クラウドファンディングは臨床研究の課題を解決するか

ぜん息の子どもと親を助けたい。「ネット寄付1,600万円」の舞台裏

勝沼 俊雄 氏(小児科医/東京慈恵会医科大学小児科学講座教授 同大附属第三病院診療部長)

「クラウドファンディング(CF)」という言葉をニュースなどで耳にすることが増えた。インターネットを通じて不特定多数の人から支援を募る、資金調達の新たな形である。これにより、大企業や著名人ではない一般の生活者でも、自身の取り組みのためにまとまった資金を調達する道が拓けた。

資金不足に頭を悩ませる人にとって、救いの手となるCF。実は、病院や医師が施設の拡充や医療系アプリ開発のための資金を集めるケースも増えている。そして2018年1月、医療系のクラウドファンディングプロジェクトに、ある画期的な事例が加わった。

その責任者が、東京慈恵会医科大学附属第三病院小児科教授の勝沼俊雄医師。小児ぜん息の新しい治療法確立のための臨床研究資金として、1,600万円という額をCFで集めた。金額だけではなく、臨床研究のための資金を集めたという点も異例だった。
勝沼氏が立ち上げたCFプロジェクト「ぜん息の子どもと親の負担を減らしたい。新しい治療法への挑戦」>>

臨床研究は計画のデザインから始まり、妥当性や倫理面のチェック、倫理審査委員会での検証、そして往々にして想定どおりにはいかない実際の患者への介入(治療)やデータ収集・整理、統計学的解析を経てようやく完了する、コストのかかる研究だ。

そのため、資金の有無は全体の進行に大きく影響を与える。CFはその解決策となり得るだろうか。今回の研究にかけた思いと、その後に訪れたさらなる困難――今、臨床研究の現場で何が起きているのか、勝沼医師に話を聞いた。

 

従来の小児ぜん息治療を「顧みる」

――まず、勝沼先生の研究『DIFTO(ディフト)』の概要を説明していただけますか。

はい。正式名称は“Daily versus Intermittent inhaled Fluticasone in TOddlers with recurrent wheezing”、つまり「乳幼児における吸入ステロイドの間欠吸入と、連日吸入の効果を比較」する研究です。詳しく説明する前に、ぜん息治療の歴史を少し振り返ってみましょう。

ぜん息は、古くは発作治療と呼ばれる、発作が起きたときに対処する治療が基本でした。しかし、この30年で認識が変わり、発作の土台になっている気道の慢性的な炎症の管理も重要だと認識されるようになったのです。

 

 

ぜん息はこの気道の慢性的な炎症を元に、風邪を引いたり、ホコリを吸ったりといった刺激が引き金になって発作が起きます。そこで、長期間にわたり炎症を抑えることで、刺激に反応しにくい、安定した状態を目標にするようになりました。

その中心的な役割を果たす薬が、いわゆる「吸入ステロイド」です。私が医者になった頃はちょうど、ぜん息は長期管理が重要だと分かってきた時期で、吸入ステロイドの安全性を確かめるような研究をしていました。

吸入ステロイドは有効かつ重要な薬ではあるけれど、薬である以上、副作用の可能性もあります。特に子どもへの特徴的かつ深刻な副作用として、成長障害がありました。要するに、吸入ステロイドによって背が伸びなくなることがある、と。

――吸入ステロイドはぜん息の長期管理に有効。一方で「背が伸びなくなる」という問題は不可逆的で、確かに深刻です。

繰り返しになりますが、小児のぜん息に吸入ステロイドが有効であることは、複数の研究ではっきりと分かっています。内服や注射よりは副作用も少なく、治療として広く行き渡った。しかし、初期の研究の中には、やや気になるデータもあったことは事実です。

それは、吸入ステロイドを使い始めると「最初の1年だけ身長の伸びが1.1cmほど抑制される」というもの。2年目以降には認められなかったため、デメリットよりもメリットの方が大きいと判断されてきました。

一方で近年、初期の研究に参加していた子どもたちが成人してどうなったか、というデータも出てきたのですが、子どもの頃に伸びなかったその1.1cmは、成長後も解消されていなかった。例えば成人して身長168cm台の人は、もし吸入ステロイドを使っていなかったら、170cmだったかもしれないのです。

 

 

