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第10回 医療現場でのセクシャルハラスメント~共に働く医療従事者間でのセクハラ

医療現場でのセクハラというと、医師・看護師と患者との間の言動がよく話題になります。
一方で、医療現場も職場ですので、一般の会社員同士と同様医療従事者同士でのセクハラも起こり得るものです。

そこで、今回は同じ職場で働く同業者間でのセクハラについてご説明します。

そもそもセクハラとは

 セクハラの概念は多様ですが、男女雇用機会均等法11条では、①性的な言動を受けた人が、その言動への対応によって不利益な扱いを受けること(対価型)、②性的な言動によって仕事に支障が生じたりすること(環境型)、とされています。
 例えば、①の対価型は、性的関係を求めたが断られたので解雇した、②の環境型は、体をしつこく触って触られた人が耐えきれず退職した、といった分類になります。

 

いつ、どこで行うとセクハラになるのか

 男女雇用機会均等法11条は、「職場において行われる性的な言動」となっています。この言葉だけだと職場のみが対象のようにも見えます。
 しかし、そもそもこの規定は、事業主に対し”職場でセクハラが起こらないようにしなさい”という規定の法律です。性的な言動自体が不法行為や犯罪、懲戒事由に当たりうるものですので、勤務時間外や職場以外ならセクハラの責任を負わないということはありません
 また、同条の職場には取引先の事務所、取引先と打合せをするための飲食店、顧客の自宅等も職場に該当するとされています。
 会社の忘年会や飲み会・仕事の後の個人的な食事といったものも、これと同列に考えておいたほうがいいでしょう。
※従業員のセクハラ行為に対する会社の使用者責任の判断ですが,福岡地判平成27年12月22日(平成26年(ワ)第3814号)では,新入社員歓迎会の二次会が「職務と密接な関連」と認定しています

 

だれに対して行うとセクハラになるのか

 セクハラというと上司や先輩が部下や後輩に対して行うイメージがありますが、立場の上下は関係ありません。
 部下が上司に対して性的な言動をする場合や、同僚同士の場合もセクハラになります。また、「男性が女性に対して性的言動をする」というイメージがありますが、性別も関係ありません。女性上司が男性部下に性的な言動をすることもセクハラになりますし、男性同士・女性同士でもセクハラになります。

 

セクハラをしたときに起こること

⑴ 懲戒処分

 男女雇用機会均等法11条に基づく厚生労働省の告示では事業主に対し、セクハラに対しては懲戒規定を定め、必要な懲戒処分を行うこととされています。
 厚生労働省が公表しているモデル就業規則でも、性的な言動により他の従業員に業務に支障を与えたときはけん責・減給・出勤停止の、職責を利用しての交際や性的関係の要求は懲戒解雇の事由とされています。
 セクハラは、勤務先から懲戒処分を受けてもおかしくないものなのです。

⑵ 被害者からの損害賠償請求

 セクハラが不法行為に該当すれば、被害者に対し損害賠償を支払う義務が生じます。
 主なものとして慰謝料が挙げられますが、セクハラが原因でうつ病になったり仕事ができなくなったりした場合、治療費逸失利益の賠償が必要になることもあります。

⑶ 勤務先からの求償・損害賠償請求

 セクハラはセクハラをした・された人の間だけの問題でなく、勤務先が使用者責任やセクハラ防止措置をきちんと講じなかった責任を負うこともあります。
 このような場合、勤務先がセクハラをした本人に対し、会社が賠償した金銭や被った損害の求償・損害賠償を請求することもあります。

 

どのような言動がセクハラとなるのか

厚生労働省の告示では、「労働者の意に反する性的な言動」とされ、典型例として次のようなものが示されています。

(対価型)
イ 事務所内において事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否されたため、当該労働者を解雇すること。
ロ 出張中の車中において上司が労働者の腰、胸等に触ったが、抵抗されたため、当該労働者について不利益な配置転換をすること。
ハ 営業所内において事業主が日頃から労働者に係る性的な事柄について公然と発言していたが、抗議されたため、当該労働者を降格すること。

 

(環境型)
イ 事務所内において上司が労働者の腰、胸等に度々触ったため、当該労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること。
ロ 同僚が取引先において労働者に係る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したため、当該労働者が苦痛に感じて仕事が手につかないこと。
ハ 労働者が抗議をしているにもかかわらず、事務所内にヌードポスターを掲示しているため、当該労働者が苦痛に感じて業務に専念できないこと。

 

 相手が嫌だと思えばすべてセクハラである、とまでは言えませんが(平均的な男性・女性労働者の感覚を基準とすることが適当である、とされています。)、「労働者の意に反する」との文言や「意欲が低下」、「苦痛に感じて仕事が手につかない」という例が挙げられていることからも、言動を受けた相手の主観がセクハラになるかを判断する1つの要素になります。

 

セクハラに関する判決

 セクハラに関する最高裁の判決として、平成27年2月26日判決をご紹介します。
 事案としては、とある職場で職員AとBがセクハラをしたとして、職員Aは30日間、職員Bは10日間の出勤停止懲戒処分を受け、等級も1等級降格となりました。この懲戒処分を、AとBが争い訴訟となりました。高等裁判所は懲戒処分が重すぎる、と判断しましたが、最高裁判所は、処分は重すぎず有効と判断しています。
 裁判で認定されたAとBがしたセクハラ言動は、下の職員Aの言動、職員Bの言動に書かれているようなものでした。裁判の争点は懲戒処分が重すぎるかという点で、言動1つ1つがセクハラであるかの判断がされたものではないのですが、セクハラに該当する行為の例として参考になるものといえます。

