企業と人の狭間で <後編>

~病院の外で働く医師「産業医」~

大室正志 氏(同友会春日クリニック産業保健部門 産業医)

労働者と企業。
それぞれ異なる価値観を持つ二者の間に立ち
健康と企業の利益双方を守らなければならない「産業医」。
前編では「産業医の生き方」をご紹介しましたが、
後編ではさらに具体的な「産業医」の姿と今後の市場展望についてご紹介します。

 

——産業医になって、それまでの理解と違ったことやカルチャーショックを受けたことはありますか?

自分は産業医科大学という大学を出ていて、産業保健の勉強をしていたので一応理解はできていたと思います。「企業ってこういうところだ」っていうことも口酸っぱく言われてきたんですよね。
だから医師という一般的に威信があるとされている職業に就くというよりも期待値をぐっと下げて……つまり「病院の先生じゃない」「一社員として生活していくんだ」って自分に言い聞かせていきましたから。だから逆に「思ったよりも先生扱いしてもらえるんだな」って感覚でしたね。
ジョンソン・エンド・ジョンソンの統括産業医になったとき、僕は30歳。医療系の会社なんで、特定の分野でなら医療に詳しい人が割といるんですよ。もっというとエリート社員がいっぱいいるんです。だから30歳で統括産業医だといっても、言うこときいてくれるかなぁって。
でも意外と良くしてくれましたよ。
あとは、知識の上では知っていた「いま会社員のメンタル不調が増えている」という話についてですね。十分理解していたつもりだったんですけど、行ってみたら「本当だ」と思いました。やっぱり「自分事」として関わると違いますね。十分理解して臨んだつもりだったんですけど。
ドクターは過酷だとか、勤務医は大変だってよく言われるじゃないですか。だから会社員は結局ドクターに比べたらそこまできつくないだろうって意識がどこかにあったんですよ。
ところが例えばIT系の企業に務めている人は土日も呼び出し来るし、帰れないし。プロジェクトの締め切りが決まっているとずっとホテル暮らしになったり。本当に大変なんですよ。医師は最悪辞めても食いっぱぐれないという意識がどこかにある。けれど職種によってはどんなにきつくとも「会社側に譲歩せざる得ない社員」もいます。世の中のには「大変な職場」が凄くたくさんあるんだと実感しました。

 

——IT系企業ではそんなにメンタル不調が多いんですか?

多いんじゃないですかね。
IT系といっても実は二つのパターンがあって、まずは「システム屋さん」の場合。大規模システムを作るといったようなプロジェクトは、たとえば半年間で納品××日厳守。つまりプロジェクトの締め切りに追われるんです。これはゼネコンの受注工事なんかと同じで、工期がどんどん遅れていく。でも締め切りは変わらないから肉体的にも精神的にも追い込まれていくんです。
もうひとつはネットゲームなどのクリエイティブだとされている業界。自分一人でプロジェクトや企画をぽんと任されてしまうケースがよくあるんです。よくいえばクリエイティビティを求められるわけです。「今回はおまえに任せる」「なにか面白い(または収益になる)ものを企画しろ」と。
で、人によっては「何やったら良いかわからなくなる」んです。考え過ぎて。

 

——非常に厳しい実態があるんですね。こういう実態を共有するような場……一般の医師との交流や産業医のネットワークはあるんでしょうか。

もちろんありますよ。
産業医のネットワークはある意味、外国に駐在した日本人同士のような感じです。マイノリティーってみんな仲良くなりやすいんですよ(笑)。
例えばリワーク(再就職)支援施設というのがあります。うつ病などで休職した社員が会社に行く時に必要な支援策を提供する活動のことで、リハビリ的なプログラムを提供する機関が増えています。こういった場の主催する勉強会などが1つ。とにかく多いのがメンタル不調ですから。
または労働衛生機関や産業保健に関わる有志が運営する勉強会などもあります。僕もいま他の産業医と一緒に労務系の弁護士さんとの勉強会をしていますよ。勉強会やってる人は多いですね。産業医は病院と違い1人で行動することが多いので勉強には外部に出ざるを得ないので。

 

——産業医はビジネスの在り方や国の方針と密接に関わっていると考えます。産業医のこれまでと今後、どのように分析しますか?

