算定基礎とした場合、高額な未払賃金が発生するため、資金繰りに苦慮している現状が見受けられる。今後は、年俸契約書に時間外労働を含む旨と、何時間分の時間外労働を含み、それが年俸のどのくらいの割合か、もしくは時間外労働分としていくらを含んでいるのかを明記する必要がある。契約書の見直しは喫緊の課題と考える。
36協定の非締結・違反も多い
また、いわゆる36協定(※)違反も多く、協定が締結されていない場合もあれば、締結しているものの協定の限度時間を超えた労働が行われ36協定が形骸化しているケースもある。これに関しても、2018年6月の「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案」の成立により、現在の限度基準告示が法律に格上げされ、罰則をもって強制することになる点を鑑みれば、これまで以上に厳しく是正が求められると想像できる。
36協定により法定労働時間を超えて労働させることができる時間は、月45時間、年360時間が原則であるが、特別条項の締結をもってすれば、これまではいわば青天井の状態であった。これが「働き方改革」関連法に時間外労働の上限規制が盛り込またことで、今後は最長でも単月で100時間未満、連続する2カ月から6カ月平均で80時間以内、年720時間未満に制限されることとなる(違反した場合は罰則が適用される)。
しかし、医師に関しては、現在の体制ではこの上限規制に収まらない可能性がある医療機関が多く、猶予期間とされる5年間で何らかの対策を講じなければ違法状態となってしまう。「医師の働き方改革に関する検討会」において、医師の時間外労働の上限規制に関する議論がなされ、応召義務や自己研鑽等の観点から特例を検討中ではあるが、増員を含めた現体制の見直しや36協定届の特別条項の見直しが必要なのは言うまでもない。並行して労働時間管理を徹底するとともに、補助職の登用により勤務負担の分散化を図るなど、できる対策から進めていく必要があると言えよう。
※36協定:労働基準法第36条で、「労働者は法定労働時間(1日8時間1週40時間)を超えて労働させる場合や、休日労働をさせる場合には、あらかじめ労働組合と使用者で書面による協定を締結しなければならない」と定められている。協定届を労働基準監督署に届け出ずに従業員に時間外労働をさせた場合は、労働基準法違反(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)となる。
労基署による指導事例
平成30年2月24日の「東京新聞」朝刊で、全国85の特定機能病院のうち64病院で労働基準法違反があったとして是正勧告を受けていることが報道された。ここからは平成28~29年に発生した是正勧告の事例を5つ紹介する。
1)聖路加国際病院(勧告:2016年6月)
勤務医の残業時間が月平均95時間を超えており、時間外割増賃金も未払いであるとして是正勧告を受け、過去2年間に遡及して未払賃金を支払った。さらに対策として、勤務医の長時間労働抑制のために、2診療科を除く土曜日の外来診療科目を廃止した。夜間配置の医師数も減らしている。患者家族への説明なども所定労働時間内に設定するなど、最終的には患者に理解を求めることも必要になっている。また、自己研鑽の取り扱いに関しては、統一的な考え方は示されていないため、病院としての考え方を勤怠管理の入力画面に明記しているという。これにより大幅に時間外労働は削減されたものの、診療科によっては今なお残業時間の短縮が実現できていないようだ。また、2年分の未払い賃金の支払いにより、夏季賞与の支払いの遅延も生じたという。
2)杏林大学医学部付属病院(勧告:2017年10月26日付)
労働時間に関する是正勧告を受けている。同院は36協定の上限(月最大70時間)を超えて時間外労働をさせ、割増賃金の支払いも不十分だったという指摘を受けた。応召義務があることと救命救急も行っていることから、実態としては月80時間を超える時間外労働があり、過労死ラインとされる月100時間を超えた医師もいたことが判明し、遡及して未払賃金を支払っている。
3)北里大学病院(勧告:2017年12月27日付)
就業規則に医師の労働時間を定めていなかったことを指摘され、改善に向けた対応が進められている。
医師に関しては、始業・終業の時刻や休日などの明確なルールがなく、タイムカードの打刻は、始業又は終業のいずれか一方のみを打刻するよう指導されていたようだ。北里大学病院に限らず、医師の労働時間を適正に把握していない医療機関は少なくないと思われる。医師に関しても他の職種と同様に原則としての勤務時間を明示し、所定労働時間を超えて労働した場合の取り扱いに関して明確に規定しておくべきであろう。