 

職員Aの言動

1. 1人で勤務している従業員に複数回、不倫相手の年齢や職業、性生活の話をした。
2. 1人で勤務している従業員に、「俺のん、でかくて太いらしいねん。やっぱり若い子はその方がいいんかなあ。」と言った。
3. 1人で勤務している従業員に複数回、「夫婦間はもう何年もセックスレスやねん。」、「でも俺の性欲は年々増すねん。なんでやろうな。」、「でも家庭サービスはきちんとやってるねん。切替えはしてるから。」と言った。
4. 1人で勤務している従業員に、不貞相手の話をした後、「こんな話をできるのも、あとちょっとやな。寂しくなるわ。」などと言った。
5. 1人で勤務している従業員に、「この前、カー何々してん。」と言い、従業員に「何々」のところをわざと言わせようとするように話を持ちかけた。
6. 不貞相手からの「旦那にメールを見られた。」との内容の携帯電話のメールを見せた。
7. 不倫相手と推測できる女性の写真をしばしば見せた。
8. 女性客について、「今日のお母さんよかったわ…。」、「かがんで中見えたんラッキー。」、「好みの人がいたなあ。」などと言った。

 

職員Bの言動

1. 「いくつになったん。」、「もうそんな歳になったん。結婚もせんでこんな所で何してんの。親泣くで。」と言った。
2. 「30歳は、二十二、三歳の子から見たら、おばさんやで。」、「もうお局さんやで。怖がられてるんちゃうん。」、「(勤務先に)来たときは22歳やろ。もう30歳になったんやから、あかんな。」などという発言を繰り返した。
3. 「30歳になっても親のすねかじりながらのうのうと生きていけるから、仕事やめられていいなあ。うらやましいわ。」と言った。
4. 「夜の仕事とかせえへんのか。時給いいで。したらええやん。」、「独り暮らしの子は結構やってる。」などと繰り返し言った。
5. 男性従業員の名前を複数挙げて、「この中で誰か1人と絶対結婚しなあかんとしたら、誰を選ぶ。」、「地球に2人しかいなかったらどうする。」と聞いた。
6. セクハラに関する研修を受けた後、「あんなん言ってたら女の子としゃべられへんよなあ。」、「あんなん言われる奴は女の子に嫌われているんや。」という趣旨の発言をした。

 

セクハラを受けたら

 セクハラとはどのようなものかを説明してきましたが、実際にセクハラを受けた場合どのような対応を取るべきでしょうか。
 相手に不快な性的言動であることをはっきり伝えるのが一番ですが、それが難しかったり伝えても変わらない場合も少なくありません。また、ひどい場合には、セクハラ被害で精神的に参ってしまったり、仕事もできなくなってしまうこともあります。
 そのような場合、次のような相談窓口や手続を利用することが考えられます。

1. 勤務先窓口への相談
勤務先にセクハラ相談窓口があれば、そこに相談することができます。

2. 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)への相談
各都道府県の労働局にある雇用環境・均等部(室)で、セクハラの相談を受けています。
※各都道府県の雇用環境・均等部(室)の連絡先はhttp://www.mhlw.go.jp/topics/2016/03/dl/tp0331-1a.pdfで公開されています。

3. 労働局長による紛争解決の援助、機会均等調停会議による調停
労働局では相談以外にも、労働局長による紛争解決の援助(労働局長が問題解決に必要な具体策の提示をすることで解決を図る制度)、機会均等調停会議による調停という制度があります。
勤務先がセクハラに対処してくれない等の場合はこれらの制度の利用もあります。

4. 労災保険の請求 セクハラが原因で精神障害を発病した場合は労災保険の対象となります。
精神障害の発病やその原因が概ね6ヶ月以内に起こっている等労災適用のハードルは低くはありませんが、度重なるセクハラでうつ病などになってしまった場合は労災保険を受けられる可能性があります。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/panphlet.pdfに、労災認定要件や相談・申請方法が載っています。

 

最後に

 セクハラが問題となる一番の原因として考えられるのは、セクハラをする側の主観、セクハラをされる側の主観、そして、平均的な男性・女性労働者の感覚に齟齬があることです。
 齟齬がある、つまり“他人はあなたと同じ感覚ではない”ということを念頭に置いて、「このくらいならセクハラにはならないだろう」ではなく、「これはセクハラになるかもしれない」という姿勢でいてください。
 セクハラを受けたと感じたときは、これはセクハラだろうかと考えたり、そのうち止むだろうと思ったりして我慢していると、事態が変わらなかったりエスカレートしてしまう場合もあります。抱え込んだり時が過ぎるのを待つより、早めに信頼できる人や窓口に相談してください。

 

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柴田佳佑

弁護士 / 弁護士法人戸田総合法律事務所、埼玉弁護士会所属。
個人のよろず相談から企業の問題解決まで幅広く取り扱う。著書に 『ブラック企業』と呼ばせない!労務管理・風評対策Q&A」(共著 中央経済社)。

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