卒後10-20年、中堅医師としての道を拓く 若手医師を育てる「Teaching Skill」講習会

【第11回】組織の問題を三視点法で分析する

浜田 久之 氏(内科医/長崎大学病院 医療教育開発センター センター長・教授)

卒後10年~20年も経つと、臨床経験も豊富になり、中堅どころとして現場の第一線で活躍されている先生も多くいらっしゃることと思います。一方で、若手医師の教育を任され、不安や迷いの中、試行錯誤されている方も少なくないのではないでしょうか。
初期研修が義務化されて10年。4月には新専門医制度も開始されました。地域の医療を守り、病院が生き残るために、「若手医師を育てられる」ことが重要視される昨今、若手医師への適切な指導やキャリア育成のできる「教育力」を持つ医師のニーズが高まっています。

本シリーズでは、医学博士・教育学博士であり、内科医として毎日現場で若手医師の指導に力を注ぐ浜田久之氏(長崎大学病院 医療教育開発センター長)に、明日から実践できる若手医師の教育ノウハウ=「Teaching Skill」を12回連載で解説していただきます。
第11回は、組織の教育力について学びましょう。

第1回から10回まで、Teaching Skill講習会にお付き合いいただき、ありがとうございます。これまでは、先生個人の指導力、教育力を伸ばすお話をしてきましたが、今回は、組織の教育力を伸ばす方法についてお話します。

先生もご存じのように、良い組織とは、上がうまく下を育てる組織です。上下関係のコミュニケーションがうまく取れて、同じ目標に向かって、協力しながら進んでいくチームワークのとれた組織です。そんな組織ならば、仕事が非常に楽しくてはかどるのですが、現実は、なかなかうまくいかないものですよね。

 

卒後10~20年目の先生の居酒屋での愚痴

卒後5年目くらいの若手が、組織の問題点や愚痴を挙げながら、
「やってらんないっすよ~!」
「そもそも、うちの科は~」
「俺の言ってること、間違ってます?」
と、居酒屋で管を巻く。よくある風景です。しかし、卒後10~20年目の先生が、同じようなことをやっていると、「あいつは何年たっても変わらない、しょうがないなあ~」と同期に苦笑され、「あの先輩、大人げないですよね」と後輩にささやかれます。上司からは、「そんなに愚痴るなら、お前が、改善しろよ」と、ひそかにうっとうしく思われるでしょう。酒席は、気を付けてください(笑)。

 

居酒屋での愚痴≒大学院の授業?

トロント大学への留学中に、とても驚いたことがありました。
私は医学教育の大学院の授業に出ていたのですが、ほとんどの授業が、グループワークで討論をするという形式でした。英語がわからなかったので、ほとんど日本人らしく黙って聞くことが多かったのですが、討論する内容は、日本の居酒屋で同僚と話す内容とそっくりだったのです

「仕事が忙しいのは、どうにかならないかね」とか、「若手が今一つ伸びないのは、なんでだろう」とか、「あの病棟のコメディカルは、ちょっとね~」とか、「そもそも、うちの科って、教育方針とかあるんだろうか」とか、「あそこの診療科はどうも……、でもうまくやらないとね」など。

ああ、カナダの医療者の悩みも日本と同じなのか~、と思いました。そしてこれが、大学院の授業なのです。院なのにこれでいいの? とも感じましたが、勉強するにつれて、北米の考え方がわかってきました。

カナダの大学院の授業で取り扱う題材は、問題解決が難しい諸問題です。大学院ですので、レベルが高いわけです。当然、答えは簡単には見つかりません。大学の授業は、ある意味定型の問題を取り上げて、その解決方法を学ぶのですが、院レベルになると簡単ではない現実の諸問題を取り上げます。

居酒屋での愚痴は、さまざまな困難な状況を含んだ現実的な諸問題の羅列であります。だからある意味、カナダの大学院の授業も、日本の居酒屋で繰り広げられる談義も似たようなものです。時には羅列した諸問題は複雑に絡み合っていて、ぐるぐると話は回ります。ですから、若手が酔って管を巻くのも、仕方がないですよね。

 

どこが、違うのか?

日本の居酒屋の愚痴とカナダの大学院の議論とは基本的に大差はありません。
しかし、日本の居酒屋での愚痴と違い、大学院では、議論を深めて問題を分析します。それも、できるだけ客観的な手法を用い問題分析や解析を行います。手法を教えるのが大学院でした。臨床現場におけるさまざまな教育的な問題の事象を、多様な理論を用いて、解析・分析する。多くの国からの留学生が集まっていましたが、問題の分析・解析までは国や文化が異なっても大体同じで、個人で取り組むことができます。解決方法は、やはり国によって背景が異なりますし、組織の体制に起因する問題も多く、個人ではどうにもできないことも少なくありません。だから、院では、問題の分析に力を入れていました。そのひとつを提示します。

 

3つの視点で考える

今回紹介するのは、教育的な問題を分析する「三視点法」です
ひとつの問題点を、学ぶ側の視点、教える側の視点、環境の視点の3つから考えます。非常に簡単でありながら、日常の小さな問題点から組織の大きな問題点まで分析することができます。それでは例を見てみましょう。

