ロールモデルのない「道なき道」を行く、小児総合診療科医のキャリア【前編】
診断、教育し、組織の力を高める~小児総合診療科の役割と、仕事の醍醐味
利根川 尚也 氏(小児総合診療科医/沖縄県立南部医療センター・こども医療センター、同臨床研修センター長)
沖縄県立南部医療センター・こども医療センターの小児総合診療科に務める利根川尚也医師に、ご自身のお仕事について寄稿いただきました。前編の内容は、小児総合診療科で働くことの魅力ややりがいについてです。
「小児総合診療科医は、時に探偵であり、指揮者であり、教育者である」とおっしゃる利根川医師。ポイントになる「診断」「連携」「教育」の3つを中心に、利根川医師の普段のお仕事についてご紹介いただきます。
私の考える「小児総合診療」と「小児総合診療科」の違い
小児総合診療科医の魅力をお話しする前に、まず私が考える「小児総合診療」と「小児総合診療科」という言葉の違いを説明しなくてはなりません。
「小児総合診療」とは、すべての小児科医が行う、または行うべき診療です。日本小児科学会が、小児科専門医を「こどもの総合医」だとしているように、「こども一人ひとりを包括的に捉えた医療・保健を実践すること」=「小児医療そのもの」が、小児総合診療であると考えています。つまり、一般小児科医も小児循環器科や小児腎臓科などの専科の小児科医も、すべての小児科医が、良質な「小児総合診療」を目指している、ということになります。
一方で、「小児総合診療科」とは、小児専科が集まるこども病院などの総合病院における、1つの科のことです。「小児総合診療科」の仕事は、「小児総合診療」から「小児専科にしか行えない医療」を除いたものに、施設の特性によって生じるニーズを加えたものと考えています。
ゆえに、その役割やあり方は様々です。診断をつけることが難しい、複雑な疾患で各専科や多職種との連携が必要な患者が多く集まる大規模施設としてのもの。地域連携、安全管理、啓蒙活動など、地域における小児医療全体を俯瞰すべき中核施設としての役割といった、それぞれの立場や施設に最適な「小児総合診療科」の形があると思います。
その上で、多くの小児総合診療科に共通する仕事の魅力は、端的に言えば、「診断」「連携」「教育」の3つにあると思います。本稿では、この3つを順に説明しながら、小児総合診療科医として働く醍醐味について、包括的にお話ししたいと思います。
「診断」⎯⎯ 名探偵ホームズのように、謎を解く
先日、救急外来で、両側の上眼瞼浮腫を主訴に来院された9歳の男の子と母親を小児総合診療科が担当した時のことです。
診察室のドアを開け、待合室に向かって患児のお名前をお呼びすると、スッと一人の女性が立ち上がりました。不安げな表情を浮かべながらこちらに会釈され、母親であるとわかりました。その女性にやや身を隠すように、うつむいた男の子が立っています。
母親はやさしくその子の手を引き、診察室に入ってこられました。患児はとても緊張している様子です。「こんにちは」と患児に挨拶をすると、一瞬こちらに目をむけ、小さい声で「こんにちは」と返してきました。患児の口数は少なく、病歴の説明は主には母親から。こちらにいらっしゃる前に近医小児科クリニックを受診しており、持参された診療情報提供書には、眼瞼浮腫の疑いである旨と簡単な病歴が記載されていました。
「お手紙を拝見いたしましたが、本日はどうされましたか?」とお聞きすると、母親が「ちょっとここ数日疲れやすいみたいで、顔がむくんでいるのです」とおっしゃいます。私は幼児期以上の児の場合は、保護者の話をそのまま児にも聞いてみるようにしています。患児にも「すぐ疲れちゃうの?」と聞くと、少しだけビクっとして、「少し」と、しきりに自分の指を触りながら答えました。なんだかソワソワしていて、緊張している様子です。患児に「病院、いやだよね?」と話しかけると、本人はすぐに小さく首を横にふる仕草をしたものの、母親が私に気を使ったのか「大きい病院に来るのは初めてなので」と補足されました。
