【患者のために飲酒運転……】医師が起こした倫理について考えさせられる5つの事件

2016年7月9日の深夜、長崎県の離島、対馬島で医師が現行犯逮捕されました。罪状は、酒気帯び運転。医師は、同県対馬市厳原(いづはら)町の国道で検問に止められたにもかかわらず、それを振り切ってまで逃げようとしました。
その医師には事情がありました。担当の患者が危篤だという緊急呼び出しを受けて、自宅から病院へ向かっているところだったのです。
島内でがんの放射線治療ができるのは、その医師ただ1人でした。危篤の患者は死亡。病院企業団は、「当直医が代わりに対応し、影響はなかった」と説明しています。

このときの医師の判断は法に反してはいるものの、「人情としては共感できる」部分もあるのではないでしょうか。このような、倫理について考えさせられる5つの事件を、ご紹介します。

事件1:インフォームド・コンセントが注目されるきっかけに「エホバの証人輸血拒否事件」

1992年、東大病院と所属する医師が、肝臓がんの手術を受けた女性に民事訴訟を起こされました。そして8年後の最高裁で敗訴。55万円の損害賠償の支払いを命じられました。

その原因は、女性が輸血を禁じられている宗教団体「エホバの証人」の信者であると知りながら、輸血を行ったことです。

輸血を拒否する意思を何度も伝えたにもかかわらず無断で輸血されたことを、女性は自己決定権と信仰の自由の侵害だと訴えました。医師と病院は輸血でしか患者の命を救えない状況であり、医療の本質は人の命を救うことだと反論しましたが、女性に対する手術の説明責任の怠りは違法であるとして、敗訴の判決が下されました。

これは、治療に際し患者への十分な説明と同意が必要であるとする「インフォームド・コンセント」が、司法の場で論じられた代表的な事件の一例です。

 

事件2:薬を投与した医師が問われたのは殺人罪「東海大学安楽死事件」

「楽にしてやってくれ」「苦しむ姿を見ていられない」
患者の家族にそう言われ迷った末、医師は薬物を注射し、患者は亡くなりました。

事件が起こったのは1991年、神奈川県の東海大学医学部付属病院でのことです。患者は多発性骨髄腫の末期で、死が迫っていました。法廷での争点は、この行為が安楽死に当たるのかどうか。

結果として、司法は「安楽死ではなく殺人」と判断しました。
・患者が耐え難い肉体的苦痛を感じていること
・患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、他に代替手段がないこと
・生命の短縮を承諾する患者の明示の意思があること
以上のような安楽死の条件が十分に満たされてはいないと考えられたからです。

医師には懲役2年、執行猶予2年の判決が下されました。

 

事件3:臓器売買に手を染めた腎不全の医師「生体腎移植臓器売買仲介事件」

2011年、腎不全を患った東京の開業医が、臓器移植法違反容疑(臓器売買の禁止)で逮捕されました。1000万円の謝礼を支払って、暴力団から臓器提供を受ける約束をしたのです。
その手法は暴力団の関係者と虚偽の養子縁組を行い、移植を受けるというもの。医師は一度は追加報酬を要求されたため断ったのですが、また別の人間と虚偽の養子縁組を行い、手術を受けました。

医師は2003年に慢性腎不全と診断され、2007年2月には日本臓器移植ネットワークに登録しましたが、ドナーは現れませんでした。「透析を続けても効果がみられず、移植しないと死んでしまうと思っていた」。医師はこう供述しました。

2006年に起こった別の腎臓売買事件では、「臓器提供が不足し多数の待機患者が存在する中で起こるべくして起きた事件である」と情状酌量がなされたのですが、この事件では「動機に酌量の余地はない」として、執行猶予なしの懲役3年という厳しい刑が医師に科せられました。

 

事件4:医師会を騒然とさせた医療ミス訴訟「福島県立大野病院産科医逮捕事件」

産婦人科医が帝王切開手術を行い、産婦が大量出血により死亡したという2004年の事件。
手術を担当した医師が逮捕され、医療ミスを犯したとして業務上過失致死で起訴されました。しかしそれを受けて全国の医師会が「逮捕は不当」と『救う会』を次々と立ち上げ、署名活動もスタート。医師は無罪となりました。

この事件は、前置胎盤に癒着胎盤が合併するというごくまれなケースが、産婦人科医が1人しかいない僻地の病院で起こるという不幸が重なった結果起きました。

また、病院側は前置胎盤を事前に把握しており、大学病院での出産を勧めていました。しかし、「大学病院は遠く、交通費がかかる」として患者は拒否。さらに、医師は子宮摘出の検討も必要だと伝えていましたが、3人目も欲しいと言って患者が子宮温存を望んだのです。医師法により、医師はよほどの事情がない限り治療拒否はできない状況にありました。

