弁護士が教える医師のためのトラブル回避術

第16回 遠隔診療を巡る法規制~許容範囲と処方箋の考え方

テレビ電話や電子メール、スマートフォンアプリなどを通して医師の診察を受ける「遠隔診療」「遠隔医療」が近時徐々に広がりを見せています。

遠隔診療は、従来は離島やへき地などの特別な事情がある場合の例外的なものと考えられてきましたが、平成27年に厚生労働省より「離島やへき地というのはあくまで一例であって都市部でも遠隔診療を行うことは禁止されていない」との解釈が示され、これが事実上の解禁となりました。そして、今年平成29年7月14日付の「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」と題する新たな通知で、テレビ電話や電子メール、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)等を利用した遠隔診療も可能であることが明確化され、遠隔診療に注目が集まっています。
遠隔診療・遠隔医療は、患者側・医師側双方にとって利便性の高いものであり、今後、さらに規制緩和が進めば、一気に遠隔診療、遠隔医療が普及拡大するものと予想されます。

そこで、今回はこの遠隔診療・遠隔医療をめぐる問題について、確認・整理をしてみたいと思います。

 

1.遠隔診療は、そもそも法律で禁止されていた?

 では、遠隔診療は、法的にはそもそも何が問題となっているのでしょう?
 端的に言えば、医師法20条で禁止されている無診察医療との関係が問題となります。医師法20条には「医師は、自ら診察しないで治療をし(中略)てはならない。」との定めがありますが、患者と直接対面しない遠隔診療をこの条文との関係でどのように理解すればよいのでしょうか。
 特に、実際に医療現場に出られている医師の方々にとっては、遠隔診療を導入するにあたって、どの程度までが許容されているのか、逆に言えばこれ以上は違法というラインはどこなのかは確認しておきたいところかと思います。

 この「診察」について、旧厚生省は平成9年段階において、必ずしも対面でのやり取りに限られるものではないとの解釈を示しており、遠隔診療は法で禁止されているものではありません。
 ただし、厚生労働省は、遠隔診療についてはあくまで対面での診察を補完するものであるとの位置づけで理解しており、現在の厚生労働省の解釈では、対面診療を全く行わない完全な遠隔診療は許容されておらず、対面診療と組み合わせる形でのみ遠隔診療が認められるとされています。
 端的にまとめると、次のようになります。

× 全く患者と対面しないで診察、診断を行い、治療や処方箋の発行を行うこと
 ⇒医師法20条違反

〇 対面でのやり取りとビデオ会議などを組み合わせて診察、診断を行い、治療や処方箋の発行を行うこと

 なお、診療報酬点数の算定において、遠隔診療では初診料を算定することはできません。そのため、保険診療を前提としますと、初診は必ず対面で行う必要があるということになります。ただし、保険適用を前提としなければ、「初診は必ず対面で行わなければならない」というものではなく、対面での診察を適切に組み合わせることが前提であれば、初診を遠隔診療とすること自体は可能です。

 この初診料のように、現在の診療報酬算定においては遠隔診療では加算できない項目がいくつかあります。そのため遠隔診療は対面診療よりも診療報酬が低くなってしまうという側面があり、これは病院経営にとってはデメリットといえますので、留意する必要があります。

 

2.遠隔診療の場合のクスリの問題

 現在、都市部では、花粉症の治療など、継続的に治療を行う必要がある疾患について遠隔診療のニーズが高まっており、このような疾患を中心に遠隔診療が広がりを見せています。継続的に病院を受診することは、患者側の時間的な負担も大きく、遠隔診療を導入することで大きな負担軽減、効率化が可能となります。

 では、そのような遠隔診療を行った場合、処方箋の取り扱いはどのようになるのでしょうか?
 遠隔診療を行った後に、そのままオンラインで処方箋を患者に提供することができれば非常に便利ですね。電子処方箋については平成28年より認められるようになりました。ただし、電子メールでの処方箋送信については、厚生労働省作成の「電子処方せんの運用ガイドライン」では導入が見送られています。また、完全オンライン化の致命的な問題として、薬剤師法では服薬指導を対面で行うことが義務づけられている点が挙げられます。この薬剤師法の規制のため、残念ながら電子処方箋を利用したとしても、患者さんは調剤を行う薬剤師から対面での服薬指導を受けなければならなくなるため、完全にオンラインで完結というわけにはいかず、患者さんに処方箋をもって薬局に足を運んでもらう必要が生じます。

 他方、院内処方を行っている病院の場合、オンラインの診療からの流れで患者さんに薬を郵送で交付することも可能です。院内処方の場合、調剤や薬の処方は薬剤師ではなく医師が行うことになるため、薬剤師法の服薬指導の規制も適用されません。患者さんの立場で考えると、非常に負担が少なく効率的な医療といえるでしょう。
 処方箋、服薬指導の問題については、今後のさらなる規制緩和に期待したいところです。

△ 院外処方→患者が薬局に足を運ぶ必要がある
〇 院内処方→薬を郵送することも可能

 

3.遠隔医療で診断ミスが起こってしまったとき

 病変の見落としなど医療過誤が発生した場合の責任を考え、医師の方の中には直接診察したほうが確実に安全であり、遠隔診療はあまりやりたくないとの声もあるようです。確かに、遠隔診療よりも対面診療のほうがより確実な診断・診察が可能であることは否めないでしょう。

 しかし、いざ過誤が発生してしまったときに遠隔診療ゆえに情報量が少なかったという「言い訳」は、法的にも、また対患者さんとの感情的な部分でもなかなか説得力を持ちにくいところです。そもそも遠隔診療は対面診療と適切に組み合わせて行うことが必要とされていますから、診断ミスの原因が遠隔診療による情報不足ということになれば、対面診療との組み合わせ方法が不適切との非難を免れないでしょう。診断ミスが発生してしまった場合、最悪のケースでは業務上過失致死傷罪(5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金)の適用も考えられます。なお、適切な対面診療との組み合わせを行わず、完全な遠隔医療を行った場合には、医師法20条違反として、50万円以下の罰金という刑事罰に問われる可能性もあります。

 このように考えますと、遠隔診療は積極的にはやりたくはないという医師の方の意見も一理あるなと私も思うところです。しかし、遠隔医療については政府の規制緩和の方針もあり、今後さらに拡大・普及してゆくことが予想されます。そのような流れの中で、遠隔医療とのかかわりは不可避的に発生します。次世代の医療の一つの形として、遠隔診療における診察スキルが、医師の技能としてますます重視されるようになってゆくのではないでしょうか。

 私自身、患者の立場として考えますと、より利便性の高い医療として遠隔診療の拡大に大きな期待を持っています。医師の方々にとっては、クレームや紛争リスクの観点からなかなか大変な面もありますが、医療の効率化や、患者にとっての利便性の向上のために遠隔診療・遠隔医療を積極的に導入していただければと思います。

 

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中澤 佑一(なかざわ・ゆういち)
弁護士 / 弁護士法人戸田総合法律事務所代表。東京学芸大学環境教育課程文化財科学専攻を卒業後、上智大学大学院法学研究科法曹養成専攻を修了。2011年に戸田総合法律事務所設立する。専門はインターネット・ITに関する法律問題。
著書に 『インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル』(中央経済社)ほか。
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