医師と特定看護師とのタスクシェア・タスクシフトにおけるポイントと留意点

 医師の働き方改革への関心が高まる中、特定行為研修を修了した看護師(特定看護師)の活用に注目が集まっています。医師の行為の一部を、特定行為として看護師にタスクシェア・タスクシフトすることで、医師の負担軽減が期待されているからです。

 しかし、研修修了者の活用については多くの施設で頭を悩ませており、中には特定看護師が活用されていないケースなど、現在では課題もあります。勤務医における長時間労働を是正しつつ、医療の質を高めていく上で、特定看護師を活用していくための体制づくりや、医師と看護師のタスクシェア・タスクシフトのあり方、留意点などについて紹介します。

 

1. 特定行為・特定看護師の概要

 特定行為研修は、「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」により、保健師助産師看護師法を改正して2015年10月に創設された制度です。これまで医師や歯科医師が担っていた一定の診療行為について、同研修を修了した看護師(特定看護師)が、医師または歯科医師によって作成された手順書により、特定行為として実施できるというものです。

 看護師が行う業務は、保健師助産師看護師法で「療養上の世話」か「診療の補助」と定められています。また、医師が行う診療は、手術や診断、処方など医師にしかできない「絶対的医行為」と、医師の指示のもと看護師が診療の補助として行える「相対的医行為」に大別されます。ただ、両者の境界があいまいでグレーゾーンが生じていたことから、相対的医行為の中でハイレベルな21区分の38行為を「特定行為」と位置付けました(下表)。

  特定行為および特定行為区分(38行為21区分)

出典:厚生労働省 中央社会保険医療協議会総会(第442回)個別事項(その14)(医療従事者の働き⽅④、技術的事項③)(令和元年12月18日)

 また、手順書に基づく特定行為を実践するために必要な知識や技術を指定研修機関で学び、修了認定を受けた看護師を特定看護師といいます。

 この特定行為を含む診療の補助は、医師の具体的な指示があれば、特定行為研修を受けていない一般の看護師でも実施できます。ただし、患者の状態を見極めてから、医師の指示を仰いで介入するまでにタイムラグが生じるなど、適切なタイミングで対応できていないケースが少なくありません。

 一方、特定看護師は、医師の包括的指示が記載された手順書があり、手順書に示された病状の範囲内であれば、自らの判断で特定行為を行えます(下図)。

特定行為研修受講前と受講後の違い

出典:公益社団法人日本看護協会 厚生労働省「看護師の特定行為研修制度」 看護師の特定行為研修制度ポータルサイト

 特定看護師の活用によって、医師の到着を待たず、患者の症状に合わせたタイムリーなケアや処置で症状の悪化を防ぐなど、医療の質向上への寄与が期待されています。

2. 特定看護師の創設の背景にあった在宅医療の推進

 特定行為研修制度が創設された背景には、団塊世代が後期高齢者になる2025年に向けたさらなる在宅医療の推進があります。

 少子高齢化により、医師の不足・偏在が顕著となる地域が多い中で、在宅医療を進めていくには、医師の判断を待たず、手順書に基づき自身の判断で特定行為を行う看護師を養成・確保していく必要があります。そのため、同制度の内容を標準化することで、今後の在宅医療等を支える看護師を計画的に養成していくことが狙いとしてありました。

3. 領域別パッケージ研修へのシフトで医師の働き方改革に軸足

 しかし、医師の働き方改革への対応が議論されるようになり、さらに2019年4月に領域別パッケージ研修を中心とした見直しが行われてからは、制度の軸足が在宅医療の推進から医師の負担軽減へとシフトしつつあります。つまり、在宅だけでなく、急性期病院でも特定看護師を積極的に活用することにより、医師の長時間労働を是正することも期待されているのです。

 2019年4月の制度見直しでは、伸び悩んでいた研修修了者の確保を目的に、研修内容の精錬化による研修時間数の短縮に加え、3つの領域別パッケージ研修(在宅・慢性期領域、外科術後病棟管理領域、術中麻酔管理領域。その後に、救急領域、外科系基本領域、集中治療領域を追加)をつくり、目的に応じて効率よく受講できる内容になりました。各特定行為区分を横串しにして、特定の「領域」で頻繁に行われている特定行為をパッケージ化したことには、特に救急医療や集中医療など、急性期医療の現場でタスクシェア・タスクシフトを促していく狙いがあると思われます(下図)。

特定行為研修制度のパッケージ化によるタスクシェア・タスクシフト

出典:公益社団法人日本看護協会「2020年度特定行為研修シンポジウム 特定行為研修制度に関するトピックス」厚生労働省医政局看護課 看護サービス推進室(2021年1月)

