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第20回 医師のパワハラ~事例に見る、パワハラ加害者にならないための留意点と被害を受けた際の対処法

以前、本シリーズで「医師によるドクハラ(第6回)」と「医療現場におけるセクハラ(第10回)」について取り上げましたが、今回は、「医療現場において起こりうるパワーハラスメント(以下、パワハラ)」について説明いたします。

2017年11月に公表された「勤務医労働実態調査」*によると、医師の3人に1人が「パワハラを受けたことがある」と回答しています。医師にとって、「パワハラ」は他人事では済まされない問題と言えるのではないでしょうか。

では、具体的にどのような言動が「パワハラ」に当たるのか。以下、医療現場における事例を紹介し、加害者にならないための注意点や、パワハラを受けてしまった場合の対処法について解説します。

*出典:「全国医師ユニオン『勤務医労働実態調査2017最終報告 全文

 

1.そもそも「パワハラ」とは何?

 以前はパワハラについて規定する法律はありませんでしたが、2019年5月に労働施策総合推進法が改正され、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」のないように、事業主と労働者の双方に対し、以下の責務が規定されました。

▼事業主
当該労働者の相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

▼労働者
優越的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる措置に協力するように努めなければならない。

 この法改正により、労働者もパワハラについて必要な注意を払うなどの努力義務を負うことになるため、パワハラの加害者への事業主の対応及び法的対応は、従前より厳しくなることも予想されます。

 

2.どのような言動が「パワハラ」になるのか?

 パワハラは、職場において優越的な関係にある当事者間(例:職務上の地位が上位の者による行為、同僚又は部下による行為で、当該行為を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの)で問題となります。

 重要な視点としては、当該行為が、「業務上必要かつ相当な範囲」での指導・言動といえるか否かであり、両当事者の職務上の地位・関係、行為の場所・時間・態様、被害者の対応、さらには職務の内容、性質、危険性の内容、程度等の事情も踏まえて判断することになります。

 そして、行為の態様について、以下のとおり整理されています。

①身体的な攻撃
 暴行・傷害
②精神的な攻撃
 脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言
③人間関係からの切り離し
 隔離・仲間外し・無視
④過大な要求
 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
⑤過小な要求  業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
⑥個の侵害
 私的なことに過度に立ち入ること

 まず、身体的な攻撃(①)については、いかなる理由があっても「業務の適正な範囲」内とはいえず、また、精神的な攻撃(②)と人間関係からの切り離し(③)についても、原則として「業務の適正な範囲」内とはいえません。

 他方で、過大な要求(④)、過小な要求(⑤)及び個の侵害(⑥)については、「業務の適正な範囲」内といえるか否かは、業種や企業文化も考慮して、個別具体的に判断していくことになります。

 仮に、当該行為がパワハラとして違法であると認定された場合には、加害者側は損害賠償請求や懲戒処分(懲戒解雇、降格など)を受ける可能性があります。

 

3.医療現場におけるパワハラ事例と、加害者にならないために留意すべきこと

 ここからは、医療現場におけるパワハラの具体的な事例を4つ取り上げ、それぞれの「①背景や争点」「②加害者が受けた罰や制裁」をご紹介します。

【事例1】医師間(上司と部下)のパワハラに関する事案

公立八鹿病院組合ほか事件(鳥取地裁米子支部平成26年5月26日判決(平成22年(ワ)451号 損害賠償請求事件)、広島高裁松江支部平成27年3月18日判決(平成26年(ネ)47号 損害賠償請求控訴事件)

①背景や争点
 この裁判例は、自殺で亡くなった医師(被害者)の遺族(原告)が、亡くなった医師が勤務していた病院の運営主体(被告)及びその上司ら(加害者・被告)に対し、損害賠償請求をした事案です。裁判では医師同士(上司と部下)のパワハラが問題となっています。