これらの条件から、医療ミスはなく、産婦の死は不可抗力であったという判断がなされたのです。

 

事件5:法を変えたある医師の倫理観「赤ちゃんあっせん事件」

「急募、生まれたばかりの男の赤ちゃんを、わが子として育てる方を求む。」
1973年、こう書かれた新聞広告が宮城県石巻市の地元紙に掲載されました。

石巻市の開業医は、望まない妊娠をした母親を説得して私生子を生ませ、「ニセの出生証明書」を発行して子どものいない夫婦にあっせんしていました。彼は、見た目は人と変わらない、妊娠7カ月以上の胎児の命を奪うことに心を痛めていたのです。

しかし、それは戸籍法違反。開業医は、罰金刑と6カ月の医業停止処分を受けました。

ですが、彼はそれも承知の上で各新聞社の取材に応じ、「実子の縁切りが可能で、養子も実子と同じように扱われる戸籍制度の変更」を参議院法務委員会で主張しました。

その結果、医師の主張に心動かされた議員らによって養子も実子と同じく扱われる「特別養子制度」が成立し、人工妊娠中絶の可能期間も短縮されたのです。

以上、医師が提訴され、倫理を問われた5つの事件をご紹介しました。
いずれも、「こうすべきだった」とは言い難い問題を含んでいます。

もし、あなたが事件の医師のように法か良心かの選択を迫られたら、どのような行動を取りますか。

(文・エピロギ編集部)

 

<参考>
産経WEST 「患者が危篤に! 飲酒検問振り切って、医師逃走 対馬、酒気帯び運転疑い現行犯逮捕」
http://www.sankei.com/west/news/160709/wst1607090069-n1.html
OMIURI ONLINE yomi Dr.「酒気帯び運転で医師逮捕…患者が危篤と連絡受け、病院に向かう途中に」
https://goo.gl/Wi4TAw
京都産業大学法学部「「エホバの証人」輸血拒否事件/憲法学習用基本判決集、主題別判決一覧
http://goo.gl/XYjGYh
村田浩「エホバの証人輸血拒否事件」(クロ箱)
http://goo.gl/aq7Fi
エルメッド エーザイ株式会社「16 インフォームドコンセントというのはどういう意味でしょうか/薬と健康の豆知識」
http://www.emec.co.jp/trivia/016.html
「東海大学事件 事件の経緯」
http://goo.gl/DcoM9d
鈴木 重量「安楽死は是か非か/医療コラム【 研修医・医学生に知って欲しい医療の進歩と話題 】」医師学
https://ishimanabu.medy-id.jp/column/24
「安楽死-東海大学病院安楽死事件をめぐって-」
http://goo.gl/O7zqGD
「東海大学安楽死事件(横浜地裁7.3.28判決)/法哲学演習第5回」
http://goo.gl/kbzTkC
Naverまとめ「宇和島徳洲会臓器売買事件まとめ」
http://goo.gl/0bCl3p
難波紘二「腎臓売買事件 堀内夫妻への判決に異議あり」(BLOGOS)
http://blogos.com/article/31911/
企業法務ナビ「臓器売買って、何がいけないの?」
http://goo.gl/Uxr2iK
医療介護CBnews「「真実を知りたい」-被害者遺族が会見」
http://www.cabrain.net/news/regist.do;jsessionid=68DBEDD172BA4450FEAF65051A70AE13
通信用語の基礎知識「福島県立大野病院産婦人科医逮捕事件」
http://goo.gl/4chM9m
Cool-susanの世界にようこそ「菊田  昇 (赤ちゃん斡旋事件)」
http://goo.gl/YhJDfi
行政法判例 93「最判昭和63年6月17日~菊田医師赤ちゃん斡旋事件~」
http://law.webcrow.jp/gyouseihou/gyouseihanrei93.html

 

【関連記事】
あのウィリアム・オスラーの名言にヒントを得よう! 医師としてのあるべき姿
ノーベル賞で辿る医学の歴史 | 第5回 人間から“感情”を奪い去ったロボトミー手術の功罪
弁護士が教える医師のためのトラブル回避術 | 第1回 クチコミサイトへの投稿から見るクレーム回避術

 

コメントを投稿する

投稿者名(12文字以内)
コメント
(100文字以内)

医師のためのビジネス選書

ページの先頭へ