「無給医」が被る不利益、問題の違法性とは~社会保険労務士が指摘

福島 通子 氏(特定社会保険労務士)

医師の働き方改革が注目を集める昨今、長時間労働の改善が議論の中心になっています。それに加えて速やかな改善が必要な問題として、「無給医」という存在があることが浮き彫りになりました。

昨年、NHKの「ニュースウォッチ9」で取り上げられ、話題となった「無給医」に関して、社会保険労務士の福島通子氏に問題点を解説いただきました。

 

無給という「異常」な状況を「日常」に変えたもの

これまで「無給医」と呼ばれる医師がいるということは、大学病院等においては、いわば必要悪として暗黙の了解であったようだ。当該ニュースは、関係者から見ればパンドラの箱を開けてしまったという感があるかもしれないが、このタイミングで表面化したのは当然の帰結でもあったと思われる。

「医師は高額年俸」というイメージが定着していることから、「無給医」という言葉自体が、我々一般には全く想像もできなかった。「無給医」という存在が本当にあるのか。なぜ「無給医」という状況が存在するのか。それぞれの医療機関の悪しき慣習や、秀でた医療技術のために代えがたい貴重な機会を得たいという気持ちが、無給で仕事をするという異常な状況を日常に変えてしまったのかもしれない。しかし、やはりそこには「医師不足」の問題があるのではないかと考える。

報道では、「無給医」もしくは「薄給医」といわれる医師の多くが生まれる背景として、大学病院においては有給職で雇用される人員が限られていることが伝えられた。大学病院のキャリアを維持し、高度なスキルを得るためにどうしてもそこで学びたいという医師がいることや、産前産後や育児により勤務に制限がある医師等を対象に、無給医を命じられることがあるようだ。

 

保険医として診療・処方箋を発行 =「実働」に他ならない

しかし、彼らはこうした働き方が労働基準法違反である可能性が高いことを承知しているのだろうか。労働時間と算定される時間分の賃金を支払うのは使用者側の当然の義務であり、やむを得ず本人が承知して無給の労働を行ったとしても、賃金を支払わないことは違法となる。労働の対価としての賃金支払いは必須であるにも関わらず、今回の問題では、「教育・研鑽」であるとされ、賃金支払いの対象となる労働時間として算定されていなかったという。

労働契約上は、「実習」として外来勤務に就くことができる、という契約内容になっていることもあると聞くが、保険医として診療し、処方箋を発行している=病院が診療報酬を得ている事実があるならば、それは「実習」という名の「実働」にほかならない。
臨床実習の違法性に関しては、実習として経験・習得対象としている診療技術のうち、医師法上の医療行為に該当するものの範囲を明らかにした上で、「実働」と「実習」を切り離して考える必要がある。よってこの段階では違法性が問えるかどうかまでは言及できない。

 

アルバイト先でも被る、無給医による不利益

報道では、その代わり、最低限の生活はできるようにアルバイト先を紹介したという。しかし、それでよいはずもない。

働き方改革の目的の一つでもある多様な働き方の実現に向けて、兼業・副業を認める動きが出てきている。医師の場合は、その職業の性質上、他院でのアルバイトを容認する医療機関も多数あり、常勤と並行して非常勤での勤務をすることは一般的だと聞く*(公立病院勤務の場合、公務員となるため副業は原則禁止)。紹介されたアルバイト先も、それで医師不足を補っていたという面があるのだろう。
しかし、特に「無給医」と呼ばれる者については、自院以外での働き方についてきちんと報告をさせて、通算した労働時間をもとに健康確保の措置を講じる医療機関など少ないのではないだろうか。表面では自己研鑽への支援を行っているという形を取っているため、労働時間管理の必要性を軽んじられてはいないだろうか。たとえ雇用契約を締結し、労働の対価として賃金を支払われていても、時間外労働に関しては認められず、残業時間の申請に関して制限を求められているという現状もあるようだ。

法律上の問題だけでなく、長時間労働はいつしか心身に負荷を与える。過労が原因となって医療ミスを起こした例もあることから、このような状況を見過ごしていくと、日本の医療の質は低下していく可能性があると思う。