4)新潟市民病院(勧告:2017年6月2日付)
長時間労働による過労が原因とされる研修医の自殺があり、労災認定されている。同病院は、36協定において1カ月の時間外労働の上限を80時間以内としていたが、電子カルテなどの記録から実際は最長251時間にも達していたことがわかった。勧告を受け、時間外労働の上限を月100時間に変更。月80時間を超えた場合は翌月の残業を80時間以下に抑える労使協定の改定を行った。上限については「引き上げざるを得なかった」としている。
他に対策はなかったものかと思いを巡らせてしまうが、労基署の臨検から是正報告までの短期間で即効性のある対策は困難である。一旦は法令順守の観点から対応せざるを得ず、労働時間の短縮などの負担軽減に関しては、それなりの時間がかかるのはやむを得ないだろう。これが是正勧告対応ではなく自主的な取組みであれば、ある程度の時間をかけることも可能である。しかし期日までの報告を強いられる場合は、どうしても違法状態からの脱却が優先され、結果として対策がないがしろにされかねない。このような問題をどうするかも課題である。
5)広島市民病院(勧告:2017年11月2日付)
勤務医に労使協定の上限時間である月80時間を超える時間外労働をさせていたことがわかり、是正勧告を受けている。24時間体制で軽症から重症までの救急患者対応をしているため、時間外労働の多い医師に至っては月134時間の時間外労働があったことがわかった。是正勧告を受け、患者説明を日中に限定することや、時差出勤などの検討を行っている。
しかし、実現させるには、他職種との連携や患者の理解など、包括的な対策が必要であろう。
不適切な当直が常態化している可能性も
時間外労働の他にも、宿日直勤務中における通常業務に係る労働時間の適正把握がなされていないことも課題である。
深夜時間を含むいわゆる「当直」と呼ばれる勤務については、労働基準法第41条の「労働時間等に関する規定の適用除外」の「三.監視又は断続的労働に従事する者」に該当し、労働基準監督署の許可を得た場合は、労働基準法上の労働条件や休憩に関する規定が適用除外される。許可の基準は「通常の勤務から完全に解放された後、常態としてほとんど労働する必要のない勤務で、月に1回程度であり、睡眠設備が整っていること」などとなっている。当直中に通常の労働が突発的に行われた場合は、その時間分を労働時間と見なして賃金を支払う必要がある。なお、応急患者の診療などが頻繁にある場合はこれに当たらず、許可されない。
しかし医師の当直の実態は、許可は得ているものの実労働が頻発し本来なら当直の適用を受けられない働き方をしている現状もあれば、許可すら得ていないままに当直の扱いをしている場合もある。管理監督者としての立場にある者の深夜労働に対する割増賃金未払いの指摘も増加している。
臨検監督でその事実が確認された場合には、時間外労働時間の適正把握と、時間外労働に対する未払賃金の遡及支払い命令が出される。現在当直と認識している時間がすべて労働時間と判断されるならば、おそらく36協定届の特別条項に収まり切らない時間外労働となる医療機関が続出するのではないか。
当直をどう扱うのかに関しては、現状では杓子定規に取り締まるしか方法がないかもしれないが、ほとんどの医療機関で本来の当直に該当しない可能性がある。個人的には、どのような取り扱いをすべきか、現状を踏まえた議論が必要と考える。当直の現状を踏まえた労働時間の上限規制に関する議論の行方を注視していきたい。
医療従事者を守る本気の改革を
さまざまな議論がある中で、忘れてはならないのは、医療は医療従事者の犠牲の上に成り立つものであってはならないということだろう。地域や診療科によっては厳しい状況であることも承知はしているが、それでも労働環境改善が活発化しているこのタイミングを好機ととらえ、関係者すべてが本気で改革に取り組むべきだと考える。
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- 福島 通子 (ふくしま・みちこ)
- 特定社会保険労務士/塩原公認会計士事務所所属。2001年に社会保険労務士登録。2007年に特定社会保険労務士付記。2011年に医療経営士、2014年医業経営コンサルタントに登録する等、特に医療分野について取り扱う。厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」構成員、「医療勤務環境改善マネジメントシステムに基づく医療機関の取組みに対する支援の充実を図るための調査・研究」委員会委員、「医療勤務環境のための助言及び調査業務」委員会委員などを務める。
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