Dr.石原藤樹の「映画に医見!」

【第1回】チーム・バチスタの栄光~キャラ設定が抜群の術中死ミステリー

石原 藤樹 氏(北品川藤クリニック 院長)

医療という題材は、今や映画を語るうえで欠かせないひとつのカテゴリー(ジャンル)として浸透しています。医療従事者でも納得できる設定や描写をもつ素晴らしい作品がある一方、「こんなのあり得ない」と感じてしまうような詰めの甘い作品があるのもまた事実。

シリーズ「Dr.石原藤樹の『映画に医見!』」は、医師が医師のために作品の魅力を紹介し、作品にツッコミを入れる連載企画。執筆いただくのは、自身のブログで100本を超える映画レビューを書いてきた、北品川藤クリニック院長の石原藤樹氏です。

現役医師だからこそ書ける、愛あるツッコミの数々をお楽しみください(皆さまからのツッコミも、「コメント欄」でお待ちしております!)。

 

映画『チーム・バチスタの栄光』の概要

今日ご紹介するのは、2006年に発表された海堂尊氏のデビュー作を、2008年に映画化した『チーム・バチスタの栄光』です。バチスタ手術を得意とする大学病院の心臓手術チームが、ある時から手術に失敗するようになり、一度停めた心臓が再鼓動せずに患者が死亡する、という事態が連続します。手術にはミスがない筈なのに、何故術中死が連続するのか、人為的なミスか、それとも殺人なのか。その謎に、心療内科医と変わり者で超高飛車な厚生労働省の役人という、奇妙なコンビが挑戦する医療ミステリーです。

 

見どころは魅力的なキャラ設定

医療ミステリーや医師によるミステリーは沢山ありますが、海堂尊氏によるこの原作は、幾つかの意味で非常に斬新でした。まず、成功した筈の手術で何故か患者が死んでしまう、という謎の設定が非常に魅力的ですし、探偵役がうだつの上がらない神経内科医(映画では心療内科医)と厚生労働省の役人というのも意表を突いています。死因の特定に死後の画像診断を用いるという趣向も、現実を先取りしていて話題を呼びました。そして、何と言っても巧みなのがキャラ設定です。探偵コンビも面白いのですが、実は秘密のあるアメリカ帰りの天才外科医と、術中の事故で外科医を引退した病理医の連携プレーとか、クールで考えの読めない麻酔科医など、魅力的なキャラが揃っています。

映画のストーリーは原作にほぼ忠実ですが、原作では男性の神経内科医を女性の心療内科医に変更して、人気者の竹内結子さんが演じています。対する厚生労働省の役人は阿部寛さんで原作のイメージ通りですが、映画のコンビとしては男女のペアの方が華があって面白いですから、この変更も成功していたと思います。竹内結子さんのほんわかした個性に引き寄せられ、彼女の視点から、自然に物語の謎に引き込まれるような構成になっているのです。他のキャストはほぼ原作通りに再現されていて、映画でもキャラ合戦を充分に楽しむことが出来ます。

阿部寛さん演じる厚生労働省の役人の、相手を挑発して怒らせる捜査法も破天荒で楽しめますし、老獪な病院上層部を演じた平泉成さんと國村隼さんも、ベテランの味を存分に発揮しています。今では堂々たる役者ぶりの吉川晃司さんとココリコの田中直樹さんが、初々しい感じの芝居をしているのも懐かしい思いがします。奇をてらわない丁寧な演出で、前半の人物を紹介しながら人工心肺などの器具の説明をする辺りも、分かりやすい工夫が生きていると思います。そして、真相が判明する瞬間のスリルとカタルシスは、上質なミステリー映画の醍醐味を味わわせてくれるのです。

 

そのトリック、成立しませんよね?

この映画は2008年の公開なので、今観ると手術シーンなどはだいぶ古めかしく感じられます。天才外科医のある秘密が、スタッフの誰にも見抜かれない、というのも不自然に思われます。患者の心臓の再鼓動を失敗させるトリックは、ネタバレになるので詳しくは説明出来ませんが、正直成立はしないように思います。別に心臓を衆人環視の中で停める方法にはなっていない、という気がするからです。この辺りは心臓外科医をされている先生の意見も聞いてみたい気がします。原作者の海堂尊氏は、医師ではありますが、それほど臨床の経験のある方ではないようです。

私は心療内科も診ている内科医なので、「愚痴外来」という名前の心療内科の外来という設定には、少し違和感があります。原作では神経内科の医師が医局の出世競争に敗れて、病院の治療に不満を持つ患者の苦情を聞く場所としての「愚痴外来」を開設する、という設定になっているのですが、これはそもそも神経内科と心療内科や精神科を混同したような設定ですよね。それを映画は心療内科に変えているのですが、これもケースワーカーの仕事と心療内科を混同しているように思います。

この作品では全ての医者の上に君臨する存在として厚生労働省がある、という設定になっていて、厚生労働省の名刺が水戸黄門の印籠のように使われるというギャグもあります。私は長く勤務医をしていたので、その時は病院内の上下関係にはそれなりに興味があっても、監督官庁や行政との関係については、仕事上の実感はありませんでした。ただ、開業医になってみると、医療制度や診療報酬の制度が変わる度に、それが経営に直結するので他人ごとではありませんし、個別指導というような形で、監督官庁や行政の権力と直接相対する機会も出来るので、自ずと感じ方も変わって来ます。そんな訳で最近この映画をDVDで見直した時には、阿部寛さんの存在にリアルな恐怖を感じました。

もう1つリアルに思えるのが事件の犯人とその動機で、これもネタバレになるので具体的には書けませんが、10年前にはやや現実離れした設定に思えたものが、いやいやこうした人が医療現場にはいるかも知れない、と今では自然に思えるところに、時代の怖さを感じます。

 

ドラマ版『チーム・バチスタの栄光』

この作品の原作は2006年の『このミステリーがすごい!』大賞受賞作ですが、2008年に映画化されるとともに、同年に1クールの連続ドラマにもなっています。ドラマ版は主人公の設定を男性に戻していて、その一方でトリックなどはオリジナルのものを追加して、犯人の設定も一部変えた内容になっています。ただ、ドラマ版のトリックもかなり無理のあるもので、医学的にはなるほど、と思えるような内容ではありませんでした。そんな訳で作品の凝集度という意味では、ドラマより映画版の方が、数段勝っていたと思います。

 

「なるほど」か「なんじゃこりゃ」か……感想は皆さんのキャリア次第?

10年前の映画ですが、医療のドラマとしても、良質なミステリーとしても楽しめる快作で、死亡時画像診断が一般に注目されるきっかけになったという意味で、実際の医療自体にもインパクトを与えた作品です。キャラクターの設定は、その後の医療ドラマにも大きな影響を与えていますし、犯人の性格や動機の設定なども、時代を先取りしたようなところがあります。今の医療ドラマの1つの原点として、今なお色あせない輝きを放っていると思います。ただ、トリックは医療従事者から見ると、何じゃこりゃ、という感じもあります。初見の皆さんは、是非真相を推理しながら鑑賞してみて下さい。なるほどと思うか、何じゃこりゃ、と頭を抱えるかは、皆さんの専門やキャリアによるかも知れません。

 

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『チーム・バチスタの栄光』
発売元:TBS
販売元:TCエンタテインメント
発売中
価格:DVD 4,700円+税
(c)2008 映画「チーム・バチスタの栄光」製作委員会
石原 藤樹(いしはら・ふじき)
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。
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