第13回 安易な診断書作成にご用心
先日、恐喝罪で実刑が確定した反社会的勢力に属する者が、持病を理由に刑の執行が停止されていた件について、公立病院の院長が虚偽の診断書や意見書を作成した疑いがあるとして、虚偽公文書作成などの容疑で家宅捜索が行われたという報道がありました。これは特殊なケースですが、医師の方々にとって日常的に依頼を受ける診断書の取り扱いに関し、法的に留意しなければならない点を今回検討したいと思います。
怪しい患者にも診断書は交付しなければならないのか~診断書の交付義務~
「診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会った医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証明の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。」(医師法第19条2項)と法律に定めがあり、医師は診断書の交付を求められた場合、「正当の事由」がない限り、これを拒否することはできません。
では、この「正当の事由」とはどのような事由を指すのでしょうか。
一般的に、診断書を交付することが不正な目的達成の助力となる場合等は「正当事由」があり、診断書の交付を拒否することができると考えられます。具体的には、診断書が恐喝や詐欺に利用される可能性がある場合などです。
患者に近い人にも渡してはいけない?~診断書の請求者~
では次に診断書の交付義務は誰に対して課せられているのでしょうか。
診断書は原則として本人からの請求があって交付することになります。しかしながら、配偶者を含む第三者から診断書の交付を求められる場合もあります。このように第三者からの交付請求についてはどのように考えるべきでしょうか。
診断書に記載される情報は極めて高度なプライバシー情報です。配偶者であったとしても安易に診断書を交付すべきではありません。
近時は、離婚訴訟等においてDV(ドメスティックバイオレンス)の存在(不存在)を証明するための証拠として診断書の交付を受けることを弁護士が本人に求めることも多くあります。配偶者といえども婚姻関係が破たんしているケースや配偶者同士が衝突しているケースもあり、仮に裁判になっているようなケースでは、相手方配偶者に有利な証拠を本人の許可なく渡してしまうことはトラブルの原因になります。プライバシー侵害を理由に損害賠償請求を受ける可能性もありますので、配偶者を含む親族だからといって安易に診断書を交付するのは控えるべきです。なお、戸籍謄本と身分証明書を証拠に婚姻関係の存在を主張されたとしても、離婚問題などのトラブルの有無は戸籍謄本等から読み取ることはできません。
本人以外の第三者に診断書の交付を行っても問題のないケースは、未成年者の親権者が未成年者の診断書の交付を求める場合など限定的でしょう。
診断書の内容によっては、証人尋問の可能性も
交通事故、離婚や刑事事件において、患者から診断書の交付を請求される場合、患者やその代理人弁護士から記載内容についてリクエストを受けることがあるかと思います。しかし、どのような内容を診断書に記載するかは慎重に判断する必要があります。
患者を診断しただけで病気や症状の原因行為を断定することは通常できません。診察によって明らかでない事項や推測の範囲を出ない事項について記載は控えるべきでしょう。不確定な事項を記載してしまったことを理由に、医師が裁判所で証人尋問を受けることになる可能性もあります。
公務員が作成、もしくは公務所に提出する診断書の虚偽記載は犯罪です
医師が公務員の場合、診断書は公文書に該当しますので、虚偽内容の診断書を作成すれば、虚偽公文書作成罪(刑法156条)が成立する可能性があります。
医師が公務員でない場合でも、裁判所、検察庁、役所等の公務所への提出が予定されている診断書等について虚偽記載をした場合には、虚偽診断書等作成罪(刑法160条)が成立する可能性があります。公立学校へ提出するための健康診断書、裁判所へ提出するための意思能力に関する診断書などがこれに該当します。
診断書の作成に際し、患者や関係者の利益を追求する目的で虚偽記載を行うことはもってのほかです。
損害賠償責任を追及されることもある
しかし、このような典型的なケースでなくとも、患者の詐病を見抜いていたにもかかわらず漫然と患者の訴える病名で診断書を作成してしまうことも問題です。
過去には、このようなケースで診断書を作成した医師に対して、裁判所が数千万円の損害賠償責任を認めたものも存在します(このケースは医師が作成した診断書を前提に保険金が支払われたため賠償金額が高額になっています。しかし、診断書が保険金請求に使用されると認識できるケースもあろうかと思いますし、診断書がどのような目的で使用されるのか予見することができなかったとしても、裁判所に予見可能性ありと認定されれば思わぬ金額の賠償責任を追及される可能性もありますので、いずれにせよ注意が必要です)。また、勤務先へ休職を認めてもらうための診断書や生活保護受給のための診断書を虚偽事実の申告であることを知りながら作成することも、共同で不法行為を行ったものとされ、損害賠償請求を受ける可能性があります。
患者とのトラブルを避ける目的や先におこなった上司の判断への配慮など、様々な要因で診断書の記載内容を躊躇するケースはあると思いますが、自らの診察に基づく記載を心がけてください。
善意の虚偽でも、罪は罪
最後に、典型的なケースとは異なりますが、患者の親族が本人に本当の病名を伝えることで本人が精神的にダメージを受ける可能性があるので、別の病名で診断書を作成してほしいと依頼してくるようなケースはどうでしょうか。
理由はどうあれこのようなケースでも虚偽の診断書を作成することは前記刑法犯に該当します。診断書の交付請求を拒否する正当事由があるといった理由で交付を拒否するなど慎重に判断すべきです。
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- 松本紘明(まつもと・ひろあき)
弁護士 / 弁護士法人戸田総合法律事務所、第二東京弁護士会所属。
事務所は数十社のクライアントと顧問契約を締結し、医療関係も含む。注力分野はインターネット法務、労務、離婚や男女トラブルなど。
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コメント一覧(1件)
1. ひんべえ さん
当たり前のことを書かれても。ノウハウというならば、無理筋の診断書記載を求められた時の断り方ややり過ごし方を伝授して欲しいです。例えば「昨日より**という訴えあり」という記載で逃げるとか。