卒後10-20年、中堅医師としての道を拓く 若手医師を育てる「Teaching Skill」講習会

【第9回】褒めて育てる? 叱って育てる?

浜田 久之 氏(内科医/長崎大学病院 医療教育開発センター センター長・教授)

卒後10年~20年も経つと、臨床経験も豊富になり、中堅どころとして現場の第一線で活躍されている先生も多くいらっしゃることと思います。一方で、若手医師の教育を任され、不安や迷いの中、試行錯誤されている方も少なくないのではないでしょうか。
初期研修が義務化されて10年。この4月にはいよいよ新専門医制度も開始されます。地域の医療を守り、病院が生き残るために、「若手医師を育てられる」ことが重要視される昨今、若手医師への適切な指導やキャリア育成のできる「教育力」を持つ医師のニーズが高まっています。

本シリーズでは、医学博士・教育学博士であり、内科医として毎日現場で若手医師の指導に力を注ぐ浜田久之氏(長崎大学病院 医療教育開発センター長)に、明日から実践できる若手医師の教育ノウハウ=「Teaching Skill」を12回連載で解説していただきます。
第9回は、褒める・叱ることの効果を勉強しましょう。

 

褒めて育てる人は意外と多い

先生は、研修医時代に、どうやって育てられましたか?
私はある外科系の学会で講演(FD)に呼ばれた時に、アナライザーアンケートを行いました。

浜田久之_第9回_図表

 

私は意外に思ったのですが、褒められて育てられた人が30%もいました。

「褒めて育てる」に関わる私の経験を紹介したいと思います。2004年、私はトロントで最も大きな病院、トロント・ジェネラル病院に留学していました。

朝はとても早く、研修医(ジュニアレジデント)は、始発電車で来て朝5時半~6時頃から自分の患者を回診していました。6時半には、ひげを伸ばしたシニアレジデントがパソコンの前に座り、研修医の症例をチェックします。

7時15分、救急部のカンファランス室にボスのDr.アブラムスが入って来ます。ロングの白衣に白のワイシャツ。ノーネクタイ。コーヒーを机の上に置く。フレンチバニラのフレーバーの良い香りが末席の私のところまで届きました。アブラムス先生は、ぐるりと部屋を見渡してニコリと笑います。医学生、ジュニア・シニアレジデント、スタッフを確かめます。私とも目が合い、優しく微笑んでくれたのを覚えています。

 

素晴らしい! の連発に衝撃

私はメモ帳を片手に先生の第一声に耳を澄ましていました。臨床教育研修の第1日目、本場の医学教育を初めて経験する私は、とても興奮していました。
彼は、聞き取りやすいカナダ英語でこう言ったのです。
「素晴らしい! 時間通りに全員そろっている、君たちは素晴らしい! いい一日になりそうだ。じゃあ始めましょう!」

「えっ?」
私は、驚きでペンを取り落としました。そして内心こう思ったのです。
(小学校の授業じゃあるまいし、カンファランスに時間通りに全員来るなんて、当たり前じゃないか。なぜ「素晴らしい」を連発して、いちいち褒めるんだろう? え~、カナダ、メンドクサ~!)

 

文化? それとも戦略?

それからも、アブラムス先生の「Wonderful! Splendid! Excellent! Brilliant! Terrific! Amazing! Super!」といった言葉が毎日のように聞こえてきました。アブラムス先生だけではありません。レジデント同士が何気なく話す会話の中にも、大学院の授業でも、夜の英会話教室でも、娘の幼稚園でも、スーパーの買い物中でも……。どこでもひたすら相手を称賛し、褒め、称え、いたわっています。褒め言葉のシャワーが私を包みました。

そこである日、カナダへ臨床留学していた日本人外科医の友人Aに聞いてみました。
「カナダでは、いくらなんでも、褒め過ぎじゃないの?」
「まあ、それがこっちの文化だからね。『こんにちは』代わりにそういう言葉を発したり、枕詞みたいに言ったりするからね。それに多民族国家だから、無用な争いが起こらないように。そういう意味じゃ、褒めることも戦略なのかもしれないね」
なるほど、なるほど。

 

褒めてばかりではない

それでは、カナダでは褒めてばかりかというと、全然そうではありません。「北米では、子どもを褒めて育てるのが主流」といっている日本のテレビ番組もありますが、正確ではありません。私の下の子どもが通っていた現地の幼稚園では、カナダのお母さんは日本のお母さんと同様に「ダメよ!」と叫んでいましたし、上の子が通っていた小学校では、悪さをする子は校長室に行かされて、校長先生から結構厳しく叱られていました。

医学生が怒られている場面は見たことはありませんでしたが、研修医が注意されている場面は何度も見ました。英語だからどの程度叱っているか、怒っているのか判断はつきませんでしたが、「You should」「Understand?」など強い口調で言っていました。これらの言葉は、日常では使わないようにとカナダ人の英語教師から習ったほど、強い表現です。病棟ではカナダ人医師がよく言っていましたし、友人Aによると、手術室など緊張感がある場所では、F○○○!といったFワードやSワードが飛び交うこともあったそうです。

どうやら、世界の中でも教育が素晴らしいと称されるカナダでも、褒めてばかりでは教育が成り立たないようでした。

 

褒めて育てるか? 叱って育てるか?