たかが1cmなのか、されど1cmなのか。捉え方は人それぞれでしょうが、吸入ステロイドの悪影響が示唆されました。身長だけの問題ではなく骨の質、さらには内分泌系、ホルモンの分泌などにも悪影響があったと考えるのが自然でしょう。

このデータから言えるのは、吸入ステロイドはもちろん、使うべきところでは使わなければいけない。しかし慢性的な炎症に対して十分な改善を得られるのであれば、できるだけ量を少なくするべき、つまり頻度を減らして使うべきじゃないか、ということです。

――それが「間欠吸入」と「連日吸入」を比較する今回の研究につながる、と。

そのとおりです。ステロイドの吸入の頻度は、これまで毎日が妥当だとされてきました。重症度に応じて、軽めならステロイドは少なめ、重めなら中くらい……と量の調整はありますが、少なくとも3カ月程度は毎日、吸入を続けましょう、と。

しかし5~6年ほど前から、特に軽症化したぜん息について、毎日ではなく、風邪を引いたときや環境が変わったときにだけ吸入する「間欠吸入」という方法が注目されてきました。間欠吸入の方が使用する絶対量が減りますから、副作用のリスクも下がります。しかしながら、質の高い文献をくまなく解析するシステマティック・レビューでは、この治療法を標準化するためのエビデンスがまだ不足していると判断されています。

また、これも非常に大事なことなのですが、吸入の回数を減らすことによって患者さんやその家族の負担を軽減したいという思いもあります。医師は処方すれば吸入ステロイドとの関わりは終わりですが、患者さんはそれを毎日、決められたとおりに使い続けなければならない。また、ガイドラインには吸入ステロイドによる治療を止める目安が示されていません。患者さんやその家族からすれば、この治療がいつまで続くのかも分からない状況です。

患者さんが子どもであれば、親も大変です。ステロイド吸入というのは子どもにとって楽しい時間ではありませんから、それをさせるというのもひと苦労です。私自身、妻を亡くしてから、ぜん息を持つ下の子を一人で育ててきて、簡単ではないことがよく分かるんです。

副作用のリスクを下げるのはもちろんですが、どうしたら患者さんや家族の負担を最小限にし、辛くなく治療を続けられるか、という観点も重要です。人を相手にすることですから、そこまで考えないと医療は成立しません。

――これまでのぜん息の治療を医師、そして患者家族の立場から顧みるものだったのですね。

 

 

はい。DIFTOはこのような背景の下、乳幼児のぜん息患者を対象に、間欠吸入が連日吸入に劣らない効果を持つかどうかを世界で初めて検証する研究です。「劣らない」と証明できれば、この治療法が標準治療、つまり現時点で確立された最善の治療としてガイドラインに掲載され、子どものぜん息治療の常識がガラリと変わることになります。

研究は全国100以上の医療施設において、連日吸入する子どもと、間欠吸入する子どもを振り分けて、1年後の効果の差異を検証する、という方法でスタート。当初、500人の患者さんに登録していただくことを目標にしました。

この研究は正直、かなり難航しています。理由は大きく二つで、まず「500人分の薬代や、データの管理や分析をするために、多額の資金が必要になる」こと、そして「小児患者が集まりにくい」ことです。

私たちは2014年に厚労省に科研費(科学研究費補助金)の申請をして、社会的意義や公益性が認められ、公的補助を受けられることになりました。途中からAMED(日本医療研究開発機構)に切り替わりましたが、公的補助のおかげで研究を進められたのです。

しかし、登録患者数が80人を超えた頃、公的補助を受けて3年が経過。期限を迎えて、補助が打ち切られてしまったんです。あと4~5年あれば、研究としてゴールに到達できるというところでしたから、忸怩たる思いでした。

 

「薬を減らす研究」の落とし穴、臨床研究の課題とクラウドファンディング

――研究には実際、どれくらいの金額が必要だったのでしょうか。

研究開始当初、計画が順調に進んだとして必要な額は5,000万円と予想していましたが、これでもギリギリです。例えばこの研究に使う薬ですが、500人の対象を二分し、二重盲検試験と呼ばれる形、つまり全く同じ形のプラセボ(偽薬)との比較で行います。これは非劣勢試験として、あくまでも間欠吸入が連日吸入に「劣らない」ことのエビデンスを示すための研究です。

 

 