 裁判所は、亡くなった医師が、上司の医師らに相談すると怒鳴られたり無能として攻撃されたりしたこと、患者や看護師らの面前でも罵倒されたり頭突きや器具で叩かれるなどしたこと、患者や他の医療スタッフの面前で侮辱的な文言で罵倒するなどされたことについて、上司らの言動は指導や注意とはいい難いなどとして、パワハラを行っていたと認定しています。

 つまり裁判所は、暴力をふるったり、怒鳴ったりしたこと、さらには侮辱的な発言に対して、パワハラを認定する方向で考えていたと思われます。

▼被害者が加害者から受けた具体的な言動

  • ・「メモを取っているか、同じことを何度も言わせるな」と注意された
  • ・握り拳で1回ノックするように頭を叩かれて危ないと注意された
  • ・他の医師、コメディカルや患者の前で、できていないことを指摘され続け、回診を中断して、廊下で指導を受けたりした
  • ・他の医師、コメディカルや患者の前で、「電子カルテの記入の仕方が違う」「どこを見とるんや」「はぁー」「何をしてるんですか」などと言われ続けた
  • ・多くの質問を受けたり注意され、時には「休み中の報告はお前がせな分からへんやろが」などと怒鳴り気味に言われたり、「何回言っても分からんなあ」「この前も言ったやろ」などと言われた
  • ・被害者医師の仕事ぶりでは給料分に相当していないことや、そのような仕事ぶりに対して「両親に連絡しようか」といった内容を、コメディカルもいる前で、大声で言われた

②加害者が受けた罰や制裁
 本件では、パワハラが認定されるなどした結果、病院を管理運営している特別地方公共団体に対し、合計約1億円の損害賠償請求が認められています。このように、パワハラの被害者が自殺したケースで、特に被害者が医師の場合には、高額な損害賠償が認められる可能性があります。

【事例2】事務職間(上司と部下)のパワハラに関する事案

東京地裁平成21年10月15日判決(医療法人財団健和会事件、平成20年(ワ)14337号 地位確認等請求事件)

①背景や争点
 この裁判例は医師間ではなく、病院の事務員間(上司と部下)の言動に関する事案(訴訟の当事者は、部下が原告、病院の経営主体が被告)ですが、参考になる部分がありますので、ご紹介します。

 本件は、被告が経営する病院の健康管理室に事務総合職として採用された事務員と、その上司の間で生じた言動に関するものです。具体的には、単純ミスを繰り返す事務員(部下・原告)に対し、上司が、時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことがうかがわれました。しかし、裁判所は、生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり、その他の発言等も違法なパワハラ・いじめ・退職強要とはいえない、と判断しました。

 この判決は、他人の生命・健康を預かる病院の場合には、「時には」厳しい指摘・指導等が許される余地があることを示していますが、同時に、「継続的な」厳しい指摘・指導等までをも認めるものではないことも示唆しているといえます。

②加害者が受けた罰や制裁
 本件は、上記の【事例1】と異なり、上司によるパワハラが認定されず、損害賠償請求も認められませんでした。ただし、仮に上司である事務員個人が訴えられた場合には、訴訟に多くの手間や時間を費やすことになり、相当の負担を強いられることになります。

【事例3】医師と看護師に関する事案

平成30年3月6日旭川地裁判決(平成28年(行ウ)4号 免職処分取消等請求事件)

①背景や争点
 この裁判例は、免職処分を受けた医師(原告)が、勤務していた病院を設置している普通地方公共団体(被告)に対し、免職処分の取り消しを求めて訴えた事案です。裁判では、医師の看護師に対するパワハラが問題になっています。

 本件では、原告が処方すべき薬剤名を看護師に誤って伝えたうえ、薬剤の処方を求める看護師に「お前が聞き間違えたんだろう」などと怒鳴りつけ、詰め寄った行為について、裁判所は、明らかに相当性を欠くとし、パワハラを認定しているものと思われます。なお被告は、原告が特定の看護師に対し「ろくでもない看護師だ。患者からも証言をとっている」「やることがめちゃくちゃで、非常識で下品だ」などと述べたと主張しています。