教育をテーマにしたテレビ番組や雑誌で、よく見かけるシーンがあります。
O木ママ vs S上忍 といったバトルが繰り広げられる、あの手の番組です。O木ママの論点は、褒める方が効率的で生産性が高いというエビデンスがある。S上忍の論点は、褒めてばかりだとまともな人間に育たないという経験論です。

基本的に、噛み合わないですよね。O木ママは、学者ですから沢山のエビデンスとエビデンスに基づいた実践教育を知ってます。これは、私がカナダで学んだことと同じです。S上忍は、自分が子役の劇団を運営して実際に沢山の子どもを育てているから、わかるんですよね。私も、医者になる前は、学習塾を経営してましたから、彼の言うこともわかります。
さらに、最近流行りのアドラーの心理学では、褒めても叱ってもダメ……。
時代背景や流行で、教育論はコロコロ変わったりします。

 

論争は無駄

私の結論としては、褒める・叱るのどちらも間違いではありません。なぜならば、教育には正解がないから。つまり、優劣を論争したところで時間がもったいないだけです。どちらの育て方も間違いではないでしょう。O木ママにしろ、S上忍にしろ、愛情を持って育てているのですから、それはそれでいいと思います。

研修医の教育に置き換えると、叱ろうが、褒めようが、本気で育てようと取り組んでいる指導医は評価できます。本気=どんなことがあってもフォローする覚悟、ですよね。逆に一番あってはならないのが、研修医を単なる労働力として使用し、彼らの向上心を利用して搾取しようとする指導医や病院だと考えています(日本には、ないことを祈っていますが)。

叱る・褒めるのどちらが良いかで争うのではなく、効率的・効果的な活用を考える方が有意義なのです。

 

PNP:positive negative positive feedback:褒めて、叱って、褒める

今回の結論ですが、「一本調子で褒めて伸ばす」、「罵倒し叱り倒して育てる」よりも、PNP(positive negative positive feedback)で教育した方が、効率的(教えやすい)かつ効果的(わかりやすい)です。

元々は行動心理学などの分野から提唱された理論のようですが、子どもでも大人でも、PNPを使用してフィードバックすることは非常に有効であると、2000年前後に北米の教育分野で盛んにいわれていたようです。私の恩師・バティー先生も、2004年当時、PNPの伝道師のようにワークショップや講演をしていました。

P(positive):この点が、よかったとフィードバック(≒褒める)
N(negative):もっと良くなるためには、ここを改善すればいいとフィードバック(≒叱る)
P(positive):最後に、ここも良かったから、さらに頑張ろう(≒褒める)

日本では、positive=褒める、negative=叱る と解釈されているようですが、実際のところはフィードバックの「表現の仕方」のように思えます。ですから、褒めたり、叱ったりしなくても問題ありません。良い点、悪い点、良い点を淡々と指摘すればいいのです。

これは、北米独特の手法というより、万国共通なのではないかと思います。日本でも昔から同様の言葉があります。私は軍国主義者ではありませんが、ここで連合艦隊司令長官の山本五十六の名言を紹介します。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」

褒めて、叱って、褒める。そうすれば、研修医に届きます。

実際にやってみると、多くの指導医は、こう言います。
「PとNは簡単ですが、Nの後のPは結構難しいです」。
Nは、やはりマイナスの感情になるので、最後にPで締めることが、日本人には難しい印象があります。教えられる方も、NからPにすぐに気持ちを切り替えていくことは困難なときがあります。

それでは次回、具体的に、どうやったらPNPを実践できるかを、やっていきましょう!

<参考>
・Maryellen Weimer「Feedback:Negative, Positive, or Both?」(2010、「FACULTY FOCUS」)
Ashlie Pankonin、 Rebekah Myers「Teachers’ Use of Positive and Negative Feedback: Implications for Student Behavior」
Katie Sprouls「Teachers’ Use of Positive and Negative Feedback With Students Who Are High-Risk for Emotional Behavioral Disorders」

 

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浜田 久之(はまだ・ひさゆき)
大分医科大卒。内科医、消化器内科専門医、プライマリケア学会指導医。
博士(医学)、博士(教育)。認定医学教育専門家。
予備校講師・学習塾経営を経て、長崎の内科医局に入り地域の中小病院で働く。卒後5年目頃より研修医指導をしながら、野戦病院にて総合診療病棟等の立ち上げ等に関わるが、疲弊し辞表を提出したことも。
10年目、逃げるようにトロント大学へ。帰国後開業するつもりだったが、カナダの医学教育に衝撃を受ける。帰国後、社会人大学院生として名古屋大学大学院教育発達科学研究科で学びながら、カナダで修得した成人教育理論を基礎としたTeaching技法を伝える指導医講習会を主催。現在1000名以上が受講している。
「教うるは学ぶの半ばなり」。日々挫折や葛藤の中で学び続けている。
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