いまさら聞けない「妊婦加算」をめぐる現状まとめ

産婦人科と他診療科の連携による、妊産婦の診療体制の拡充を目指して

 昨年(2018年)、新設されたにもかかわらず、社会的な批判を受けて今年1月に凍結された「妊婦加算」。
 厚生労働省は、この事態を受けて、今年(2019年)2月から「妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会」を5回にわたって開催し、6月10日にとりまとめを行いました。とりまとめでは、産婦人科医と他診療科の連携の重要性を提唱するとともに、「妊婦加算」の狙いであった「妊婦に対する丁寧な診療の評価」の必要性を再度指摘しています。

 同加算をめぐる議論によって明らかになった妊産婦診療体制の課題を振り返り、妊産婦診療とその評価のあり方について解説します。

 

1.「妊婦加算」とは? 新設から凍結までを振り返る

 近年、出産年齢の上昇傾向に伴い、妊産婦において、糖尿病や甲状腺疾患といった妊娠と直接関係のない偶発合併症が増加傾向にあります。
 しかし、妊婦への診療には妊娠の継続や胎児への配慮が必要になることから、産婦人科以外の医師が妊婦患者の診療を敬遠、あるいは躊躇するケースが少なくないといわれています。一方、産婦人科医の負担軽減の観点から、他診療科の妊産婦診療への積極的な参加が求められています。

 妊婦加算は当初、そうした課題を解決するために、2018年度診療報酬改定で新設されました。妊婦に対して「初診」、「再診または外来診療」を行った場合に、それぞれ75点、38点(いずれも診療時間内)を加算します(表)。

 

出典:厚生労働省 第1回妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会 資料2
「妊産婦にかかる 保健・医療の現状と関連施策」(2019年2月15日)(53頁)

 

 結果、患者側は「妊婦」というだけで、初診では230円、再診では110円(3割負担の場合)を余計に支払わなければならなくなりました。しかし、費用の負担額が増えたにもかかわらず、患者への十分な説明がないまま加算されたり、妊娠していない患者と同じ診療を行うコンタクトレンズ処方などにおいても算定されたりするなど、医療施設側の妊婦加算趣旨に対する理解不足に基づくと思われる事例が相次いで報告されました。負担増に見合うメリット(妊婦であることに対する配慮)を感じられなかった妊婦患者を中心に、「少子化対策に逆行する」などの批判が社会的に高まりました。
 そのため、1月に妊婦加算をいったん凍結し、検討会で妊婦に対する診療のあり方を議論したうえで、妊婦加算については中央社会保険医療協議会(中医協)で改めて検討することになりました。

 

2.検討会とりまとめのポイント―連携推進と質向上を促す仕組みづくり

 「妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会(以下、検討会)」のとりまとめでは、「妊産婦の特性と診療上の配慮」が必要な理由として、①妊娠中に重症化しやすい疾患がある、②生理学的変化で検査結果が非妊娠時と異なる、③薬や放射線検査の胎児への影響も考慮する必要がある、ことなどを挙げています。また、妊産婦の治療方法を決定する際は、妊産婦本人や家族に十分説明し、意思決定の支援を行うことを求めています。

 また、産婦人科の現状については、病院勤務医の労働時間数が長くなる傾向にあるほか、分娩取扱施設が年々減少し、地域によっては産婦人科医療機関までのアクセスが不便というケースも生じていることを記し、産婦人科とそれ以外の診療科との連携を強く求めています。
 しかし、産婦人科以外の診療科には、妊産婦の診療に積極的でない医師が存在するのも事実です。検討会が妊産婦を対象に実施した緊急調査1)によると、産婦人科以外の診療科にかかろうとしたとき、約15%の患者が「他医療機関への受診を勧められた」と回答しています(図1)。

 

図1

出典:厚生労働省 妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会 議論の取りまとめ
「妊産婦の医療や健康管理等に関する調査〈結果概要〉」(2019年6月10日)(8頁)

 