一昔前だと、産業医になるきっかけは産休明けなど時間的制約があるパターンか、病院の定年退職後の医師が多かったんですよ。それがちょっと変わってきているかもしれません。
勤務医として生活していると、院長や教授など職位を上げることを目標にするか、開業するかということを考える方が多いと思います。
そのどちらかを全うできるのは、ある意味恵まれているんだけど、今は巷に情報が溢れていますから「それ以外の道はないか」って自分探しを始める人が多い気がします。昔は「その道をまっとうする」以外に選択肢が考えられなかった職種の方が今は途中で「アナザーライフ」を模索する。これ医師だけでなく官僚なんかにも多い気がします。で、大体それが30代くらいから。
それで製薬会社に務めるでも、医系技官になるでも産業医でも良い。臨床以外の分野で自分の可能性を試したいっていう人の一部が「産業医」の分野に流入してきている印象はありますね。どちらかというと、会社とか組織に興味があるとか、医師だけどビジネス誌を定期購読しているような人たちが。

近年、国は過重労働による健康障害防止に力を入れてきました。2015年12月からはメンタルヘルスチェックの義務化も始まりました。良くも悪くも、国は裁量労働制のような、ホワイトカラーエグゼンプション(=労働時間規制適用免除制度。労働時間に対してではなく、労働成果に対してのみ賃金が支払われる仕組み。いわゆる「残業代ゼロ制度」)みたいなところで、一部規定を緩めて自由な働き方を認めていくようになるでしょう。
ただ、自由な働き方を担保するってことは、健康管理とか、最低限のところを守らなければならないという議論になることは当然予想できます。企業も産業医的な感性で健康問題などに向き合わざるを得なくなっていく。そうなると、急にいろんな相談がくるんですね。

 

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「うちの会社何をやったらいいんですか」とか。「健康経営とか言われてるんで、何かやりたいんですが……」とか。 “お客さん”だった産業医が“コンサル”や“アドバイザー”的な役割を求められる可能性が高まると思いますね。
世の中の人がまだ価値に気付いてないけど、これから世の中的にニーズが増えるものにそこに最初に行くのがポイントであって、後から行ったら中々やりがいのある仕事が回って来にくい。需給バランスの関係で、実力があってもなかなかひな壇芸人から昇格しにくいお笑い界ではないですが。これは自分の能力の問題ではなくマーケットの問題です。ですので「早めにいくこと」が重要だと思います。せっかくならやりがいのあるポジションで仕事がしたいので。

 

——労働者の働き方が変わるとなると、社員のご家族にも理解を求めなければならないケースも増えそうですね。

そうですね。例えば休職中の社員の奥さんとお会いするために最寄り駅のファミレスに行くようなことはよくありますよ。会社員の奥さんに関していうと、特にご年配や専業主婦の方の場合、「企業」というもののイメージが20年〜30年前で止まっていることが多いんですよ。
そういう方々のご主人がストレスで体調を崩されたとする。
すると、奥さんから「どこか別の部署に移動させてもらいなさいよ」となるわけです。でも、今は人事なら人事のプロ、開発なら開発のプロといったように、企業の人事制度がジョブローテションではない場合が多い。実質的には社員は今の部署の復職を目指す以外の選択肢がない場合も多いんです。でも「大きい会社なんだから何処かあるでしょ」と。今はどの企業も仕事をしない人を雇用しておく余裕はない。いわゆる「窓際族の消失」ですね。また「負荷の少ないサポート的な業務」とか要望を受けることがあるのですが、それでは派遣社員と正社員である旦那さんの待遇差を説明しにくい。配慮はあくまで期間限定なんです。特に大企業に見えても分社化やカンパニー制を敷いている場合は、社やカンパニーをまたぐ異動は先方に断られる場合も多く人事もそれ以上は言えない。奥さんに現状の企業構造から説明しなきゃならないんです。まずその現実認識の中で「じゃあどうするか?」を考えます。
そうした場合、人事が乗り込んできたら何事かと思いますよね。こうした場合、産業医として出向き「現状の体調」と「会社としてできることとできないこと」を両面から説明する方が何かと理解を得られやすい場合も多いんです。
メンタル不調の中には自分の(会社への)期待値とのギャップで起きている例も多いんです。だからその期待値を調整しにいくわけです。
どんなものでも物事には「相場」があります。相場感覚がずれていると議論になりません。外資系企業で「○○部署に異動してもらえない限り復職はできない」とか要求されても大抵難しい場合が多いですし。過度な要求と見なされます。会社に対して「そういう期待値」を持っている限り、この方から見ると会社は要求を聞いてくれないひどい場所なんです。そうなると中々回復しない。