*:注)医療法では、必要とされる医師数(病床数や外来から算出される医師標準数)について、非常勤医師による常勤換算が認められている。また2018年度の診療報酬改定では、非常勤医師の活躍の場を広げることで医師の多様な働き方を推進し、常勤も含め医師の業務負担軽減を推し進めるため、加点対象となる一部領域で、「常勤医師の配置」の要件が緩和され、非常勤医師による常勤換算の適用範囲が拡大された。

 

労働者とみなされないことによる不利益

社会保障(健康保険、厚生年金、雇用保険等)がない点も大きな問題である。労働時間の短いアルバイトでは被保険者要件に該当しない場合がある。その場合は家族の被扶養者として保険証を持つか、自身で国民健康保険等に加入する必要が生じる。傷病の治療等の自己負担分は差異がないとしても、仮に傷病のために働けなくなった場合の所得補償のための給付では大きな差がついてしまう。労働者災害補償保険(労災)の対象者は労働者であって賃金を支払われている者である。労災による休業補償は平均賃金がその基礎となる。つまり賃金支払いがなければ労災扱いにもならないのだ。

さらに子育てにも影響が生じる。勤務実態が証明できなければ、認可保育園に提出する書類も出せないことから、子供を入園させることもできない。無給医は自分たちが置かれている状況をきちんと理解すべきである。

それでも、不利益をすべて承知して、「自身は給料をもらう立場にない」と受け入れ、臨床の修練にために甘んじるというのであれば、こうしたバックグラウンドで動く事象は今後も表面化しにくいだろう。そもそも多くの医師を雇用するための経済的余裕がないということが問題であるが、医局は教授をトップとするヒエラルキーがある。医局に所属する医師にとって、無給であることの不合理に関して声を上げることは、すなわちその大学病院を辞めることにつながるために、声を上げにくいという理由もあるのだろう。

 

未来を担う医師を守る仕組みを

マンパワーを補うためにどうしてもこうした医師の存在が必要であるというのなら、それだけの人員を確保するための原資として、質の高い高度な医療を提供し続けなければならない医療機関に対し見合った補助があってしかるべきであろう。おそらくそのような税金の使われ方には国民の誰も反対はしないと思われる。未来の医療を担う若き有能な医師を国全体で育成し、守っていかなければならないという共通認識を持つべきだと考える。

【まとめ】

1.「無給医」の違法性
☑ 「実習」に医師法上の医療行為に該当する行為が含まれていれば、違法性を立証できる可能性がある。

2.「無給医」が被る不利益
☑ 社会保障(健康保険、厚生年金、雇用保険等)がない
・仮に傷病のために働けなくなった場合、所得補償のための給付では大きな差がつく
・労災による休業補償は平均賃金がその基礎となるため、労災扱いにならない
☑ 勤務実態が証明できないため、認可保育園に子供を入園させられない
☑ アルバイト先を含めた通算での労働時間管理がされず、際限ない時間外労働に繋がる恐れがある

 

【関連記事】
「法で読み解く『医師の働き方改革』~“医師の義務”と“労働者の権利”|【第3回】労働基準監督署による医療機関への指導」福島通子氏(特定社会保険労務士)
「医師の6割が『辞めたい』―原因は過酷な労働環境?『勤務医労働実態調査』から考える医師の働き方」
「医師の当直の実態とは?1,649人の医師のアンケート回答結果」[医師転職研究所]
<PR>「QOL重視」の医師求人特集

 

福島 通子 (ふくしま・みちこ)
特定社会保険労務士/塩原公認会計士事務所所属。2001年に社会保険労務士登録。2007年に特定社会保険労務士付記。2011年に医療経営士、2014年医業経営コンサルタントに登録する等、特に医療分野について取り扱う。厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」構成員、「医療勤務環境改善マネジメントシステムに基づく医療機関の取組みに対する支援の充実を図るための調査・研究」委員会委員、「医療勤務環境のための助言及び調査業務」委員会委員等を務める。
ページの先頭へ