問題点「私の組織(医局や診療科)の若手が、自ら学会発表をしたがらない」
①若手(学習者)の視点では、○○○だと考える。
  L1:学会が嫌い、苦手だ。
  L2:発表する意義が不明。自分には、必要ない。
  L3:忙しくて、準備する時間がない。
②先生(指導医)の視点では、○○○だと考える。
  T1:若手自身のやる気の問題だから、仕方がない。
  T2:若手は、スライド作りの基本を知らない。
  T3:忙しくて教える時間がない。
③環境(管理側)の視点では、○○○だと考える。
  E1:学会発表は、組織の業績として必要。研修医教育の質に関わる問題。
  E2:そもそも、院内での、症例検討や症例集積の機会がないのが課題だ。
  E3:発表に関して、インセンティブを考慮すべきかどうか。

 

■分析1

浜田久之_第11回_図表1

 

以上のように、ひとつの問題点について、3つの視点で挙げていきます。ここで重要なのは、主語です。「学習者は、○○○だと考える」というような文章にすべきです。

 

■分析2
次に、それぞれの項目をバラバラにして、緊急性と重要性を考えて、以下のように配置します。緊急性とは、その項目の重要性に関わらず、すぐにやるべきかどうかの度合いを意味します。重要性とは、問題の解決へ向けての優先順位です。緊急性が高く、かつ重要性が高い事項ほど右上に位置します。この分類の仕方は、自分の感覚でいいでしょう。

 

浜田久之_第11回_図表2

 

■分析3
図2の項目を見ながら、解決策を自分なりに考える。

 

ホワイトボードや付箋を使い、複数人で行う

組織の問題点を解決しようとする場合は、一人でやる必要はありません。やはり、多くの人に関わってもらう方がいいですが、多すぎるとまとめきれなくなるので、4~5人を選ぶといったところでしょうか。できれば、学習者側から1~2名参加する方がいいでしょう。 また、言葉だけでは課題の整理が追いつかなくなることがあるので、視覚に訴える図表を使うことをおすすめします。

 

問題が多くても、楽しくやる!

この三視点法を知ったことは、私の仕事上、最も大きな学びのひとつでした。
仲間と共にこの方法を使い、市中病院での研修医の獲得(マッチング)に成功しました。大学病院では、病院改革でこの手法を採用してもらい、幸いにも素晴らしい結果を残しました。現在は、長崎県内の全体の臨床教育の向上のために、この手法を用いています。さらに、指導医講習会でも好評です。

指導医講習会の参加者の教育的な問題としては、
「子どもが、部屋の片づけをできない」「子どもが、家で勉強をしない」
「夫が無駄な買い物ばかりをして、教育上よくない」
「若手の腹腔鏡手術が上達しない」「当科に、研修医がローテイト希望をしてくれない」
「若手が論文を書かない」「ポリクリの学生の面倒が見られない」
などさまざまであり、三視点法で楽しく分析してもらっています。

基本的には、深刻にならずに、ワイワイガヤガヤ楽しくやることがコツです。そうすれば、なんとかなるさ~、というポジティブな感情が湧いてきます。
問題は多々ありますが、三視点法を用いて、前を向いて仕事をしていきたいですね。

<<前回記事はこちら

第12回記事はこちら>>

<参考>
小畑陽子、浜田久之、宮本俊之、松島加代子、河野茂「医学教育理論を応用した戦略により、大学病院の経営と教育の改善を両立する試み」(2013、「医学教育」44(1):29~32)
小野咲弥子、浜田久之「教育理論を活用した一般病院での臨床研修システムの改善の試み」(2009、「医学教育」40(2):133~136)
・Jean-Yves Talbot他「A Workshop for Faculty. Strategies for The Teaching Day: Model 3 page 8 in Family & Community Medicine in University of Toronto, Canada」(1995、9.9)
・Whitman Neal他「Executive Skills for Medical Faculty」(1993、「University of Utah School of Medicine、Utah」21-64)
Harden RM、Sowden S、Dunn WR「Educational strategies in curriculum development: the SPICES model」(1984、「Med Educ.」Jul 18(4):284-97)

 

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浜田 久之(はまだ・ひさゆき)
大分医科大卒。内科医、消化器内科専門医、プライマリケア学会指導医。
博士(医学)、博士(教育)。認定医学教育専門家。
予備校講師・学習塾経営を経て、長崎の内科医局に入り地域の中小病院で働く。卒後5年目頃より研修医指導をしながら、野戦病院にて総合診療病棟等の立ち上げ等に関わるが、疲弊し辞表を提出したことも。
10年目、逃げるようにトロント大学へ。帰国後開業するつもりだったが、カナダの医学教育に衝撃を受ける。帰国後、社会人大学院生として名古屋大学大学院教育発達科学研究科で学びながら、カナダで修得した成人教育理論を基礎としたTeaching技法を伝える指導医講習会を主催。現在1000名以上が受講している。
「教うるは学ぶの半ばなり」。日々挫折や葛藤の中で学び続けている。
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