一方「外資系企業ならまあどこも大体こんな感じだよね。むしろここはまだマシな方なんじゃないか」という相場感の中で捉えられる方もいます。こちらの方が少なくとも「病みにくい」。一方「過度な要求」の逆のパターンもありますね。必要以上に怯えているという場合です。「1日でも早く復職しないとクビになっちゃうんじゃないか」と。いやいやそこは心配するポイントじゃないよという部分をえらく気にしていたり。いずれにしてもズレちゃダメなんですよ。
つまり「会社ってモノは信用できないと」か、「自分の要求は聞いてもらって当たり前」だとか。「極端すぎる見方」はどちらもあまり良くないんです。

思春期は、「俺って天才だ!」って思った翌日にちょっと友人にバカにされ、「あー俺ってもうダメだ」となってしまうような全能感と無能感の振れ幅がが激しい時期。これが大人になると、自分はこれ以上でもなければこれ以下でもないと段々「世間と折り合いがついていく」。これと同じように「会社」というものを冷静に理解し、折り合いをつけ会社と「大人の関係」にならないといけない。コンサル業界ではクライアントに「コンサルとしてできることとできないこと」をきちんと伝え期待値を調整することを、エクスペクテーション・マネジメントっていうそうですけど、似てる概念だなって思います。
産業医って存在は、企業側の人間ではありません。
かといって社員の主治医や弁護人でもない。
中間的な立場なんです。

僕の立場は社員と会社に対して中立。産業医が出したジャッチで給料が変わるなんてことはない職業なんです。法的にもそういった独立性が担保されていますし。だからこそ第三者的に言えますよということ。ご家族は会社に対して訊きたいことがいっぱいある。でも「こんなこと訊くと……」という不安や警戒が働いてなかなか訊けない。一方で社外の人に言ってもしょうがない。だから僕ら産業医に訊いてしまうんですね。
僕らは本来、本人の体調にとってどの道が一番いいか提示して、それに対して奥さんがどういうサポートができるかっていう話し合いに行くんですけど、結果的に、本当だったら人事に訊いたり、健保に訊いたりする方がいいことも全部訊かれるんです。おかげで会社の制度とか就業規則だとかにものすごく詳しくなりました。

 

——つい訊いてしまう気持ちも分かりますね。
ではその企業的な立場を理解する「産業医」の分野には、今後どのような変化が待っているとお考えですか?

これから先、日本は高齢者が働くようになります。60歳以上の方が確実に増えてきます。今はメンタル不調の問題が非常にクローズアップされていますけど、70歳以上の人がたくさん働くような世の中だったらフォーカスする部分が変わってきますよね。
その年代だったら持病の一つや二つ抱えているわけです。会社の中で突然死する可能性も高まる。もっと具体的に言うなら、加齢により身体的には筋力低下よりむしろ、平衡感覚の低下が顕著です。ですので今後は階段には手すりの設置が義務付けられるかもしれない。こんな具合に、高齢者が働く社会においてどういう職場環境が望ましいのかを考えていく。そんな役割が「産業医」に求められることになるんじゃないでしょうか。
60歳代から70歳代半ばまで働くということが、産業医的には非常に大きな意味を持つ。マーケット的にも大きいですし。
そうなってくると、いまのフルタイム勤務や派遣といったものよりも、もっと多様な働き方が出てくる。商社マンで役員まで行った人なんかは、経験もあるし頭もいいわけですからね。ただ、身体がついていかないかもしれない。でも「週2日ならいける」っていう人はいるでしょう。そういう層に対して、どういう働き方が提供できるのか。じゃあ会社としての安全配慮義務などはどうしたら良いのかとか。産業医って半分「責任代行業」みたいなところがありますからね。扱う領域は増えるでしょう。
あとは高齢化と同じように向き合わざるをえないのが障害者雇用の問題。
障害者に対してすごくアンマッチが起きやすいんですよ。会社としてはこんなに良くしてるのになんで来なくなっちゃうのかと言いたくなる。でも本人的には疎外感持ったりとか、話し合う人もいない。元来日本の就業規則って「健康な成人男性」のために作られているんで、そこから外れた人に対しては、すごく不具合を起こしやすい。それは産休明けの女性とかでもそうですよ。ようするにダイバーシティに対応してない。そうなってくると、障害を持ってる人やガン就労など、健康な成人男性の就業規則に合わない人に対してどうしていくか。このあたりの大きな変化を担っていくと思います。

