学生と市民をつなぐ「医親伝心」
~東北大学医学祭レポート【前編】~
宮城県仙台市に拠点を構える東北大学医学部。そこで、2016年10月9日から10日にかけて「東北大学医学祭」が開催されました。これは医学部で戦後から始まった伝統的な学園祭です。市民と医学生との交流を目的に、最近は3年に一度のペースで行われています。今年は、「市民にもっと医療に親しんでもらいたい」との思いを込めて、「医親伝心」がテーマに掲げられました。
長い歴史を持つだけでなく、「市民との交流」を主眼に置いたさまざまな取り組みを行っている点において、他の医学祭とは一線を画しています。
今回エピロギ編集部は、医師の卵である学生の素顔を覗くべく、医学祭の様子を取材しました。学生の熱い思いがこもった2日間を、前後編の2回に分けてたっぷりとお届けします。
※記事内の写真は許可を頂いた上で撮影・掲載しています。
東北大学医学祭とは
2016年で23回目を迎える東北大学医学祭は、医学生と市民の交流を図り、医学の学びを地域に還元することを主目的とした医学祭です。学園祭が学生主体で運営されるように、医学祭もまた、有志で集まった「東北大学医学祭実行委員会」の医学生により運営されています。主に医学部の2年生から5年生が中心となって、開催日の1年以上前から計画を立ててきました。
実行委員の顔触れは毎回異なるため、イベント企画はゼロベースから考えることがほとんど。学生のアイディアが医学祭成功の鍵を握ります。講義や病院実習など多忙なスケジュールの合間を縫って、こつこつと準備を進めてきたそうです。
そして、それらの企画を陰ながら支えているのが、大学に勤める先輩医師です。大学病院に勤めたり、基礎研究を行ったりしている医師たちが、それぞれの専門を生かして企画に携わり、監督・指導にあたっています。「市民公開講座」として壇上に立ち講演を行う場合もあります。
親しみやすさを打ち出すために、前回の医学祭から実行委員の衣装をポロシャツに統一しました。今年は爽やかな青地にオレンジ色の文字が映えるデザインです。このように、伝統を受け継ぎつつも時代に合わせて変化を取り入れてきたことも東北大学医学祭の特徴の一つです。
実行委員会の方々です。右が実行委員長・中尾茉実さん。中央が医学祭を案内してくれた広報担当・伊東真沙美さんです。70名ほどの実行委員会メンバーと、有志のボランティアで運営しているそうです。
医学部卓球部による出店。明るい笑顔でお客さんを迎えてくれます。
サークルによる模擬店の出店もあります。今回は医学部卓球部・医学部ゴルフ部・医学部野球部のほか、医学部5年生有志や、東北大学のサークル「ウィンドノーツ」による出店もありました。
なお、医学祭での出店はありませんでしたが東北大学医学部には体育系サークル・文化系サークルのほか、「救命救急サークル」「東洋医学研究会」などのサークルもあるそうです。医学部ならではのユニークな活動ですね。
子ども向けの企画が充実した東北大学医学祭
2016年度の医学祭では、子ども向けの企画・イベントに注力しています。これは、前回の医学祭で「子ども向けの企画が少なかった」という反省があったためだそうです。
実際に配布された子ども向けの東北大学医学祭チラシです。
「たくさんの親子連れを招いて、医療に親しんでもらいたい」との思いから、子どもをターゲットにしたチラシも制作。「おいしゃさんのおしごとをたいけんして“ひとのからだ”をしろう!」のキャッチコピーを添え、実行委員会のメンバーが何百枚ものチラシを幼稚園や保育所に配って回りました。その効果もあってか、会場内には親子連れの姿が多く見られ、チラシで宣伝した企画は大盛況。
病院や医師を怖がる子どもは少なくありませんが、このような体験を通して医療に興味を持つ子どもが増えれば頼もしいですね。
レポ01:気分はすっかりお医者さん!“ぬいぐるみびょういん”
子どもたちが医師になりきり、ぬいぐるみを患者に見立てて診察を行うこちらの企画。医学祭では初の試みで、病院を怖がりがちな子どもが医療に親しむために考えられました。診察から薬の処方まで、医師の仕事を一通り体験できます。
子どもが患者の名前や症状を尋ねてカルテに記入します。また、患者の症状に合わせて、カゴの中から適切な検査器具を選びます。
聴診器は本物を、注射器は針なしのシリンジを用意。 本格的なお医者さんごっこに、子どもたちもワクワクした様子で診療を楽しんでいました。
レポ02:子どもの憧れ、“救急車に乗ってみよう!”