両側眼瞼浮腫の救急診療でまず否定したい疾患は、心筋炎などの心疾患とネフローゼ症候群などの腎疾患です。これらの疾患を有する患者は、「元気がない」「ぐったりしている」といった様子であることが一般的ですが、患児からは、どちらかというと身の置き所がないといった印象を受けました。母親になぜ浮腫んでいると思ったのか伺うと、親戚などに指摘されたから、他にも友達から「顔が変わった」と言われたから、ということでした。
そこで以前の患児の写真を見せてもらったところ、目の印象は確かに変わっているようです。これなら眼球突出の可能性もあります。その点を指摘されなかったか尋ねたところ、以前に母親の知り合いから「目が出ている感じがする」と言われたとのことでした。
この患児の最終診断は、甲状腺機能亢進症とそれによる高拍出性心不全。診断後、すぐに小児集中治療科、小児循環器科、小児内分泌科と連携をとりながら治療を開始することになりました。つまり、心疾患だけであればぐったりしているはずが、その原因となった甲状腺機能亢進症を併発していることで、最初の患児の印象が心不全の典型例とは異なっていたわけです。しかし結果として、心不全であることとその原因を早い段階で診断することができました。
この症例は、私にとって大変印象深いものでした。視覚的情報を意識したから、甲状腺疾患を見つけることができたと思っています。小児総合診療科医がすべての疾患を扱い、様々な患者家族と接し観察してきているからこそできることなのだと思います。
このように、私の所属する沖縄県立南部医療センター・こども医療センターの小児総合診療科は、初診の患者のファーストタッチをするので、経過や患者背景の情報がないところから診断をつける機会がとても多いです。診断をつけていく過程は、さながら探偵シャーロック・ホームズのようです。
患者家族を診察室に呼び入れるところから、我々の探偵業は始まります。患者家族の容姿、表情、声つき、歩き方、親との関係性などを観察しながら、いよいよ椅子に座っていただき、問診診察を始めていきます。この視覚的情報(視診)を常に意識しながら問診診察を行うことは、小児を相手にするときにとても重要なポイントです。
特に乳幼児は、症状の詳細を自分の言葉で表現することができないので、患児の様子を観察し、私たちが言語化していく作業が診断への近道となります。また、容姿から社会歴を想像したり、表情や親子の関係性から患者家族の心の中に隠された思いを予測したりして言葉を選び、会話をしていくことで、良好な関係性が徐々に構築され、さらに重要な情報を話してくださることにつながります。
この探偵業、すなわち診断ができることは小児総合診療科の大きな魅力です。
「連携」⎯⎯ 指揮者のように奏者を輝かせ、チームの力を向上させる
小児総合診療科医には、主治医として患者家族に最も近い存在となり、専科の医師や多職種スタッフと連携しながら最善の医療を模索し、提供していくことが求められます。その過程も結果も、2つとして同じものはなく、「正解のないもの」を追求していくという芸術のような面白さがあります。
小児総合診療科医について、「なんでも屋の小児科医」といったイメージを持たれる方もいますが、決してそうではありません。小児総合診療科とは、オーケストラでいうところの指揮者のような存在であるため、各楽器を専門の奏者のように奏でることは求められていません。やはり、各楽器の演奏、すなわち各専科における専門的な医療は、各専科の先生のレベルに敵うはずがありません。
しかし、指揮者とは様々な楽器の奏者が奏でる音を知っていて、それらの音を最も素晴らしい形で共鳴させる方法を知っている存在です。バイオリンのソリスト(専科)ほどの演奏力はありませんが、そのソリストが生きるタイミングや、その他の楽器(他の専科や多職種)との共鳴がより引き立つタイミングも知っています。小児総合診療科が最も力を発揮する仕事は、このような医療ケア全体の連携のコーディネートだと思います。
実際に、専科の医師や多職種スタッフとの連携は、小児総合診療科の腕の見せ所で、大変やり甲斐のある仕事です。曲の演奏中であっても音を奏でていない人がいるように、常に奏者の皆に仕事があるわけではなく、それぞれに出番があります。彼らに「今です」というキューを最適のタイミングで出す役目が、専科や多職種連携における小児総合診療科医の役割と言えるでしょう。