 

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——そのような変化の中、先生ご自身は今後どのような展望をお持ちですか?

いま独立してる産業医が増えています。そういう方たちと産業医の事務所を作って「産業医ファーム」的なことができると面白いかなと思ってます。どんな形が良いかは決めていませんけど。
産業医は一人でやってる人が多いので。それをファームで。弁護士事務所でも、以前は一人弁護士事務所が多かったけど、だんだん複雑分化してくのでファーム化しているんだと思います。そういうがちょっと面白いかなと思います。ファーム化すると人材も増えるから、その企業にあった人が対応できるようになりますし、知見も共有しやすい。

 

——実感として若い方々は多くなっていますか?

志望者はいますね、「それなりに」位ですが。あと、臨床はどの位やった後が良いかと聞かれることが多いんですが、専門科の勉強はしておいた方が僕は得だと思うんですけど、長くやり過ぎると今度は産業医経験を積む年数が減るわけで・・・。難しいですよね。
十年位臨床やってからだと、また臨床の現場に戻れるっていう「保険」にはなります。ただいざ産業医に転向した場合、今は若手の産業医で活躍している方も多いので企業としては「産業医経験が浅い後輩」として見られる可能性もあります。企業内診療所を持つ会社は減っていますので、自分が思うほど臨床経験が評価してもらえないことも多いです。人生は有限なので、コッチをとるか、ソッチができない。本当に難しい。どっちが正しかったのか、比較することはできませんし。

僕なんかは産業医大に入って、当時のネットワークもある。それは迷いが少ない分楽といえば楽なんだけど、一般的にはやっぱり迷いますよね、早くから臨床以外の道に賭けていいのかって。

それから、産業医になるためには企業のこと知らなきゃダメだと言ってMBAの本なんかをたくさん読んでくる人がいます。別に戦略コンサルに入るわけではないので、そんなにかしこまらずに、まず「どんな組織図になっているんですか」とか、「どんなビジネスなんですか」とか、聞く姿勢を持てばいいんじゃないかと思います。
難しい本を読んでくるのも良いかもしれないけど、まず企業の人にその企業で起きていることを聞く。自分が担当する企業は何を作っているか。どういう人事の形態で動いてるか。どういう就業規則で、どういう給与形態、どういうインセンティブがあるのか。そういうことが解っていると、社員を多角的に捉えることができます。あと、この企業にいる人はどんなところに転職できるのかとか。そういうのを自分はよく訊くようにしています。
そうすると、この人は「転職できる」という保険を持ちつつこの話をしているのかな?とか逆にそうじゃないからこそ、今こう言ってるんだろうなとか、「背景」が想像できます。メンタル不調者に特に顕著ですが、産業医をしているとこうした「背景」がいかにその後の経過に影響するかを実感します。単なる野次馬的興味ではなく「背景」は大事なんです。もし産業医を目指すなら、企業カルチャーを知るっていう姿勢を持つことが大事になると思います。

産業医としての働き方に興味をお持ちの方はこちらもご覧ください。

(聞き手・エピロギ編集部)

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大室正志(おおむろ・まさし)
2005年産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。ジョンソン・エンド・ジョンソン統括産業医を経て現在は同友会春日クリニック 産業保健部門 産業医 。現在日系企業、外資系企業、ベンチャー企業など20数社の産業医業務に従事。ビジネスキュレーションサイトNews Picksでは連載と並行しプロピッカーを務めている。
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コメント

コメント一覧(1件)

  • 1. 丹羽さゆり さん

    産業医の役割はますます重要になります。
    私のような産業保健師もストレスチェックが法制化されたことで脚光を浴びています。しかし、実務の厳しさと報酬、社会的評価が見合わないと感じています。

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