1本2,000円する薬を、250人・48週分でまずは2,000本。同数のプラセボも必要です。どちらがプラセボか分からないような特別な包装を、かつ薬なので清潔な環境下でできる専門の業者に委託しなければならない。これだけで1,000万円くらいはかかってしまうんです。

金額だけでなく、このプラセボの確保にも骨が折れました。製薬メーカーは「練習用」として同じ見た目で薬剤が入っていないものも作っているのですが、それをなかなか提供してもらえなかった。

これは私の個人的な想像ですが、もしかすると、この研究が「薬を減らす」ためのものであることも関係していたかもしれません。製薬メーカーにとっては、究極的には自社の利益を減らすことにつながりかねないので、警戒された部分はなきにしもあらずでしょう。

 

 

最終的には会社側から海外の本社に掛け合って、GOサインをいただきました。英断をしてくださったと思います。ですが、この交渉をしているうちに、研究期間のうち1年くらいが過ぎてしまった。薬を用意できなければ研究が始められないので、本当に焦りました。

――やはり、研究の対象となる患者の確保も大変ですか?

そうですね。そもそもこのように一定期間、継続しなければいけない研究は、途中で脱落する対象者の方がいることを想定して計画しなければいけません。引っ越しなどやむを得ない事情もありますし、そもそも薬を使い続けること自体大変ですから、途中で止めてしまう人もいます。残念ながら、全体の1~2割程度の方は途中で続けられなくなってしまう。

また、研究の特性上、プラセボを使うことへの理解が得られにくいこともありました。もちろん、状態が安定している患者さんに声をかけ、研究期間中も細心の注意を払いますが、プラセボを使うということは、実際にはステロイド薬を吸入していないわけなので、不安に感じるのもよく理解できます。

説明のDVDを作るなどして理解を得るための機会は増やしましたが、それにも資金がかかります。そもそも、一般的な治験のように製薬メーカーから潤沢な資金をもらえるわけでもありません。患者さんへのインセンティブも近場の交通費程度がやっと、というレベルでした。

スタートの遅れもあり、研究の対象となる患者さんの確保もなかなかうまくいかない。そこで2017年4月に統計の専門家に相談してみたところ、有効なデータを得るための人数は300人でも十分であると分かりました。

苦肉の策ではありますが、300人まで目標を減らせば、このペースならあと3~4年で患者さんが集まりそうだ。公的補助の打ち切りが決まったのは、まさに、そんなタイミングだったんです。

 

 

――患者のための研究でも、製薬メーカーからの協力が得られにくいと途端に実現が難しくなるというのは、臨床研究の課題ですね。そこからCFに行き着いた経緯は?

私は元々、超アナログ人間なんです(苦笑)。当時、考えたのはとにかく「諦めるのか、続けるのか」ということ。しかし、100以上の施設を巻き込んで、すでに約80人の患者さんに48週間頑張ってもらっている。それをなかったことにはできないですよね。

企業のスポンサーを足で稼ごうとしたこともありましたが、一社に数十万円をいただくことができても、データマネジメント会社への委託費を賄うだけで年間10社以上からの支援が必要です。医師・大学教員としての仕事もある中で、これはあまり現実的ではなくて……。

そんなときに、人づてに「クラウドファンディングというものがある」と教えてもらったんです。2017年の夏前だったでしょうか。その方がサービスを提供するREADYFOR社を紹介してくれて。半年ほど準備をしまして、11月からCFが始まった、という経緯ですね。

目標額をまず1,000万円に設定し、到達すればその資金をいただけるけれど、到達しなければ1円ももらえない、「All or Nothing」方式でチャレンジすることにしました。2018年の1月31日を期限として設定したのですが、期限ギリギリまで苦戦が続きました。

2017年の末には、すっかり「もう無理だな」と弱気になっていて。大晦日に諦めたような心境で風呂に入っていたことを覚えています。めぼしいところはすでに支援してくれたあとで、そこからさらに300~400万円はきついな、と。結局、年が明けた1月10日時点でもまだ支援は600万円くらいしか集まっていなかったんです。

 

 

――終了目前での大逆転、何が起きたのでしょうか。

メディアの力が大きかったですね。1月中旬にとある新聞社がデジタル版でCFのプロジェクトについての記事を公開してくれたら、申し込みが殺到しました。その日はちょうど親戚と食事をしていて、帰りの電車の中で申し込んでくれた方からのコメント通知が鳴り止まないという体験をしました。コメントへの返事は可能な限りその日のうちに行っていたんですが、さすがにこのときは返信し終えるのに数カ月かかりました。

