これからの医師のためのキャリアガイダンス

予防医療でキャリアを積む~“人間ドック科医”という生き方【後編】

人間ドック科医の仕事とキャリア

岡田 定 氏(聖路加国際病院 人間ドック科 部長)

少子高齢化や技術革新によって今後ニーズの高まる「1次予防医療(健康の保持・増進)」。そこで行われる医療とは、医師の役割や仕事とはどのようなものか。聖路加国際病院の人間ドック科部長・岡田定氏に寄稿していただきました。

前編では、そのニーズや、医師として生き残る道としての予防医療について解説していただきました。後編では、予防医療における医師の役割や仕事、将来性について、人間ドック科における医師の仕事をもとにご紹介いただきます。

 

1.予防医療における医師の役割~人間ドック科医師の仕事

 予防医療の中でも「健診」における医師の仕事とはどのようなものか。私が人間ドック科で行っている仕事をご紹介しましょう。

 一般的な人間ドックの目的は、病気を早期発見して早期治療に導く2次予防ですが、当院の宿泊人間ドック(2日、3日、1週間、シニア[75歳以上が対象で3日間]の4コース)は、2次予防だけでなく受診者の生活習慣を改善する1次予防も行っています。15科ある内科の一つで、常勤医2名と非常勤医1名がおり、週に約20名、年間約1000名の受診者を診ています。3割は初回受診者で、7割はリピーターです。リピーターの場合、基本的に同じ医師が担当します。

■健診の流れ
 まず看護師が面接とバイタルサインのチェックを行い、続いて人間ドック科医が面接します。面接では病歴だけでなく、食事、運動、喫煙、飲酒、睡眠、ストレスなどの生活歴についても詳しく聴取します。加えて全身の身体診察を行い、トータルな健康問題を整理します。それに基づいて、予定していた検査内容を見直し、時には新たな専門医診察を追加します。

 各種の検査と各科の専門医診察を終えた後、再び人間ドック医による30分~1時間の面談を行います。検査結果と専門医の診察結果を説明し、生活習慣の改善について相談します。面談は受診者だけでなく夫婦や家族一緒に行うこともあります。検査で病気がみつかった場合は、その場で新たな検査・治療を追加するほか、専門的な精査・治療のために院内外の専門医に紹介します。

 すべての検査結果が判明した後、医師は「診断名、軽度の所見」「判定」「検査結果一覧表」「生活指導」「日常生活の注意点」から成るドック結果表を、1人あたり30分~1時間かけて手作りし、退院から2~3週間後に自宅に郵送します。後日、電話で受診者からの質問を受けたり、人間ドック科外来でフォローしたりすることもあります。

■1次予防における医師の役割
 人間ドック科で医師が行う、「1次予防(健康の保持・増進)の“治療”」とはどのようなものか。もう少し詳しく、人間ドック科の医師である私たちが面談で何をしているのか、実際の受診者を例にご紹介しましょう。

 「食事は気をつけているつもりだけれど、体重が減らない、糖尿病のコントロールが悪い」「仕事はしっかりやっているけど、どうも疲れやすい」……。

 面談でそう訴える方は少なくありません。生活歴をよく聴くと、「脱水にならないようにスポーツドリンクを毎日飲んでいます」「体に良いと思ってフルーツジュースをたくさん飲むようにしています」「車通勤で運動は月1回のゴルフだけです」「睡眠を削って仕事をがんばっています」……。

 話を聴いていると、健康を害する生活習慣の問題がボロボロと出てきます。
どれも薬による治療以前の問題です。生活習慣を少し改善すれば、このような健康問題は一気に解決に向かい、今よりずっと健康になれます。ところが、社会的に活躍されている知的な方であっても、健康の常識に乏しくて、びっくりするような生活習慣の問題を抱えておられることが少なくないのです。

 そのような受診者に対し、私たち人間ドック科の医師は、病気だけでなく生活も含めた「健康問題」をきちんと整理します。そして、その問題はどうすれば改善できるのか、医療の専門家としてアドバイスしながら、受診者と一緒に解決方法を探るのです。

 たとえば、肥満症のある50代男性の場合です。会社役員で仕事関係の会食が多く、明らかに運動不足、睡眠時間も毎日5時間と少ない。

 この方に、「体重を減らさないとダメですよ。食事を減らして運動しましょう。睡眠時間を増やして下さい」のようにただ指示するのは、ほとんど意味がありません。当方は医療の専門家ですが、受診者はご自分の人生の専門家です。「2人の専門家が話し合いながら、問題を発見して解決する」というスタンスが大切なのです。

