これからの医師のためのキャリアガイダンス

予防医療でキャリアを積む~“人間ドック科医”という生き方【前編】

あなたが迎えるこれからの世界と求められる医療

岡田 定 氏(聖路加国際病院 人間ドック科 部長)

少子高齢化や技術革新によって、今後ニーズの高まる「1次予防医療(健康の保持・増進)」。そこで行われる医療とは、医師の役割や仕事とはどのようなものか。聖路加国際病院の人間ドック科部長・岡田定氏に寄稿していただきました。

前編では、そのニーズや、医師として生き残る道としての予防医療について解説していただき、後編では、実際の仕事内容についてご紹介いただきます。

 

1.あなたが今いる世界

 あなたの年齢は40代の前半でしょうか(そう仮定させていただきます)。
 40代前半ともなれば、医師としてのキャリアは20年にもなります。現場ではベテラン医師とみなされ、一定の職位も得ておられるでしょう。日常診療はとても忙しいのではないでしょうか。学会発表や論文執筆にも追われていますか。若い医師の教育にも心を砕いておられるかもしれません。
 プライベートはどうでしょうか。結婚されていてお子さんは小学生でしょうか。「よきパパ(ママ)」ですか。「よき夫(妻)」と言うには難しい状況でしょうか。

 40代の医師には、20代、30代の医師にはない豊かな経験があります。50代、60代よりもずっと体力があります。知力も気力もまだ十分でしょう。医師の能力を経験、体力、知力、気力の総合点で測るとすれば、40代は医師人生の中でピークかもしれません。医療現場の中心的存在として、まさに現役バリバリだと思います。

 私はと言うと、あなたより20年先の60代を生きています。40代の頃は、当院の血液内科診療を自分1人で担当していました。他病院の血液専門医からは、「(血液内科を)1人でやっていたら死んじゃうよ」と警告されました。でも優秀なレジデントと感染症科の先生方のおかげで、何とか持ちこたえていました。しかし、50代も半ばになると、気力はあっても体力の低下は明白になりました。「1人ではもうやっていけない」と思うようになったとき、血液内科医の増員が認められ、17年間の1人体制が終わりました。同時に、臨床医としての関心も大きく変わりました。急性期疾患の診断治療から疾患の予防です。
 白血病やリンパ腫などの患者さんの診療を続けるなかで、疾患を治すことよりも疾患を予防することの大切さに気づいたのです。そして疾患を予防するには、薬よりも「生活習慣を改善して健やかに生きること」が本質的に重要であることを痛感し、「予防医療をしたい」という気持ちが芽生えたのです。ちょうどそのとき、宿泊人間ドックの仕事のオファーがありました。まさに「渡りに船」で、迷うことなく血液内科から人間ドック科に異動しました。

 あなたもいつまでも元気な40代でいることはできません。40代から50代には、医師人生の前半を終えるときを迎えます。医師人生の折り返し点が見えてきて、後半を新たにスタートするときが来ます。ただ、そのとき新たにスタートする医師人生の後半は、私たちが今まで経験してきた医師人生とはまるで違ったものになると予想されます。 

 

2. 人生を折り返した先で待ち受けるもの

 医師人生の後半をスタートする前に、忘れてはいけないことがあります。それは、40代にもなると、あなた自身や身内に思いもかけない事件が起こりやすくなることです。
 例えば、もしあなたが「まだ無理をしても大丈夫だ」と錯覚して、「医者の不養生」さながらの生活をしていると、命にかかわる病気に罹ることがあります。「いつまでも若い」と思っていたあなたのご両親も高齢になり、急な入院や介護、不幸があっても不思議ではありません。
 私の父は、私が49歳の時に亡くなりましたが、その前の数年間は、東京と兵庫を何度も往復することになりました。普段は「あって当たり前」と思って気づかないけれど、失って初めてその価値を思い知るものが、「健康」と「時間」です。
 40代の頃は「自分の死は遠くにあるもの」でしたが、60代の半ばにもなると「自分の死もそれほど遠くない」と実感するようになります。残された時間を考えて、「本当にやりたいことをやらないと」と自戒するようになります。「仕事」や「パートナー」「お金」などもとても価値あるものですが、「健康」や「時間」ほど価値あるものはありません。それらが失われると、人生設計が一気に狂うことになります。ベテラン医師として日々忙しく働く中でも、どうか「健康」と「時間」の大切さを忘れないで欲しいのです。

 

