市場から読む

これからの時代が医師の働き方にどんな変革をもたらすか

さあ、2016年もスタートしてあっという間にひと月。
いろいろな動きが見え始めています。
改めて、今年の医療・ヘルスケア業界はどんな一年になるのか。
そしてこれからの時代が医師にどんな変革をもたらすのか。
医療・ヘルスケア業界の動向を予想してみたいと思います。

佐々木 裕(ささき・ゆう)
TV番組制作会社、広告制作プロダクション、Web制作会社を経て広告代理店に入社。コピーライター、ディレクターとして研鑽を積む。東日本大震災後、Web制作会社に移籍。クリエイティブディレクター、ライターとしても業務にあたる。医療分野は専門分野として長年かかわる分野のひとつ。医療・ヘルスケア分野の今後の動向を読みながら原稿制作を行っている。

予想の前にまず復習

先を読み解くためには、まず今までの経緯を改めて振り返ることが肝心です。
皆さんにとって、昨年1年はどのようなものだったでしょうか?
医師が携わる分野・業界で昨年起こった大きな出来事。そのいくつかが今年の、そしてこれからの業界予測に大きく役立つと考えます。
選んだのは、次の4つの出来事です。

<再注目の昨年動向>

■専門医制度改革の実働
最初から専門分野に特化した道を歩むのではなく、広く「人間」を診られる「医者」として、まず基本領域を徹底して学ぶことが義務付けられるようになりました。この変革については、『エピロギ』で、この専門医制度改革をけん引された嘉山孝正教授(山形大学学長特別補佐、国立がんセンター名誉総長)に、制度改革の真意とその先に広がる未来について伺いました。ぜひお読みいただければと思います。

医師の生涯学習とキャリア選択
第2回 「医者」として正しい専門医へ

■企業に対するメンタルヘルスチェックの義務化
労働者の勤務体制の多様化を受け、国は過重労働による健康障害防止に力を入れてきました。そのひとつの結実とも言えるのがこの動向です。これにより、企業は安全管理といった面だけでなく、ヘルスケア分野でも労働者のメンタル状態の確認をしていくことが義務となりました。これにより、企業はこれまで以上に産業医やその他の医師、または医師が提供するサービスと密接な関係を築かざるを得なくなりました。
この点については、『エピロギ』の、産業医・大室正志先生のインタビューでも触れられているようです。

企業と人の狭間で<前編>
企業と人の狭間で<後編>

■「Health2.0Asia-Japan」開催
昨年11月に医療・ヘルスケアテクノロジー(ヘルステック)の世界的カンファレンスイベント「Health2.0Asia-Japan」が虎ノ門で開催されました。いま、医療・ヘルスケア分野は多くのビジネスパーソンが注目する一大伸長市場。「テクノロジーがヘルスケアをリデザインする。」というテーマがいかに現実的なものかを証明するカンファレンスでした。この動向もまた今後の市場動向を力強く指し示すものだと考えられます。

世界最大規模の国際ヘルステック・カンファレンス
「Health 2.0 Asia – Japan」開催!
<前編/1日目>

<後編/2日目>

■2016年「診療報酬改定」の基本方針発布
2015年12月7日。この日、医療・ヘルスケア分野に大きな影響を持つ発布が正式に行われました。診療報酬の大幅な見直しです。
この改定は日本の大きな課題である超高齢社会に向き合うためのもの。その基本方針として「地域包括ケアシステムの推進と医療機能の分化・強化、連携に関する視点」などが示されました。特に「地域包括ケアシステムの推進〜」は重要課題として位置付けられており、国の政策が市場に大きな影響を与えることは必至と考えられます。

厚生労働省「平成28年度診療報酬改定の基本方針」

 