私は、本来、専科で行うべき医療以外は、すべて小児総合診療科が「主治医として」担当するべきだと考えています。もちろん主治医として各専科の知識や経験を最大限に生かすために、ディスカッションを繰り返して助言をいただくことは重要です。
私が小児総合診療科を主治医とした連携にこだわる理由はいくつかありますが、その一つが、患者への一連の医療ケアの質を高められるためです。外科との連携を例にとりながら説明しましょう。
一般的に、外科疾患の患児の主治医は外科になります。外科が、外科疾患の診断、治療、周術期の管理、慢性期の管理などに精通しているため、そのような形が取られることが多いでしょう。しかし、そのようなケースでも、小児総合診療科が主治医となることのメリットは少なくありません。
例えば、バイオリン奏者の一人が、その弓を使って演奏の合間に指揮もやっている場面があったとしたら、どうでしょう。聴衆は、その人にしか奏でられない見事なバイオリン演奏を聴きに来ているのです。そのバイオリン奏者が、演奏に集中できるよう、演奏がない時間も、演奏以外のことで奏者を煩わせるべきではないはずです。
同じように、外科の先生がいかに医療の連携に優れた手腕をお持ちだとしても、「外科手術」こそがその先生に集中して行っていただくべき医療であり、「外科手術以外のこと」で外科の先生を煩わせるべきではないと私は考えています。
往々にして、患児の抱える問題は一つではありません。上述のような「外科手術以外のこと」はかなり多岐に渡りますが、外科疾患の患児の最優先課題は外科疾患の治癒です。
私は、よく後進に「まずProblem listを作りましょう」と言います。当医療センターでは、外科疾患でも、小児総合診療科医がはじめに診断に関わることが多く、受診までの経緯などを聞いてくことになります。その過程で、患者家族との良好な関係性が構築されるにしたがい、患児の様々な背景や、そこに潜む問題点が浮き彫りになります。例えば育児や家庭環境についてであったり、基礎疾患のケアについてであったり、術後の身体的、精神的ケアなどが挙げられます。外科疾患の治療とこれらの明らかとなった問題が、その患児のProblem listとなります。
それらの解決に関して、「外科疾患の治療が最優先事項であるので、外科の先生に主治医になっていただいて、すべてお願いしましょう」とはすべきではないのです。専門性の高い仕事は、精通した方に担当していただく。それ以外の部分はすべて、連携そのものを担当する者が行う。この「それ以外の部分はすべて」という点が重要です。
医療現場で「それは、私の仕事なのですか?」という議論が頻繁に起こるように、適任者が誰なのかわかりづらい仕事も確かに多くあります。小児総合診療科は、それらをすべて担当します。つまり、「かなり専門性の高い仕事以外は、すべて小児総合診療科の専門性を発揮する場」とすれば、「誰の仕事なのか」問題は起きません。
本章冒頭で、「小児総合診療科医は、なんでも屋の小児科医ではない」と申し上げましたが、時には「便利屋の小児科医」であるのかもしれません。「誰の専門でもない仕事」を引き受けることも専門なのです。
これまでの医療は、優先事項の高い問題に関わる科が主治医になる傾向にありました。しかし小児総合診療科が主治医として関わることで、各専科のパフォーマンスの向上と連携の円滑化の両面から、患児に提供できる医療ケアの質が高まると思っています。
この「患者に対する一連の医療ケアの質」を高められることに加えて、小児総合診療科の存在は、医療チーム全体の組織が、どんな場面でもうまく連携し、継続的に質の高い医療ケアを提供できるようになる、「組織力の向上」にも一役買うことができます。
例えば、一人ひとりのパフォーマンスが、どのようにチーム全体(患者家族や地域も含めて)に影響するのかといった動線や、それぞれの過程の評価やフィードバックの質といった要素があります。その全体を俯瞰し、問題点を抽出し改善していく役割は、取りまとめを行う立場がはっきりしていないとできない仕事であり、その役割を担う人間がいればこそ、組織力を高めることにエネルギーを注げるのです。
臨床にしっかり関わりながら、組織統制や地域統制にも関わる職種というのは大変珍しいものです。早いうちから自ら組織の問題を発見し、解決することが求められる環境は、小児総合診療科の大きな魅力の一つです。