3.あなたが迎えるこれからの世界

 あなたを取り巻く世界もまた、大きな変化の時を迎えています。これから世界はどうなるのでしょうか。大地震がかなりの確率で起こると予測されていますが、それがいつなのかは誰にもわかりません。でももっと確実に予想できる近未来があります。それは、10~20年以内に少子高齢化とAI(人工知能)の急激な進歩による社会変化が、あなたにとっても重大な問題になるということです。                                   

■少子高齢化により医療ニーズが変化する
 人口動態のデータから、日本が少子高齢化と人口減少の厳しい未来を迎えることはほぼ確実です。少子高齢化とは勤労世代(20~64歳)の減少でもあります。あなたと同じ勤労世代が急激に減少し、今と同じように社会を支えることはできなくなります。高齢者が増えるだけでなく、高齢者の高齢化が進行して、多死社会を迎えます。
 超高齢者が増えれば、医療の中心は「治す医療」から「支える医療」にシフトすることになります。治すことはできなくても、臓器機能と全身状態のバランスを取りながら、自立した生活を目指すわけです。

 あなたに、「急激な少子高齢化によって、これからは社会も医療も大変革の時代になる」という危機感はあるでしょうか。

■先進技術が医療変革をもたらす
 少子高齢化と並び、これからの世界を決定づけるのがAIです。今までの世界の変化は比例直線的でした。でもこれからは違います。これからの世界はエクスポネンシャル(指数関数的)な変化を遂げていくのです。1.5年毎に倍増するという「ムーアの法則」で予想すれば、15年後の変化は10倍の変化ではありません。2の10乗=1024倍の変化にもなります。
 あなたが医師を始めた20年前は、20年後の今を予想することはそれほど困難ではなかったでしょう。でもこれから先の20年後は、私たちの誰もが予想できない世界になります。変化があまりにも大きく、急激だからです。
 人工的知性が人類全体の知性の総和を超越する“シンギュラリティ”という言葉を耳にされたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。その到来は2045年頃と予想されています。その前の2030年頃に“プレ・シンギュラリティ”が実現し、誰の目にも社会の大変化が明らかになります(図1)。今からわずか10数年後のことです。そして2045年もあなたはまだ60代後半で現役でしょう。

 

 

 今後の医療のトレンドは、P-メディスンと言われています。Precision;正確、Personalized;個別化、Predictive;予測に基づいて、Preventive;予防を重視する医療です。
 今年になって本格的に始まったAIによる画像診断や病理診断は、5年もすれば私たちの身近な世界になるでしょう。10年もすればビッグデータを与えられたAIが、「ある個人がどのような疾患をいつどれくらいの確率で発症するか」を、かなりの精度で予測するようになっているはずです。

 AIだけでなく、ロボット工学やIoT(モノのインターネット)などの先進技術によってもまた、医療の世界が変革することは間違いありません。遠隔地からのロボット支援手術も一般的になるでしょう。20年以内に、ヒト型ロボットが患者さんを面接したり、身体診察をしたり、検査データ解析を基に診断したりしているでしょう。手術だって、ロボットが人の手を借りずに単独で行っているかもしれません。

 その頃、まだ現役であるあなたは、どのような仕事をされているでしょうか。

 

4.あなたがこれからの世界で医師として生き残るには

 早ければ10年以内、遅くても10数年後に、私たちは少子高齢化とAI革命の嵐に巻き込まれます。あなたの医師人生も大きな変革期を迎えるでしょう。
「また大げさなことを……。まさか、そんなことはないでしょう」と思われますか。私たちは慣性の法則に従って生きていますので、「昨日までのような人生が、明日からも続くだろう」と考えがちです。しかし、あなたがまだ現役である近未来に、人類が未だ経験したことのないエクスポネンシャルな社会変化が起こることは、ほぼ確実なのです。比例直線的に変化する今までの時代の常識は、これから通用しなくなるのです。

 「時代に淘汰される人材の共通の特徴は、『持つべき時に、持つべき危機感を持たない』ことです。AI革命の中で淘汰される可能性の高い人材は、高学歴の人材です。なぜなら、現在の高学歴の人材の優秀さとは、基礎的能力(知的集中力と知的持続力)と学歴的能力(論理的思考力と知識の習得力)の優秀さであり、AIに置き換わってしまう優秀さだからです」(田坂広志『能力を磨く』(日本実業出版社))

