Dr.石原藤樹の「映画に医見!」

【第10回】最高の人生の見つけ方~アメリカ式余命の過ごし方をどう考えますか?

石原 藤樹 氏(北品川藤クリニック 院長)

医療という題材は、今や映画を語るうえで欠かせないひとつのカテゴリー(ジャンル)として浸透しています。医療従事者でも納得できる設定や描写をもつ素晴らしい作品がある一方、「こんなのあり得ない」と感じてしまうような詰めの甘い作品があるのもまた事実。

シリーズ「Dr.石原藤樹の『映画に医見!』」は、医師が医師のために作品の魅力を紹介し、作品にツッコミを入れる連載企画。執筆いただくのは、自身のブログで100本を超える映画レビューを書いてきた、北品川藤クリニック院長の石原藤樹氏です。

第9回の『神様のカルテ』に続き、今回は『最高の人生の見つけ方』をご紹介いただきます。

現役医師だからこそ書ける、愛あるツッコミの数々をお楽しみください(皆さまからのツッコミも、「コメント欄」でお待ちしております!)。

 

映画『最高の人生の見つけ方』の概要

今日ご紹介するのは、2007年製作のアメリカ映画『最高の人生の見つけ方』です。名優ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが、いずれも高齢の末期がん患者を演じています。生い立ちも境遇もまるで違う2人が病院でたまたま出会って、人生最後のかけがえのない友になる、という感動作です。
公開当時から評判の高かった本作。今秋日本で、主役2人の設定を女性にした日本版が、吉永小百合と天海祐希の共演でリメイクされることが決まっており、改めて話題となっている映画です。

自動車整備工のカーター(モーガン・フリーマン)が末期がんで余命半年と告げられて病院に入院すると、同じ病室の隣のベッドには、その病院グループを経営する実業家のエドワード(ジャック・ニコルソン)が、同じように末期がんで入院していました。何度も結婚を繰り返しながらも家族に恵まれず孤独なエドワードと、整備工として40年以上家族のために働き続け、家族の愛に恵まれていながら、そのために自分の夢を犠牲にしたことを密かに悔いているカーター。2人は自分達の人生の最後に、失った何かを見つける旅に出るのです。2人の旅の終わりに待っているものは何だったのでしょうか? 誰もが心打たれ、自分の人生を振り返るようなエンディングが待っています。

 

見どころは名優2人の見事な演技と、練り上げられたプロット

この映画の見どころは、第一に名優2人の素晴らしい演技です。2人は共にアカデミー賞の受賞歴もある名優ですが、この作品では賞を狙ったような芝居ではなく、リラックスした自然体の演技を見せています。いかにも楽しそうに演じているその姿が、重いテーマを軽やかに見せているのです。

次に優れているのはその台本です。がんで余命宣告を受けた患者の終活というのは、手垢にまみれたテーマで、邦画・洋画を問わず多くの作品があります。しかしこの映画では対照的な2人が同じ立場に置かれるという設定にすることで、多様な「死の受容の仕方」を見せています。そして友情で結ばれた2人の相互作用が残された人生をより良いものにすることを、いかにもアメリカ映画的に見せています。

死ぬまでにやりたいことを一覧にした「棺おけリスト」というのは、一見ありきたりの発想ですが、「世界一の美女にキスをする」や「荘厳な景色を見る」の正解が得られた時の予想外の感動は、練り上げられた台本の勝利だと思います。

2人が金に飽かせて世界を回る道楽旅行は、ただの浪費の旅のようにも思われます。しかしインド、ヒマラヤ、エジプトと巡る中で、さまざまな民族のさまざまな死生観に触れるという裏の意味合いもあって、哲学を巧妙に視覚化している点にも感心します。

一般的には家族や友人がいることが一番の幸福、と考えがちです。この作品でも確かにそれが1つの正解として描かれていますが、大家族で幸せなはずのカーターが、実は妻の愛に息苦しさを感じていたという複雑な心理のあやもあります。「最後まで言葉にできなかったこと」にも真実が隠れているというあたりに、この作品の奥深さを感じます。カーターは妻の黒い下着姿を目撃する直前に倒れますが、この設定はかなり意味深でブラックなものです。この映画は単純に道徳的なものではなく、実はかなり倫理的に危うい感情も描いているのです。