 同調査によると、妊娠中に妊婦健診以外の目的で産婦人科を受診した患者は約14%、産婦人科以外の診療科を受診した患者は約38%でした。後者の受診理由は、感染症状、口腔症状、持病の順に多く、診療科では内科、歯科・歯科口腔外科、耳鼻咽喉科の順となっています。これら風邪や花粉症などのコモンディジーズにおいて、他の診療科から産婦人科への情報提供が少ないことも明らかになりました(図2)。

 

図2

出典:厚生労働省 妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会 議論の取りまとめ
「妊産婦の医療や健康管理等に関する調査〈結果概要〉」(2019年6月10日)(9頁)

 

 つまり、妊産婦診療に不安を抱えている医師が少なからずいる一方、産婦人科医との情報共有や連携をさほど重視していない医師も相当数いることがうかがえます。
 そこでとりまとめでは、「母子健康手帳の活用等により診療科間の連携推進を図っていく」ことに加え、産婦人科以外の医師に対する妊産婦診療の質向上の取り組みとして、「研修の推進」や「妊娠と薬に関する情報提供体制の整備・周知▽診療や薬に関する説明文書例の作成」などを挙げています(図3)。

 

図3

出典:厚生労働省 妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会 議論の取りまとめ
(概要)(2019年6月10日)(2頁)

 

3.妊産婦診療における評価のあり方

 とりまとめでは、妊産婦診療の評価のあり方について「質の高い診療やこれまで十分に行われてこなかった取り組みを評価・推進していくことは必要」と明記し、ただし「前回と同様の妊婦加算がそのままの形で再開されることは適当でない」と、妊婦加算に代わる診療報酬上の評価の必要性について言及しました。具体的な要件等は中央社会保険医療協議会(以下、中医協)の議論に委ねています。
 6月12日に開催された中医協総会では、妊産婦診療に積極的に取り組む医師を評価していくことに対して診療側・支払側ともに異論は出ませんでした。今後は、秋以降の第2ラウンドで具体的な要件を詰め、年末までに大筋を固める予定となっています。
 一方、妊婦加算凍結の要因となった妊婦患者の窓口負担増への対応について、検討会では茨城県など4県が実施している助成制度を紹介し検討を促しています。いずれにしても妊産婦がメリットを実感し、自己負担に見合う診療であることが最も重要です。そのための診療体制づくりが急がれます。

 

《コラム》
専門科目と一般診療科の連携について

 近年、複数の診療科・領域が連携して行う診療に対して、診療報酬で評価するケースが増えつつあります。

 2018年度診療報酬改定では、ハイリスク妊産婦連携指導料1(産科と精神科など)、小児運動器疾患指導管理料(小児科と整形外科)、療養・就労両立支援指導料(がん主治医と産業医)などが新設されました。高齢化による合併症の増加等を背景に、診療科間の連携の必要性は今後さらに増していくと予想されます。

 今回の検討会においても、井上真智子構成員(浜松医科大学地域家庭医療学講座特任教授)が、プライマリケアにおいては、「急性疾患・症状への対応」「非産婦人科の偶発合併症と慢性疾患の管理」「包括的な妊産婦支援(予防など)」の3段階の妊産婦診療があると指摘しています2)。妊産婦診療におけるプライマリケア医の役割を周知徹底していくことも、連携推進と質向上に不可欠といえるでしょう。

(文・エピロギ編集部)

<参考>
1)厚生労働省「妊産婦の医療や健康管理等に関する調査〈結果概要〉」 第3回妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会 資料6(2019年4月17日)
2)井上真智子 「プライマリ・ケアにおける妊産婦診療と連携」 第2回妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会 資料2(2019年3月15日)

<参考文献>
厚生労働省 妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会
妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会 議論の取りまとめ
妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会 議論の取りまとめ(概要)
日本経済新聞 「妊婦加算を凍結、厚労相が表明」
m3.com 「妊婦加算、医師62.7%が『再開するべき』」

 

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