専門医制度改革がもたらす構造変化

では、これらの動向を「市場」という視点からざっくりと読み解いていきます。
まず、最初に上げた専門医制度改革について。
この制度改革の根はひとつではないものの、市場的視点から見ると「患者の高齢化」と「基本領域を診られる医師の不足」という課題が見えてきます。
つまり世の中には高齢者が膨大になっており、慢性的症状を持つ患者が増加しているにも関わらず、専門分野に特化した「旧来の専門医」が増えてしまったことで市場のニーズと共有のアンバランスが起こってしまっているのです。この制度改革の目的のひとつは、あきらかにこのアンバランスの改善にあると考えられます。この制度改革では基本領域をしっかりと診断できる医師を育成する構造が構築されました。これにより、増加し続ける高齢者を含む基本領域に対する対応力強化がなされるのです。
結果として得られるのは「基本領域と専門領域の棲み分け構造の徹底」。
この棲み分けが何に役立つか。ここで重要になるのが「平成28年度診療報酬改定」です。

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診療報酬改定で実現される「地域包括ケア」

平成28年に行われる「診療報酬改定」。その基軸のひとつとなるのが「地域包括ケア」の制度的実現にむけた足場の構築です。

 

■「地域包括ケア」とは
急速に進む超高齢社会に対応すべく国が整備を急ぐ制度。「高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援」という目的のもと、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制(地域包括ケアシステム)の構築を目指すというもの。2025年の制度完成を目指し、整備が急ピッチで進められています。

 

「地域包括ケア」を難しく言うと上記のようになりますが、要は「高齢者に対する自宅介護・自宅看護を制度として認めていく」ということ。今回の報酬改定はまさにその第一歩。まだ未着手だった訪問医療・介護・ケアといったサービスに対する診療報酬を明確化していこうというわけです。
つまり、今後進行していく超高齢社会に対し、病院だけでなく患者の自宅も医療の場に認定し、対応していこうと言う発想です。高齢者に対するケアは長期的になりがちです。この長期化が患者・医療機関双方の負担になることはかねてから明白でした。こうした問題を解決する緒としても、「地域包括ケア」の整備が待たれているのです。
では、この「地域包括ケア」の仕組みを、患者の動向という観点から見てみましょう。
患者はまず地域のかかりつけ病院に行き診断を受けます。そこで専門的診断・治療が必要となれば、専門医がいる大病院へ。そこで集中的加療を行い、安定すれば専門医からかかりつけの病院へと戻されます。そして長期的ケア。在宅医療も含めた診療・ケアが行われます。その後、終末近くになると再度専門的な治療のため専門医がいる病院へと移される。これが患者の一連の動向です。
この構造を実現しようとするならば、多くの患者に対応していくためにこれまで以上に多くの医師が必要となります。ここで想起していただきたいのが前項「専門医制度改革」です。この改革では基本領域をきちんと見ることができる医師と、その先の専門領域を正しく担うことができる医師の育成が行われます。これらの医師の育成は、「地域包括ケア」をはじめとする今後の医療体制に合致しているものなのです。すでに始まっている超高齢社会への対応。人間の生命に向き合う医療者として、医師はこの動向に向き合わなければならないのです。

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病院を飛び出す医師

専門医がいる大病院と、基本領域を診る一般医の棲み分けと連携。これが今後の医療・ヘルスケア業界の基本となる構造です。
この構造は高齢者の自宅での療養に対応することも念頭に置かれています。つまり、訪問看護や訪問診療といったサービス市場の拡張が前提なのです。
訪問医療など在宅患者に対する措置は報酬計算などの面で非常に判断が難しいケースも多く、これまで多くの医師が参入に困難を感じていました。しかし今度の報酬改定を受け、その参入障壁も緩和される見通しとなりました。これで日本の医療市場はまたひとつ成長の場を得たことになり、多くの医師や医療従事者がこの市場に参入することが予測されるのです。

 

