決断の時―キャリアの岐路で、医師はどう考え、どう選択したのか

第4話 実力を評価されない……。都会を離れた精神科医の新たな挑戦

医師の長いキャリアには、重大な決断を迫られる場面が何度かあります。本連載、「シリーズ・決断の時」では、それぞれの医師が「自身のキャリアに関する重要な局面でどのように考えて決断したのか」について、エピソード形式でご紹介します。

第4回となる今回は、41歳の精神科医師のエピソードです。今後のキャリアについての一つの参考になれば幸いです。

 

明らかに実力がなく仕事もしない医師が自分よりも高い年収……

井上 幸助医師(仮名)41歳、精神保健指定医、都内在住。

もともと、頼まれたことはついつい引き受けてしまうことが多かった。
その性格のためか、前職から今の職場への転職も、院長同士が懇意で「友人の病院を助けてくれ」という要望があったことがきっかけだった。現在、その病院の関連クリニックに勤務して6年になる。

それにしても張り合いがない。

外来で診るのは、同じような疾患ばかり。
「患者のためなら」と思い、周囲から頼まれたことは雑務でも基本的に引き受けてきたが、気付いたら他の医師の仕事量に比べて自分の負担が大きくなってきている。

そんな中、明らかに実力がなく仕事もしない上席医師が、自分より高い2,200万円以上の年収をもらっていることが分かった。

「自分は舐められているのか?」

疑念と不満は募るばかりであった。

本当はもっと幅広く急性期疾患を診たい。もしくは今後よりニーズが高まる慢性期疾患をじっくり診たい。そして、正当に評価されたい……。

さらに、井上医師は幼少期をずっと田舎で過ごしてきたため、正直、都会の喧騒に辟易していた。以前、妻に「田舎暮らしをしたい」と話したところまるで乗り気ではなかったので、行くなら単身赴任になるが、それはそれで面白い。まったく知らない土地で、自分の力を試したかった。

 

思い切って伝えた希望の年収は3,000万円

そうなると……、自分で病院を探していくことになるのだが、すぐに思い付く病院はだいたい知人がどこかでつながっていた。知らない病院で転職先を探そうとしても、病院のホームページに求人の記載は少なく、勤務内容は「病棟業務」「外来業務」「当直業務」、給与は「当院規定により支給」……。だめだこりゃ、全然イメージが湧かない。

そこで、紹介会社に登録して病院を紹介してもらうことにした。
年収は、現職の上席医師を超えたいとは思っていたが、どうせならもらえるだけ欲しいという気持ちもあった。そこで、ちょっと高すぎるかなぁと思いつつ年収「3,000万円」を希望した。

あまり高い年収の希望だと病院からよく思われないかもしれないが、いずれは開業も視野に入れており、まだ小さい娘の養育費、高齢に差し掛かっている両親の今後のことを考えると、きれいごとだけでは済まない。やはりお金は必要だ。

そして何よりも、自分ならば収入に見合う経験や能力がある、という強い自負があった。

早々に大学医局を離れて以来、自分の力を唯一の頼りに多くの患者を診療してきた。特に薬物療法、精神療法は自信があり、患者の間でも評判になるほどだった。知人の紹介で来院する患者も多く、集患にも大きく寄与してきた。
「あらためて自分の力を試してみたい」というのが正直なところだった。

 

見つかった病院の場所は母の故郷

とはいえ、すぐにそんな高待遇で迎えてくれる医療機関は見つからないだろうと思っていたが、登録した3日後に、担当者から「希望の待遇を検討可能な病院が2カ所ある」と伝えられた。

そのうちの1病院の地名を聞いたとき、自然と懐かしさが込み上げてきた。そこは母の実家があったところから非常に近く、井上医師自身も幼少期に何度も遊びに行っていた場所だった。自然と情景が頭に浮かび、不思議な縁を感じた。

募集背景を読んでみる。元々は、繁盛している個人病院だったが、法人化してから経営難に陥ったようで、大学の医局派遣もストップしてしていた。
経営陣を一新して立て直しを行うために、副院長クラスの医師が必要ということだった。

常勤医は院長一人、その他は非常勤医で、200床弱の入院患者と精神科外来の患者の診療をしている。

……これをどう考えるか。
学閥がないので非常勤医は集まりやすい。やりやすさは感じるが、院長との相性、業務の棲み分け、他のスタッフとの連携が大切になる。

待遇は……、さすがに3,000万円は厳しいようだが、当直手当など諸々を入れると2,500万円は超えるようだ。

「あまり考えてもキリがないし、縁を感じた病院だ。」

井上医師は1カ月後に、その病院を見学することにした。

 

やることは多いが、「むしろ、面白い」

「建物が古い」と繰り返し聞かされていたのでどんなものかと思ったが、想定内だった。昔はこのくらいの病院、いくらでもあった。

うれしい誤算だったのが、スタッフの熱量だ。
経営陣が変わると、スタッフのモチベーションが下がったり、まとまりがなくなることがよくある。ただ、この病院は意欲的な看護師が多い。「先生方の体制が整っていれば、もっとこの子たちを生かせるのに」という看護師長の言葉は印象的だった。

そして、これも事前に聞いていた通りだったが、院長は管理職を早く辞めたいと思っている。つまり、実質次期院長職の採用なのだった。

本当に3,000万円出せるような病院があったとしたら、こちらから希望しておいてなんだが、なぜ出せるのか突っ込みたいと井上医師は思っていた。
ただ、この病院の2,500万円は納得できるものだった。やらなければならないことが多く、近いうちにトップになって運営していかなければならない。

大半の医師にとっては「大変だ」と尻込みする状況かもしれない。しかし、井上医師には「むしろ、面白い」と思えた。「この病院こそ、思う存分力を試すことができる環境だ」と感じられたのだ。

その後、事務方のスタッフが東京にまで来て話をしてくれ、今後の病院としての構想が自分の考えとズレていないことも確認できた。

「人がよければ、組織はいくらでも変えられる。」
家族に話した翌月には、「行きます」と紹介会社に伝えていた。

3カ月後。井上医師は既に院長職を譲り受けていた。

スタッフは皆、熱意はあるが知識やスキルのレベルが予想よりも高くない。元院長は患者を診ること以外、経営に関する業務は基本しない。
やりたいこと、やらなければならないことは、まだまだたくさんある。

「ここで1つの形がつくれたら、その時こそ開業かな」

将来を見据える井上医師の、新天地での挑戦が始まった。

 

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森川 幸司(もりかわ・こうじ)
大手の出版関連企業から転職して株式会社メディウェルに入社後、関東を中心にコンサルタントとして300人以上の医師のキャリア支援に従事する。「自分が先生の立場だったら、家族の立場だったら…」という想いから、「自分事としてとことん本気になる」ということを仕事上の信条とする。
2011年5月、ステージIVの大腸がんとそこから転移した肝臓がんの診断が下り、それ以降は手術と抗がん剤による闘病生活が始まる。肝臓がんの再発や肺への転移なども経験し、入退院を繰り返しながら、現在は管理部門に所属し他のコンサルタントの支援を行なっている。

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