第9回 モンスター患者対応の心得
連載9回目となる今回は、“モンスター患者”を取り上げます。
モンスター患者(モンスターペイシェント)とは、医療従事者や医療機関に対して不合理な要求等を行う者を指す言葉です。
㈱ケアネットが2013年に行った意識調査では、回答を寄せた医師の、実に7割近くがモンスター患者の対応経験があると答えています。同調査には「対応に疲れ果てうつ病になった」「退職した」といった声も寄せられており、事態は深刻です。また、その対応が医師個人に収まらない点も特徴の一つ。モンスター患者対応に膨大なコストをとられた医療関係者の方も多いのではないでしょうか。
そこで、モンスター患者の対応方法について検討したいと思います。
*:㈱ケアネット「ケアネット、医師 1,000 人に“モンスターペイシェント” の経験・対応を調査」
- 目次
モンスター患者とのトラブル
数年前,都内の大学病院に放火した男が逮捕された事件がありました。この男は以前その大学病院に通院しており、放火前には病院にクレームを入れていたことが報道されました。
これは極端な例ですが、一度モンスター患者が現れると医療関係者には膨大な対応コストが発生します。対応者の肉体的精神的負担の増大や風評被害にもつながりかねません。
そこで、平時からモンスター患者対策を整えておくことが重要になります。
モンスター患者と通常患者の区別の重要性
モンスター患者の発生原因を検討することが対策の出発点となります。
そもそも、患者は何らかの病気や体調不良を訴え来院しています。体調不良から普段より攻撃的な側面が出てしまうこともあります。
他方、医療関係者側でも患者に問題行動があった場合、まずは医療行為に問題があったのではないかと自身の責任に目を向けがちです。何とか患者の意思をくみ取ってあげようと考える医療関係者の方が大半なのではないでしょうか。
しかしながら、このような状況であっても医療関係者としてはできることとできないことの線引きをひかなければなりません。
そこで重要な視点が、モンスター患者と通常患者の区別です。
診療行為等に対するクレームもその内容や訴える方法が適正適切であれば、対応しなければならないことはもちろんです。しかしながら、このような場合と異なり、その内容や方法が社会常識に照らし不相当なものであれば、もはや医療機関にとって問題行動者というだけであってもはや「患者」ではありません。不合理な要求をすべて受け入れる必要はなく、問題行動者として然るべき対応をとればよいのです。この区別をつけることが最も重要です。そして、この問題行動者こそがモンスター患者といえます。
問題行動と応召義務との関係
ここでモンスター患者とはいえ、応召義務との関係でその対応を気にされる先生もいらっしゃると思います。
医師法第19条第1項は、「診療に従事する医師は、診療行為の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と定めています。応酬義務があるかどうかの判断をする際、診療を拒否することに関し「正当な事由」があるといえるのかどうかが問題となります。
モンスター患者はある程度類型化できます。以下類型ごとに、応召義務の発生しない問題行動か否かを見極める際の注意点を検討します。
・執拗に説明を求める患者や完治の確約を求める患者
診療行為に対する説明の要求や診療行為への不満・改善要求と不合理なクレームを区別することが重要です。診療行為の説明を求めることは当然ですが、医師からの説明を受けても執拗に同じことを確認したり、結果の保証を求めたりする患者が存在します。
ここで、医療機関と患者との間で締結される契約の性質に立ち返る必要があります。診療契約は、工事の完成等を目的とする契約とは異なり、最善と思われる診療行為を行い、その説明も社会通念上十分と考えらえる限度で行えばよいとされています。病気の完治を約束する必要まではありません。
したがって、不合理な要求については毅然とした態度で「NO」と言って何ら問題ありませんし、それが度を越えるようであれば診療行為自体を拒否しても問題ないといえるでしょう
・暴力暴言や金品要求を行う患者、セクハラ行為や嫌がらせを行う患者
このような行為は暴行罪や恐喝罪に該当する行為であり、患者として対応する必要はありません。自らの身を守るためにも直ちに警察に相談すべきです。これはセクハラ行為についても同様です。
・医療過誤であることを主張する患者