キーワードは「医師meets技術者」

ではここでもうひとつの「再注目すべき動向」に移ります。取り上げるのは「Health2.0Asia-Japan」です。
このイベントは世界最大規模のヘルステック・カンファレンス。
ここで示された動向は医療・ヘルスケア市場の驚くべき成長でした。
医療・ヘルスケア市場の成長は世界各国共通の動向として知られており、多くのベンチャーキャピタルも積極的融資を行う傾向にあります。そのような状況を作った要因はふたつ。
「医療・ヘルスケア分野への技術者の参入」と「スマートフォンの浸透」です。
「Health2.0Asia-Japan」で行われた多くのプレゼンテーション。そこで語られたのは、医療従事者以外の「技術開発者」たちの業界参入であり、スマートフォンをセンサーとしたヘルスケアサービスの提案でした。これまで医療とはまったく関係のなかった技術者たちが、多くの医師や患者と直接結び付き、新しい発想のテクノロジーとサービスを生み出しているのです。そして、逆に今まで勤務医として働いていた医師たちが野に飛び出し、ビジネスパーソンとしてスタートアップを行っているのです。「医師meets技術者」。そして医師が行う医療行為もまたサービスでありビジネスなのです。こうしたビジネスマインドが医師にも浸透していくこと。そして医療が厳然としたサービスであること。この再確認が今後の医療・ヘルスケア分野をけん引することは間違いありません。
この傾向は残された再注目動向「企業に対するメンタルヘルスチェックの義務化」もまたビジネスとしての医療に根ざすものです。

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アプリケーションという「医療媒体」

「企業に対するメンタルヘルスチェックの義務化」もまた大きな市場を生み出す土壌となる動向です。これまで企業運営と医療の関り合いは、産業医や健康診断といった労働衛生分野に限られていました。しかし、労働者の勤務体制や業務の多様化が進むなか、従来の管理方法では安全や健康の担保が難しくなってきているのです。
この「メンタルヘルスチェック」の主な内容は労働者に対するストレスチェック。ストレスチェックを受けた従業員の中から高ストレス者を判定し、必要に応じて行政担当窓口への報告や医師による面接指導などを行うというものです。
このストレスチェック後の面談だけでも多くの医師の活躍が期待される場となりえるのですが、やはりここで検討すべきは「サービス」としてのメンタルヘルスチェックではないでしょうか。
このチェックの煩雑な手間を省くため、すでにWeb上にはさまざまなストレスチェックサービスが誕生しビジネスを開始。スマホに対応したアプリケーションも公開されています。
こうした新サービスの医療監修を行っているのは間違いなく医師免許を持った「医師」。そしてこのストレスチェックだけを見るなら、チェック後の面談なども医師の新たな事業の場になり得ると考えられます。
医師は病院で働くもの。 こうした固定概念が制度とともに再構築され、新たな産業を生み出していくのです。

 

[結論]今後の医療・ヘルスケア業界の動向予測

では改めて今年、そして今後の医療・ヘルスケア業界の動向を考えてみましょう。

  • ■専門医制度改革
  • ■医療・ヘルスケア市場の拡大
  • ■訪問での医療・ヘルスケア市場の拡大
  • ■労働衛生面での医療ニーズの高まり

これらの観点からみる今後の医療・ヘルスケア業界の動向は以下のとおりです。

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これからの医療・ヘルスケア分野は、高齢者対応も含め従来よりもさらに患者の身近なものになっていくと考えられます。そこには確実なビジネスチャンスがあり、夢もあります。
また、こうしたビジネスへの飛躍が予測される医師ですが、一方では新たな専門医制度の確立をうけ、より深い信念と技術を有した専門医が多く誕生することと思われます。専門医は専門医として輝けるように。そして基本領域を守る医師は、多くの民間サービスと結ばれ、より患者と密接に。そして専門領域と基本領域が患者を中心とした円環連携でつながること。それがこの動向の姿だと考えます。
医師。それは人の生命と幸せにとって、欠かすことのできない大事な職業。医師の皆さんの活躍が、多くの患者の命と幸せを守ることにつながります。どうかこの一年、そして将来にわたって、医師の皆さんが胸をはり、誇り高く活躍できますよう、心より祈念申し上げます。

 

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