 これからは、大量の情報を自分の脳に詰め込むような能力は時代遅れになります。大量の情報を記憶したり、検索したり、統計処理したりする能力は、人間よりもAIの方がはるかに優秀だからです。
 これからの世界では、「AIには代替できない、人間に本当に求められるものは何か」ということが切実に問われるようになります。例えば、「体験を通して学んだ智恵を持っているか」「心のこもった笑顔で相手に安心感や信頼感を与えられるか」「言葉を使わないコミュニケーション力があるか」「相手の話を深い共感を持って傾聴できるか」など、AIには代替できない人間特有の能力が求められるようになります。

 

5.これからは「1次予防の医療」が求められる

 3章「あなたが迎えるこれからの世界」で、これからの医療は「治す医療」から「支える医療」にシフトすると言いましたが、実はもう一つ起こるシフトがあります。それは、「診断・治療の医療」から「1次予防の医療」へのシフトです。

 現状の医療では、病気が発症した後の診断・治療のために、莫大な資源(時間、エネルギー、お金)が投入されています(図2)。病気が進行して複雑化すればするほど、投入される資源は増大します。さらにこれからは、医療を必要とする高齢者が激増する一方で、医療に投入できるマンパワーや財政は縮小していきます。どう考えても、今の「診断・治療中心の医療」では維持できなくなるでしょう。

 これからの医療で求められるのは、「予防医療」です。「予防医療」と言っても、現状の2次予防(疾患の早期発見、早期治療)の医療ではありません。
 本当に必要なのは、1次予防(健康の保持・増進)の医療です。「適切な食事、十分な運動、禁煙、節酒、十分な睡眠、ストレス対策」など生活習慣の改善を強力に推進する医療、言ってみれば「生活習慣療法」です(図2)。
 病気が発症する前も、発症してからも、みんなが生活習慣の改善に取り組めばどうなるでしょうか。発症する人は目に見えて減り、健康長寿を楽しむ人が増えるでしょう。発症する時期も、今より先延ばしにすることができます。また、薬だけで治療するよりも、根本原因である生活習慣を改善する方が、病気の予後はよくなるでしょう。そして結果的に、発症後の診断・治療に必要な資源は減少していきます。

 

 

 私たちの一生を湖、川、滝に例えてみれば、若い頃はみんな湖に住んでいます。中年になると、湖を出て川を下り始めます。生活習慣に問題がなければ、川下りはとてもゆっくりです。でも、生活習慣に問題のある人の川下りはとても速いのです。あっという間に、川の下流に至り、滝に落ちることになります。
 私たち医師のほとんどは、川の下流や滝の近くに待機していて、上流から流れてくる患者さんを待ち受けています。でも、病気が重症になる前に、病気の主たる原因の不健康な生活習慣を改善することに、もっと時間やエネルギーやお金を使った方がよいのではないでしょうか。発症後の「結果の世界」だけであくせく仕事するよりも、発症前の「原因の世界」で仕事をする方が、患者さんを本当に救えるのではないでしょうか。

 この「原因の世界」は今、AI技術による変革の時を迎えています。前述の医療トレンド、P-メディスンです。予防医療は、医療費削減や労働力確保の文脈においても技術革新の文脈においても、この先さらに変化が起きる可能性に満ちた医療分野と言えるでしょう。そしてもう一つ重要なことに、ここにはAIに代替できない「人間特有の能力」が求められる医師の仕事があります。

 それはどのような仕事で、医師はどのようなキャリアを築けるのでしょうか。3年前から人間ドック(宿泊人間ドック)に携わっている私の経験を通して、その一端をご紹介したいと思います。

後編に続く>>

 

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岡田 定(おかだ・さだむ)
1981年大阪医科大学卒業後、聖路加国際病院内科レジデント、1984年から昭和大学藤が丘病院血液内科を経て、1993年から聖路加国際病院血液内科勤務。2007年から血液内科部長、2011年~2013年内科統括部長、2016年から人間ドック科部長。一般血液内科の臨床だけでなくレジデント教育や終末期医療にも長年携わり、レジデント向けの本や血液診療の本(※)を30数冊上梓。

※『内科レジデントの鉄則 第1版、第2版』(医学書院)、『デキレジ step1、step2』(医学出版)、『誰も教えてくれなかった 血算の読み方・考え方』(医学書院)、『レジデントのための血液診療の鉄則』(医学書院)、『臨床検査技師のための 血算の診かた』(医学書院)、『診療所/一般病院の血液診療 Do & Don’t』(日本医事新報社)など。近著に『どんな薬よりも効果のある治療法』(主婦の友社)がある。
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