医療行為を行った結果、思い通りの結果にならない場合もあります。このような場合、医療関係者のミスに対し責任追及を行う方がいます。故意過失によって損害が発生した場合、賠償義務を負うことはやむをえませんが、請求の内容や方法が常識を逸脱していれば、それはもはや医療関係者のミスによる賠償責任とは別の問題です。然るべき謝罪や賠償責任を果たせば毅然とした態度で対応してください。交渉を要する場合には弁護士に依頼することも有効です。
・診療報酬を支払っていないにも関わらず診療を受けようとする患者
診療報酬不払い患者が診療行為を求めてきた場合、未払い診療報酬の支払いを済ませてもらってから診療行為を行うことが原則です。未払分の診療報酬の支払いを約束しない場合など今後も支払いを行わないことが見込まれるようなケースでは緊急時を除いて診療行為を拒否しても正当事由があるといえるでしょう
事前対策の重要性
それではモンスター患者が現れたときや現れる前に医療従事者としてどのような対応をとるべきでしょうか。
モンスター患者が現れた場合、要求された内容や証拠となる資料等を記録保管することが重要です。民事刑事問わず後日証拠の有無が結論を左右することがありますし、要求を繰り返すケースではその回数や内容が重要になります。同時に要求事項に関する事実関係の確認も慎重に行いましょう。
問題が多発する場所があれば、防犯カメラを設置する方法も有効です。
また、モンスター患者と面談を行うことが事前に分かっているケースでは録音機器を事前に準備しておきましょう。問題発言だけでなく面談全部の録音を行い、参加者が誰かわかるように工夫しておけばより万全です。
モンスター患者の言い分をいつまでも聴取する必要はありません。対応に必要と思われる常識的な時間が経過すればお引き取り頂き、それでも居座るようであれば躊躇せず警察に通報してください。患者とはいえ医療機関の意思に反する居座りは業務妨害です。
次に、平時にはどのような対策を取っておくべきしょうか。
医療機関内で対応マニュアルを整備しておくことが重要です。予想されるモンスター患者の言動に対してどのような水準に達すれば、どのような対応をとるのか事前に医療従事者間で決定し共有しておきましょう。
これまで述べた通り、患者というだけで言いなり対応する必要はありませんし、そのような対応がより患者の態度を増長させる危険性もあります。また、マニュアルを策定しておくことで患者間の不平等もなくすことができます。特定の患者を特別扱いすることは、特別扱いをしてもらえる医療機関だというレッテルを張られるとともに他の患者に対しては不平等感を惹起させ医療機関の信用低下につながります。
また、モンスター患者の情報を医療機関内で共有することも重要です。
さらに、医療従事者向けに研修を実施しておきましょう。モンスター患者は突然やってきます。できない約束をしないなど簡単なことを職員に周知徹底させるだけでモンスター患者化を防止できることもあります。なお,モンスター患者によるインターネット上の風評被害対策については,連載第一回「第1回 クチコミサイトへの投稿から見るクレーム回避術」を是非ご参考にしてください。
弁護士業界の対応方法
余談になりますが、専門職という意味では同じ弁護士業界でもモンスター患者ならぬモンスター相談者、モンスター依頼者が存在します。
法律事務所関係者に対して犯罪行為を行う者や身勝手な理由で弁護士を幾度となく解任し法律事務所を渡り歩いているような方など例を挙げればきりがありません。
弁護士業界でも身に危険が発生する可能性のあるようなケースでは複数名の弁護士を担当としたり、警察など然るべき機関に相談したり、依頼者との問題を協議する第三者機関を利用したりして対応しています。
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モンスター患者の問題はどのような医療従事者や医療機関でも発生する可能性がある一方、その対応を誤ると膨大なコストを消費する可能性があります。
クレームや訴訟件数の多い科が敬遠、モンスター患者対応によって臨床医をやめてしまった先生もいらっしゃると聞きます。このような事態が続けば社会的損失は計り知れません。
モンスター患者対策を検討しておくこと、医療関係者全体でモンスター患者の言いなりにならない環境を整えていくことが重要です。
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- 松本紘明(まつもと・ひろあき)
弁護士 / 弁護士法人戸田総合法律事務所、第二東京弁護士会所属。
事務所は数十社のクライアントと顧問契約を締結し、医療関係も含む。注力分野はインターネット法務、労務、離婚や男女トラブルなど。
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