 【事例1】と同じく、裁判所は粗雑な言葉で怒鳴ることや侮辱的な発言について、パワハラを認める傾向にあるといえます。

②加害者が受けた罰や制裁
 原告は被告から懲戒免職処分を受けていましたが、本件において、裁判によって当該処分が取り消されることはありませんでした。このように、パワハラが認定されることにより、社会的地位が失われる可能性があります。

【事例4】医師間(同僚同士)のパワハラに関する事案

平成30年9月20日大阪地裁判決(平成29年(ワ)2997号 地位等確認等請求事件)

①背景や争点
 この裁判例では、パワハラなどを理由に解雇された医師(原告)が、その勤務していた医療法人(被告)に対し、雇用契約上の地位を有することなどの確認を求めた事案です。裁判では医師同士のパワハラが問題となっています。

 裁判所は、原告が同僚の医師に暴力行為をしたこと自体は認めたものの、同暴力行為によって、入院治療等が必要となる程度の傷害等を生じさせたとまでは認めませんでした。その態様は、8枚の資料を丸めて同医師の頭をポンポンと叩いたという程度のものであり、同行為に至った理由を考慮しても、さほど悪質なものであるとは認められないと判断。パワハラの事実は認めたものの、解雇は認めませんでした。

 このように、暴力があった場合でも態様や結果が軽微であれば、裁判所が解雇や損害賠償を認めないケースもあります。ただしその場合でも、パワハラ自体は認定されるといえます。

②加害者が受けた罰や制裁
 本件では、パワハラの結果、原告が社会的地位を失ったかに思われましたが、【事例3】と異なり、裁判によってその地位が回復しました。しかし、パワハラと認定されたために、訴訟に多くの時間を費やすことになり、相当の負担を強いられたものと思われます。

 

 以上の事例が示すように、パワハラの加害者にならないために留意すべきは、「指導」と「パワハラ」の違いを認識して、部下や他職種のスタッフの方に接触することだといえるでしょう。

 

4.パワハラの被害を受けた場合の対処法

 パワハラの加害者にならないために留意すべきことを紹介しましたが、ここでは、パワハラの被害を受けた際の対処法をご紹介します。被害を受けた場合は、以下のような制度や手続きを利用することが考えられます。

1.勤務先の社内苦情処理制度の利用
勤務先にパワハラなどの苦情処理制度があれば、そこを利用することができます。

2.都道府県労働局雇用環境・均等部(室)への相談
各都道府県の労働局にある雇用環境・均等部(室)で、パワハラの相談を受けています。
そして、場合によっては、労働局による助言・指導の手続や紛争調停委員会によるあっせん制度を利用することができます。

3.労災保険の請求
パワハラで精神障害を発症した場合には、当該症状の発症前6カ月間に業務による強い心理的負荷が認められるなど一定の条件の下で、労災が認定される可能性があります。

 また、法的には、以下の対処が考えられます。

1.勤務先に対して
加害者の懲戒処分を求めること、民事責任(使用者責任に基づく損害賠償請求や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求)を追求すること

2.加害者に対して
民事責任(不法行為に基づく損害賠償請求)及び刑事責任(暴行罪、侮辱罪、名誉棄損罪など)を追及すること

 なお、勤務先のパワハラについては、周囲になかなか相談しにくいと思われますので、精神衛生を保つためにも、まずは弁護士に相談していただくことも、有益だと思います。

 

5.まとめ

 今回は医療機関におけるパワハラについてご説明しましたが、パワハラ加害者にならないためには、たとえ部下のミスなどで感情的になっていたとしても、感情をコントロールすることが肝要です。暴力は論外であり、怒鳴るなどの強い口調や、侮辱的な表現を用いず、また長時間に及ぶ指導を控えるなどして、やりとりをするべきであるといえます。

 

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椿 良和(つばき・よしかず)
弁護士/ 弁護士法人戸田総合法律事務所、福岡県弁護士会所属。
事務所の注力分野は,インターネット法務,労務,離婚等。
自身は,労務,離婚等を含め幅広い事件を取り扱っている。
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