「教育」⎯⎯ 医師として、人として、常に成長する
小児総合診療科は、後進の教育の場でもあります。当科では、学生、初期研修医、専攻医(小児科や家庭医療科)、研修生を受け入れており、後進とともに仕事をし、教育をする機会が絶えず訪れます。
その理由は、小児総合診療科の専門性にあります。小児総合診療科は、専科が最も力を発揮する分野以外のすべてが専門分野だと前述しました。基本的なことから複雑なことまでかなり広い範囲の疾患や重症度を診断および治療をし、患者家族の一番近い存在として、また専科や多職種との連携をコーディネートする存在として、「医師に求められる能力」全般が必要となります。
では、「医師に求められる能力」とはなんでしょうか? 本国、また諸外国では、医師の卒前卒後教育や生涯教育での評価項目が決められています。なかでもRoyal College of Physicians and Surgeons of Canada(RCPSC: カナダ専門医協会)で構築された以下の評価項目が端的でわかりやすいのでお示しします。
- 1. 医療のエキスパート(medical expert):患者ケアのために自分の知識、スキルおよび態度を活かす.
- 2. コミュニケーター(communicator):患者,家族,同僚,およびその他の専門家と情報を効果的に交換できる.
- 3. 協働できる人(collaborator):診療チーム内で,効果的に任務を遂行できる.
- 4. ヘルス・アドボケート(health advocate):患者や地域の健康と福利を促進する.
- 5. マネージャー(manager):診療システムの組織に,効果的に参画できる.
- 6. 学者(scholar):医学知識の創出,伝播,適応とともに内省的学習ができる.
- 7. プロフェッショナル(professional):倫理的実践と個人の高い行動規範を示す.
(『医学教育を学び始める人のために』(Ronald M. Harden/Jennifer M. Laidlaw著・大西弘高監訳、篠原出版新社)より引用)
もちろんこれらの項目は、すべての科の医師に適応される到達目標です。しかし、特に小児総合診療科医は、これらの能力を「バランス良く」持っておく必要があり、またそれを発揮することそのものが科の仕事とも思えるのです。そのような環境は、これから医師になる学生や、スタートを切ったばかりの初期研修医や、まさにこれから専門を学ぼうとする小児科専攻医らが、医師としての基盤を構築するために教育を受ける適切な場といえるでしょう。
そして視点を変えれば、私も含め、教える側にも医師としての能力が備わっていなければ教育は成り立ちません。これらの目標を達成することは、終わりのない旅のようなもので、最も重要なことはこれらを意識しながら日々自分を振り返り改善していく姿勢だと思っています。つまり、教育することが自らの成長にも繋がり、それは後進から、先輩である我々が受ける学びともいえます。
これらの項目を読んでいると、「医師の前に人である」という言葉が思い出されます。臨床、および教育を通して、日々人として成長すること、そして医師として学び続けることに意欲を持ち続けることができるのも、大変得がたい小児総合診療科の魅力の一つであると思います。
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※関連記事の肩書きは取材当時のものになります
- 利根川 尚也(とねがわ・なおや)
- 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター 小児総合診療科、同臨床研修センター長。2009年昭和大学医学部卒。太田綜合病院附属大田西ノ内病院で初期研修を、国立成育医療研究センターにて小児科研修を行う。2014年から同センター感染症科臨床研究員。その後、2015年から沖縄海軍病院での勤務を経て2016年より現職。プライベートでは2児の父。
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