仙台市消防局協力の下、本物の救急車に乗車し、救急救命士の方から救急現場のリアルなお話を伺うことができるこちらのコーナー。主に幼児から小学生が対象で、身近な医療の一つである救急車を取り上げ体験してもらうことで、医療への関心を深める狙いがあります。救急車は消防局から借りているため、万が一付近で要請があった場合は出動することになっていたそうです(なお、医学祭中の出動はありませんでした)。
救急車や消防車など、働く車は子どもたちの憧れ。幼いころに救急救命士に憧れた方もいるのではないでしょうか。その人気は現代でも衰えず、順番待ちの列が途切れることはありませんでした。
お子さんが興味津々で救急車の内部を見学しています。
医療業界では医師や看護師の人材不足が問題となっていますが、救急救命士もまた例外ではありません。団塊世代の大量退職を受けて、若手が不足している状態です。
病気や怪我はいつ起こるか分からないもの。応急処置を行い病院まで送り届ける救急救命士がいなければ、人命を救うことは格段に難しくなります。現在は、救急救命士養成所の受け入れ人数を増やすなどの対処が行われているそうですが、医師同様、未来を担う若手をいかに育成していくかが課題となるでしょう。
レポ03:ヒトが産まれる仕組みを学ぶ“出産と子どもの発達~私たちが大人になるまで~”
「出産と子どもの発達」はヒトの妊娠から出産までの過程を学習できるコーナーです。併せて「子どもの貧困に関する展示」が行われています。
「産道通過体験」では女性の子宮と腰の骨を模した巨大な装置を用いて、お母さんのお腹から産まれる仕組みを学ぶことができます。また、重りの付いたジャケットを着て、妊婦体験をするコーナーもありました。子どもが楽しく命の誕生について学べるよう、分かりやすさを重視して企画が組まれています。
「子どもの貧困に関する展示」は、看護学専攻の学生有志によって行われました。子どもの貧困問題は最近になってようやくメディアで取り上げられるようになりましたが、社会的な認知度は低く、対策も不十分なままです。「まずは知ってもらうことから始めよう」と、学生が積極的に問題提起する姿勢が印象的でした。
大人が楽しめる企画も満載
東北大学医学祭で楽しめるのは子ども向けの企画だけではありません。大人や家族で体験できる企画も数多く用意されていました。参加者が医療に親しめるように身近なテーマを設定したりゲーム機器を活用したりするなど、さまざまな工夫が凝らされています。電気メスなど本格的な医療機器を扱えるコーナーは大きな注目を集め、老若男女問わずに長蛇の列ができました。
レポ04:血管年齢やバランス感覚をチェック!“体内年齢を調べよう!”
年配の方から好評の企画「体内年齢を調べよう!」。参加者が自身のバランス能力や血管年齢を測定したり、歩行測定を行ったりできるコーナーです。
生活習慣病が話題になる昨今、血管年齢を意識する人も増えています。血管年齢からは動脈硬化のリスクを把握できます。
「だいたい実年齢通りの結果ですね。これからもバランスの良い食事や適度な運動を心掛けて、この数値を保っていきましょう」
バランス能力はWii Fitで計測します。ゲーム感覚で取り組めるので、子どもから年配の方まで誰でも気軽に挑戦できるのがポイントです。
歩行測定では歩数計を用い、歩幅や消費カロリーなどを計測。ウォーキングに適した歩幅が分かるため、運動時の目安になります。
参加者からは、「計測結果をこれからの生活に役立てたい」という声も聞かれました。この体験をきっかけに、健康管理に興味を持ってもらえるとうれしいですね。
レポ05:腹腔鏡でオペ体験!“医療手技体験~スキルスラボ~”
スキルスラボは、病院で行われる検査や手術などの医療手技を体験できるコーナーです。①診察と医療機器、②オペ体験、③内科診察体験の全3コーナー。外科器具の展示もあり、医師のリアルな仕事内容に触れることができます。
オペ体験では、シミュレーターを用いて腹腔鏡や内視鏡の操作を体験します。消化管内が3D映像として映し出される内視鏡シミュレーターは、360度自由自在に観察・処置することができます。これは学生が授業でも使用する、本格的なシミュレーターです。
腹腔鏡シミュレーターでは豆つかみ体験を行います。このトレーニングは、授業でも実際に行われる訓練方法です。カメラ越しの映像は肉眼と異なり遠近感がつかみづらく、苦戦する人も多数……。と思いきや、中には器用に腹腔鏡を操作して豆をつかむお子さんも。
こちらは外科結びに挑戦。医学部のお兄さん、お姉さんが優しく教えてくれるので楽しく学べます。
内科診察体験では、超音波機器や心臓病診察シミュレーターを体験できます。
超音波機器体験の参加者は患者の胸部や腹部にゼリーを塗り、超音波機器を操作。患者役は学生が担当します。腎臓などの臓器が活動する様子をリアルタイムに観察することで、医師の仕事を体験できます。
レポ06:電気メスも体験できる“医療手技体験~ウェットラボ~”
ウェットラボは、腹腔鏡シミュレーターや生体モニターなどの医療手技を体験できるコーナーです。医師が使う本物の手術器具に触れることで、医療に興味を持ってもらおうという狙いがあります。
また、今回の医学祭限定企画で電気メスの使用体験コーナーが設けられました。電気メスを使って、豚肉や油揚げを切開します。
学生でもなかなかできない体験ということで、人気を集めていました。
普段ならテレビなどでしか見られない手術器具の数々。子どもたちは恐る恐る手に取り、興味深そうに見つめています。
こちらでも腹腔鏡による豆つかみを行うことができますが、操作に苦戦する人が続出しました。
参加者が質問を投げかけると、学生がハキハキと丁寧に解説してくれます。さすが医師の卵と言うべきでしょうか。
このほか、体育館では研修医と学生によるライブが行われたり、著名な先生方の公開講座があったりと、イベント盛りだくさんの2日間でした。
*
前編のレポートはここまでです。
今回は医療に親しむことを目的にした企画をメインに紹介しました。後編で取り上げるのは、医療の世界にもう一歩踏み込んだ、実践的な企画。東北大学医学祭独自の取り組みであるトリアージ企画や、某有名テレビ番組のパロディ「ドクターT」の様子をお届けします。
(文・エピロギ編集部/協力・東北大学大学院医学系研究科)
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