 国は、勤務医の長時間労働の上限規制が始まる2024年4月までに、領域別パッケージ研修の修了者を1万人養成するという青写真を描いています。

 最近では、新型コロナウイルス感染症の重症者の診療において、ECMOや人工呼吸器管理などで専門性の高い看護師が必要とされたことなどから、あらためて特定看護師が注目されています。

 こうした感染症に迅速・的確に対応できる体制の整備、またタスクシェア・タスクシフトの推進のため、2024年度からの8次医療計画において、特定行為研修の体制整備に向けた具体的な計画の策定を必須とすること、都道府県・二次医療圏ごとに特定看護師など専門性の高い看護師の養成数の目標を設定することについて、厚生労働省の「第8次医療計画等に関する検討会」で議論が始まっています。

 8次医療計画(都道府県医療計画)で実際に特定看護師の養成数の目標などが設定されることになれば、その養成がさらに進むものと推測されます。

4. 特定看護師の活用の現状と効果

 領域別パーケージ研修の導入もあって、研修修了者数は2019年から伸びており、2022年3月現在で4,832人を数えます。特定行為研修を行う指定研修機関は319施設(2022年2月現在)で、年間の受け入れ人数(定員)は3,669人となっています(下図)。

指定研修機関数・研修修了者の推移

出典:第29回医道審議会保健師助産師看護師分科会 看護師特定行為・研修部会「資料4 特定行為研修制度の推進について」(令和4年8月22日)

 厚生労働科学研究の「特定行為研修の修了者の活用に際しての方策に関する研究」2019年度進捗報告では、カルテによる後ろ向き調査により、特定看護師の活用効果がいくつか報告されています。

 A病院では、特定行為区分「血糖コントロールに係る薬剤投与関連」、特定行為「インスリン投与量の調整」を行ったところ、特定看護師の配置前に比べ、空腹時血糖改善率、目標血糖到達率が有意に上昇し、介入期間の短縮、低血糖発作発現件数の減少、手術時までの有意な血糖改善と術後の速やかな血糖安定が見られたといいます。

 また、B病院では、褥瘡患者に対して特定行為区分「創傷管理関連」、特定行為「創傷の壊死組織の除去」「創傷に対する陰圧閉鎖療法」などを実施し、特定看護師配置前と比較して、初回介入時と治癒時のDESIGN-Rの点数の差が上昇し、褥瘡の治癒日数は短縮する傾向にあるという結果が出ています。

 いずれも、特定看護師の適切な判断とタイムリーな介入により、安全かつ効果的なケアが実施されました。また、北海道や東北など、医師不足が顕著なブロック・地域を中心として、特定看護師の養成・活用に積極的に取り組む病院も増えています。特定看護師を有効に活用できれば、医師の働き方改革にも寄与するのは明らかでしょう。

 

5. 特定看護師を積極的に活用していくための体制づくりと医師の役割

 特定看護師の活用に成功している病院で共通しているのは、経営者の思いつきや看護部のやる気だけでなく、組織横断的な委員会をつくるなど、病院全体として計画的に特定看護師を養成し、その活用を推進している点です。病院に求められる役割や機能にマッチしない特定行為の研修を受講・修了しても、活用されません。

 まずは、病院の機能や役割、目指す医療を鑑みながら、どの特定行為であれば代わりに実施してほしいのかという医師のニーズを把握し、受講する特定行為区分や領域別パッケージ研修を選択することが重要です。

 また、包括的指示による特定行為の実施には、関連する診療科の医師に手順書を作成してもらう必要があるため、風通しの良い組織づくりや、医局と看護部の関係性の強化も必要でしょう。

 自院が指定研修機関の場合、その病院の医師が指導医として研修に関わり、研修を受講している看護師の人柄や力量を知る機会がつくれるので、研修修了後の特定看護師の活用は比較的進めやすいと思われます。一方、指定機関ではない場合は、医師と特定看護師がコミュニケーションを図れる場を設けるなどの工夫が必要になりそうです。

 医師と特定看護師との連携という面では、業務を“丸投げ”するイメージのタスクシフトよりも、多職種との協働で行うタスクシェアという意識を高めた方がよいのかもしれません。一定の特定行為を看護師に任せきりにすると、医師における当該行為のスキル低下も危惧されます。

 例えば、気管カニューレの交換など複数回実施する特定行為は、初回に医師、2回目以降に特定看護師が行うなど工夫するのも一案です。医師が、従来どおり特定行為を行うことで、特定看護師の判断力やスキルのアセスメントが容易になり、病院全体として特定行為の質の底上げも期待できるほか、職種間の関係性も強化できます。

 特定看護師のスキルや可能性を適切に見極めながら、医療現場において前向きに活用を図っていくことが求められます。

(文・エピロギ編集部)

 

<参考文献>

ページの先頭へ