 

医療従事者が見ると強引だと感じる設定

この映画は1つの寓話として見るべきものなので、物語的にはかなり強引でおかしな点があります。

主人公の1人であるエドワードは、病院などを傘下に収めた経営グループのトップという設定ですが、その経営する病院は利益優先で、サービス面が良くないことは本人も認めています。にもかかわらず、その低所得層向けの病院に、自分が入院するのはなぜでしょうか? もともと助からないと分かっていれば、そうした選択肢もあり得るとは思いますが、映画を見る限りそうではありません。治療にもある程度の希望を持ち、「個室にしろ」などと特別扱いも要求しているのですから、それなら金に物を言わせて、最高の医療水準を誇る最高の病院に入院しよう、と思うのが普通です。病院側も自分達のボスに対して平然と普通の待遇の受け入れを求めるというのは、とてもありえないことに思えます。

対するカーターは裕福ではありませんが、看護師の妻は他の大病院への転院を考えたリもしています。むしろエドワードの方が、そうした対応を取りそうなものですよね。このあたりは、境遇の違う2人を偶然出会わせるという設定のために、かなりプロットに無理が生じたのではないか、と思います。

他にも、医師からの予後の宣告などプライバシーに関わる重要な説明が、2人部屋の病室の中で、隣の患者が聞いている環境で行われるというのも、いくら何でも現実離れしていると思います。実際にこんなことをしたら、すぐに訴訟沙汰になってしまいそうです。

またこれは寓話なので、主人公達のがんの原発巣や状態などはほとんど説明されません。カーターは中心静脈カテーテルを留置したまま旅に出る、という設定になっていて、そこから一度出血するのですが、食事は普通に取っているようですし、何のためのカテーテルなのかよく分かりません。今ならCVポートがありますから、気にせずに旅をすることが出来ますが、映画ではガーゼで保護しただけの、かなりリスクの高い状態で旅をしています。主治医も長期の旅行で延命はしないと分かっているなら、抜去して行かせるべきであったように感じました。 

カーターは、訳あって旅の途中でたまたま帰宅することになった後に、自宅で倒れて病院に運ばれます。がんの脳転移と診断され、手術が行われますが失敗に終わって死亡します。普通手術は見送られて当然のように思いますが、映画の登場人物達は強く手術を求め、その選択を疑いません。アメリカ人にとってもこれが正解だとするなら、私達日本人は延命治療の常識について、もっと疑ってみる必要があるのかも知れません。

 

「終活のための元気な時間」を用意するのも、医師の仕事

この映画自体は絵空事に過ぎませんが、死ぬまでの数カ月、「比較的体がまだ自由な状態であれば何をすべきなのか」というのは、全ての人が直面する可能性のある状況です。映画においては、まず標準治療として手術や抗がん剤治療が行われます。しかしそれでがんの進行が食い止められないと判断された時点で余命の告知があり、治療を終了するか、新薬の利用や臨床試験への参加などで治療を続けるのかの選択肢が示されます。現在の日本でも、そこまでドライではないにしても、同様の段階が踏まれているようには思います。
そこで重要なことはおそらく、体も心もまだ自由になる状態で、数カ月にせよ好きなことが出来るような時間を確保する、ということではないかと思います。それをどう使うかは患者本人の意志ですが、そうした時間を用意することが出来るかどうかは、医師の裁量による部分も大きいのではないでしょうか?

私達医師はどうしても、治療可能性で患者を診ることに慣れていますが、終活のための元気な時間を用意出来るかという視点で治療を見直してみることも、時には必要ではないかと思います。この映画には私達が診療の中で忘れがちな、大切な医療のヒントが隠れているような気がします。

※映画『最高の人生の見つけ方』の公式サイトはこちら

 

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『最高の人生の見つけ方』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
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石原 藤樹(いしはら・ふじき)
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

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