それは本当に、うれしかったですよ。到達感と言いますか、「これで研究を継続できるぞ」と。そこから1週間ほどで1,000万円を突破し、目標を1,500万円に変更したらそれも突破。最終的に1,600万円が集まりました。

クラウドファンディングのいいところは、支援者の声が届くところですね。例えば「私は重度のぜん息で、定職につけず、いまもバイト生活です」という方からの3,000円の支援。そこに寄せられたコメントには、金額以上のものがありました。公的な研究費も、みなさんの税金によって集めた大切なお金です。しかしCFの場合は、寄付してくださったのがその方にとってどういうお金なのか、ドラマというか、背景がリアルに伝わってくる。

「私にとっては大金ですが、研究にとっては少ない金額かと思います。でも、このプロジェクトを拝見して、矢も盾もたまらず、3,000円寄付させていただきます」――そうおっしゃるんです。生活費を削って提供してくれた資金です。決してムダにできません。

この1,600万円から、READYFOR社に規定の手数料を、また協力者の方への謝礼を払って、残りが1,300万円ほど。このうち半分はデータマネジメント会社に払って、残りは有効期限を過ぎてしまった薬を買い足して、残りは200万円ほど。CFで得た資金で改めて準備を整え、2018年9月に研究を再開しました。

 

一難去ってまた……それでも「逃げない」と決めた理由

――その研究が今、再び苦境を迎えているそうですが……。

残念ながら……。これまで月平均で6例ほどのペースで患者さんの登録があったのですが、再開後は月1例あるかないか、というペースまで落ち込んでしまいました。この原因は調査中ですが、いずれにせよ登録数が不十分なのは事実で、現在ようやく88例になったところです。

 

 

この停滞によって、また薬の有効期限が過ぎ、買い足しの必要性も迫ってくる。しかし、資金は残り200万円です。資金の問題と登録者数確保の問題を解決するために、私たちは研究方法を変更することにしました。

具体的には、二重盲検の中止です。これによって、プラセボと特別な包装にかかる費用がなくなります。さらに、「プラセボ群はその間の治療ができない」という患者さんの不安も解消できる。あとは統計学的な精度の問題になるので、再度、専門家に相談をしました。

結論から申し上げると、二重盲検で実施した約100例のデータがあるため、途中からオープン(プラセボとの比較をしない)にしても、最初からオープンにして実施した研究よりも信頼性が上がる、ということでした。これまでの二重盲検のデータはムダにはなりません。

残るのは、それでも必要な資金をどう調達するか、という問題です。そこで、もう一つの方法としてぜん息に関する包括的な研究会の立ち上げを考えています。ステロイドや生物学的製剤の正しい使い方を研究するという目的のために、製薬メーカーのスポンサードを獲得する、というモデルを検討し、各社と協議しています。

――勝沼先生は非常に粘り強いというか、難しい局面を迎えてもそれを都度、乗り越えていらっしゃいます。なぜ、諦めずに向き合うことができているのでしょうか。

DIFTOの道半ばで、おこがましいことは言えませんが……。無能を晒してもいいから、逃げない。それを自分の生き方にしよう、と決めているんです。だから、逃げるか逃げないか、という選択を迫られたときは、まず「逃げない」の選択をするようにしています。

あとは、私の選択を支えてくれる仲間がいるから。CFで多くの方の支援をいただいたように、私は一人じゃない。そういう方々から勇気をもらいながら、ここから先も、逃げずに頑張ろうと思います。

 

 

(聞き手=朽木誠一郎+ノオト/撮影=栃久保誠)

 

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勝沼 俊雄(かつぬま・としお)
1959年生まれ。東京慈恵会医科大学小児科学講座教授。同大附属第三病院診療部長。東京慈恵会医科大学卒業後、国立小児病院アレルギー科レジデント、同病院アレルギー科医員(厚生技官)を経て、英国立心肺研究所胸部疾患部門に留学。慈恵医大小児科学講座に復帰し、同講師、同准教授となり、2010年より同大附属第三病院小児科准教授、17年から現職。医学博士。日本小児科学会専門医、日本アレルギー学会認定専門医・指導医。日本アレルギー学会常務理事・専門医制度問題委員長、日本小児科学会薬事委員長などを務める。

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