 当方が、「減量のためのポイントは糖質制限です」と説明します。受診者から「一番の問題は会食だと思う」と意見が出ます。しかし、会社役員という立場上、会食も重要な仕事のうちですから顔を出さない訳にはいきません。相談の結果、「会食の〆のご飯と麺類だけはやめてみる」ということになりました。そして運動不足については「電車通勤なので一駅だけ歩いてみよう」という結論に至りました。睡眠時間についても、当方から、「現状の睡眠負債は、肉体的・精神的に大きなストレスで肥満の原因にもなっています。少なくとも6時間の睡眠が必要です」と説明します。しかし「でも仕事が忙しいから、睡眠を削るしかないんです」の意見が出ます。そこで「平日の睡眠時間を1時間増やせば、仕事のパフォーマンスも上がりますよ」と説明し、納得感を持って、自ら健康的な生活習慣を選んでもらえるようアドバイスします。最終的に、「1日24時間のなかで、最初に6時間を睡眠時間として確保する」という合意に至りました。

 このように、最終的に、受診者が健康問題をよく理解して生活習慣の改善に意欲的になったところで面談を終えます。

 ところが、1年後に再会した時、「問題の生活習慣はほとんど変わっていなかった」ということがあります。がっかりすると同時にまた気を取り直す、ということも少なくないのです。

 人間ドック科医の仕事の中で、最もやりがいがある一方で最も難しいのが、この「受診者に生活習慣の行動変容を起こしてもらうこと」です。私にとってもとてもチャレンジングな課題です。

■予防医療の未来と求められる医師
 今後の人間ドックの医療に求められるのは、疾患の早期発見に有効な検査やAIを使った画像診断・病理診断、ゲノム医療の応用です。既存の画一的なドックではなく、受診者の年齢、性別、生活環境、生活習慣に応じた、Personalized;個別化したドックです。そして、人間ドック科の医師には、受診者に検査結果を報告するだけではなく、受診者の健康問題をトータルに整理して、受診者に生活習慣改善の行動変容を起こすことが求められるようになるでしょう。

 

2.通常の医療と人間ドックの医療

 3年前、血液内科の狭い世界から人間ドック科の全科的な予防医療の広い世界に出てみると、世界が違って見えました。

 血液内科専門医として貧血や白血病、悪性リンパ腫の診断や治療に専念していた頃は、心筋梗塞や脳梗塞にはあまり関心を払いませんでした。「患者さんが自分の専門外の病気で亡くなっても、自分の責任ではない」と考えがちでした。患者さんの病歴に注目しても、生活歴にはあまり注意を払いませんでした。飲酒歴や喫煙歴は気にしても、「食生活は健全なのか、運動はしているのか、睡眠は十分なのか、大きなストレスを抱えていないか」には、ほとんど目を向けませんでした。

 今の医療は病気発症後の「結果の世界」への対応に偏り過ぎています。病気発症前の「原因の世界」への対応をおろそかにしてしまっているのです。

 私たち医師の多くもまた、患者さんの病気にかかりっきりです。「病気の根本原因は何か」に対する意識は希薄です。生活習慣の重要性は認識していても、患者さんの生活習慣の改善にエネルギーを燃やすことは少ないのです。

 「内科医は薬に頼り過ぎ、外科医はメスに頼り過ぎる」とよく言われます。私自身、血液内科の時代には新しい診断法や薬はいつも気にしてきましたが、「健全な生活習慣」や「健やかな生き方」を意識的に学んだことはありません。でもこれからの医療では、「健全な生活習慣」や「健やかな生き方」が求められるようになると信じます。

 その担い手の一翼となる人間ドック科医は、病気だけでなく生活を診断する仕事です。全科的な視点で健康問題を整理し、生活習慣の問題を受診者と一緒に考えて改善することを目指します。医療者が主導する専門細分化の医療ではなく、医療者と受診者とが協働する総合の医療です。通常の医療が患者さんの「苦痛の軽減・除去」なら、人間ドックの医療は受診者の「生き方支援」と言えるでしょう。

 

