実はこの人も医者だった!?

医師からキャリアチェンジした偉人たち

「医師の偉人を思い浮かべてください」といわれたら、いったい誰を想像するでしょうか。たとえば野口英世やコッホをはじめとして、数多くの医師が偉人として賞賛されています。しかしその陰に、医師から華麗なるキャリアチェンジを遂げて成功し、偉人となった人物も存在するのです。
「えっ、この人も医師だったの?」という意外なケースを紹介します。

「流浪の医師から予言者へ」ミシェル・ノストラダムス

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1999年の「ノストラダムスの大予言」でとても有名なノストラダムスは、16世紀のはじめ、フランスに生を受けました。
予言者として活躍する前の彼は、医師として各地を巡っていたといわれています。フランスでペストが流行した際には、この病気の恐ろしさに治療に尻込みする医師も多い中、ノストラダムスはペストの流行地へ積極的に赴き、治療薬の処方などを行っていたそうです。「ノストラダムスは(当時は不明だった)ペスト流行の原因が鼠にあることを見抜いていた」という逸話がありますが、これは後に作られた話のようです。彼にはほかにも「コペルニクスより20年早く地動説を唱えた」「ある修道士が後にローマ教皇になることを予言した」といった伝説が数多くありますが、大半は後世の彼のファンによる創作とみられています。

40代の半ば、ノストラダムスは南仏のサロン・ド・クローに腰を落ち着けます。知識人であった彼は、ここで土地の名士として活躍するとともに、占星術に基づき未来を予言した書物を刊行するようになりました。これが大いに評判を呼び、予言者ノストラダムスはときのフランス国王アンリ2世、王妃カトリーヌ・ド・メディシスの招待を受けるという栄誉を得ます。晩年の彼は医師としての仕事をすることは少なく、王侯貴族などの有力者を相手に、占星術師として相談に乗っていたそうです。

ノストラダムスが医師としての活動から占星術師(または予言者)としての活動へとシフトした明確な理由は分かりません。ただ、当時の医術が占星術とも密接に結びついたものだったことを考えると、知識人ノストラダムスにとっては医師も占星術師もなく「自分の持つ知識を人のために役立てている」という感覚だったのかもしれません。

 

「開業医では儲からないので小説を書いた」アーサー・コナン・ドイル

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普段ミステリー小説を読まない方でも、「シャーロック・ホームズ」の名はご存知でしょう。ホームズの生みの親こそ、1959年生まれのイギリスの作家、アーサー・コナン・ドイルです。現代ミステリー作品の基礎を築いた作家として名高い彼ですが、もともとは小説家ではなく医師として働いていました。

医師だったドイルが小説を書き始めた理由は、実は「開業しても患者が来なかったから」。大学卒業後、船医の経験を経て開業したものの、既に医師が多い地域だったために患者があまり来ず、手持ち無沙汰な彼は副業として小説を執筆するようになります。最初は短編小説を書いていたものの、たいして儲けにならず著者名も出せなかったため、長編小説を書くようになりました。ホームズシリーズの第1作『緋色の研究』が執筆されたのはこの時期のことです。

1890年頃、ドイルは眼科への転向を志すも眼科医資格を取得することができず、無資格で眼科診療所を開業しました。しかし、無資格の眼科医の元に患者はまったく来ず、結局、診療所を諦めて小説一本に絞ることになります。この頃からホームズシリーズが爆発的な人気を得て、ドイルは人気作家としての地位を確立しました。 その後、彼は外国での戦争に医療奉仕団として参加したり、政治活動を行ったりとさまざまなことに取り組みながら、晩年まで小説を書き続けました。

現在まで広く愛される「シャーロック・ホームズ」が生まれたのは、ドイルが医師として成功しなかったから、と言ってもよいかもしれません。 ちなみに、ホームズのモデルは、ドイルがエジンバラ大学医学部時代に師事していたジョセフ・ベル教授だといわれています。

 

「弱者のため、医師の枠を超え革命家に」チェ・ゲバラ

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キューバ革命の指導者として知られるチェ・ゲバラ。盟友カストロとともに当時キューバを仕切っていた独裁政権を打ち倒し、社会主義国を立ち上げました。しかし、彼が革命家となる前に医師であったことは、あまり知られていません。

1953年に医学部を卒業したチェ・ゲバラは、当時アルゼンチンを支配していたフアン・ペロン政権下で軍医になるのを避けて、友人とともに南米縦断の旅に出ます。旅の中で、貧富や差別などのさまざまな理不尽な事柄を目にしたことが、彼の価値観に影響を与えたといわれています。

旅ののち、一時はグアテマラで医師を務めましたが、クーデターが起こりメキシコに亡命。そこでカストロと出会い、彼の考えに共感してキューバの独裁政権の打倒を目指す革命軍に軍医として参加します。戦闘後に自軍だけでなく負傷した敵の兵も治療したという逸話からは、彼の医師としての姿勢が伺えます。ゲリラ戦をよく研究し、仲間からの信頼も厚かったゲバラは軍医の枠にとどまらず、やがて革命軍のNo.2として活躍するようになりました。

革命の成功後、ゲバラは国立銀行総裁や工業大臣といった要職を歴任し、キューバの立て直しに尽力しました。しかし彼はそれに満足せず、革命を必要とする他国へ渡ります。コンゴで革命の指導を試みて失敗したのち、ボリビアへ転戦するもこの地で捕えられ、39歳の若さで命を落としました。

医師としても占星術師としても人々の力になったノストラダムス。
医師としてはやっていけず、小説家となったコナン・ドイル。
弱き人々を救うため、医師の枠を超えて革命家となったチェ・ゲバラ。
歴史に名を残した「元医師」たちのキャリアチェンジは、それぞれの時代や生き様を反映したものでした。

(文・エピロギ編集部)

 

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