3.医師としてどう生きるか~40歳からのキャリア選択~

 『あなたへの医師キャリアガイダンス』(医学書院)という本を編集したことがあります。卒後1年目から75年目までの医師50名に、医学生や若い医師に対して体験に基づいたキャリアガイダンスを執筆してもらったのです。

 50名のキャリアパスはさまざまでしたが、各人がガイダンスに込めたアドバイスは、すべての年代で共通していました。それは「夢中になれることに没頭しよう」「弱気になった自分を奮い立たせる目標を持って、それに向かってすべてを忘れるくらい熱中しよう」というものでした。

 私はと言うと、目の前にある課題をがむしゃらにこなしながら、その時々に見えてきた道を選んできただけです。ただ「やりがいを感じるか」ということをいつも大切にしてきました。「自分の得意なことは何だろうか、その仕事は世のため人のためになるだろうか」ということを問うてきました。

 「その仕事は世のため人のためになるだろうか」については、血液診療をがむしゃらに続けるだけでなく、医学書の出版にも力を注ぎました。聖路加国際病院にはすぐれた屋根瓦教育の伝統があります。「その教育内容を院内に留めておくのはもったいない」「本として出版することで日本の医療に貢献しよう」と考えたのです。45歳の時に初めて『内科レジデントアトラス』(医学書院)の医学書を出版し、以来、気付けば、ほぼ毎年2冊のペースで本を出してきました。翻訳本6冊を含めると30数冊にのぼります。
 新しい本を企画、執筆、編集することはとてもやりがいがありました。と言っても、自分一人で執筆したのは数冊だけで、ほとんどは卒後4~6年目の内科の元チーフレジデントが執筆した本です。彼らにはその時々の内科全般に通じた生きた知識や知恵があります。「卒後間もないレジデントは何がわからないか」をよくわかっています。彼らが書く本は各科の専門家には書けないのです。かといって、彼ら単独では本としてまとめることはできません。そこで彼らの原稿を読みやすくなるように加筆修正することを、私の仕事にしたのです。ダイヤモンドの原石をカットして磨くという仕事です。それは私の得意なことでもありました。
 62歳での血液内科から人間ドック科への転科も「自分の得意なことは何だろうか、その仕事は世のため人のためになるだろうか」と問うた結果です。このまま血液内科医として働くのか、予防医療の道に進むのか。どちらが「やりがいを感じるか、ワクワクするか」を考えました。どちらが自分本来の道か、私の「内なる声」に聞き耳を立てて決めたのです。

 内科レジデントから血液内科医へ、血液内科医から人間ドック科医へ、人間ドック科医から○○へ……。これからの進路選択でも、その方針は変わらないだろうと思います。

 最後に、激務の中で働く40代のあなたも、この先、医師人生の折り返し地点を迎えます。急激な時代の変化の中で医師を取り巻く環境も激変します。医師としてどう生きていくかを決め、キャリアやこの先の仕事を選択しなければいけない、大きな岐路が待ち受けています。60代を生きる今の私のように、「本当にやりたいことをやらなければ」という思いに駆られるときが来るでしょう。

 そんなときはどうか、「リスクがあるかもしれない」といってあなたの好奇心や心の衝動に蓋をしないでください。あなたの中にはたとえ小さくはあっても確かな「内なる声」があります。どうぞその「内なる声」を大切にしてそれに従ってください。リスクを負う道を避けて「内なる声」を無視するのは、結果的に最もリスクの高い生き方になりますから。

 

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岡田 定(おかだ・さだむ)
1981年大阪医科大学卒業後、聖路加国際病院内科レジデント、1984年から昭和大学藤が丘病院血液内科を経て、1993年から聖路加国際病院血液内科勤務。2007年から血液内科部長、2011年~2013年内科統括部長、2016年から人間ドック科部長。一般血液内科の臨床だけでなくレジデント教育や終末期医療にも長年携わり、レジデント向けの本や血液診療の本(※)を30数冊上梓。

※『内科レジデントの鉄則 第1版、第2版』(医学書院)、『デキレジ step1、step2』(医学出版)、『誰も教えてくれなかった 血算の読み方・考え方』(医学書院)、『レジデントのための血液診療の鉄則』(医学書院)、『臨床検査技師のための 血算の診かた』(医学書院)、『診療所/一般病院の血液診療 Do & Don’t』(日本医事新報社)など。近著に『どんな薬よりも効果のある治療法』(主婦の友社)がある。
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