弁護士が教える医師のためのトラブル回避術

第4回 医師の残業代[その2]~残業代を請求する3つの方法~

 前回は勤務医も労働者であり、残業代が発生しうることを説明いたしました。そして、残業代を請求する際にご自身で準備しておくべきこととして,「労働契約内容の確認」と「労働時間に関する証拠を集めておくこと」の重要性について解説いたしました。
 実際の請求の手続きについては、専門的な知識も必要になりますので、弁護士に依頼することになると思います。もっとも、残業代の計算方法や、請求した場合にどのような流れで進行するのかをあらかじめ知っていただくことが重要かと思います。そこで、今回は実際に残業代を請求するためにはどうしたらよいのか、具体的にどういうことが問題になるのか、手続きや争点について説明したいと思います。

1. 残業代請求の3つの手続き

 残業代を請求しようとするとき、大きく分けて、①「勤務先(使用者)と直接の交渉」、②「労働審判手続きを利用した請求」、③「民事訴訟を利用した請求」の3種類の手続きが一般に考えられます。 

 

エピロギ残業代請求フロー

 

 ①の「勤務先との交渉」では、当然ながらまずは残業代を請求する意思を使用者に伝える必要があります。この場合、内容証明郵便等の書面にて、残業代を請求することの意思表示を行うことになります。なお、後程詳しく説明しますが、残業代請求が出来る期間には制限があります。後述の通り内容証明郵便を用いて残業代を請求する意思を明確に示しておくことが重要です。
 交渉の中で、使用者が残業代の計算に必要な資料を提供してくれれば、請求者にて計算して具体的な金額を提示し、交渉していくということになります。ごくまれに使用者側で計算してくれることもあります。もっとも、使用者側の計算は当然使用者に有利になっていますので、資料を提供してもらい、こちらで計算すべきです。

 ②の「労働審判」は、平成18年4月1日から行われている制度で、裁判手続きではありますが、話し合いがメインの手続きです。労働審判の期日は、申立人(労働者)、相手方(使用者)、労働審判員3名(裁判官1人、専門的な知識経験を有する民間人2名)で構成され、全3回の期日で終了することになっています。最初の期日にて双方の主張立証が尽くされるように進行するため、比較的スムーズに終了することもありますが、和解を目指すため、双方の意向により難航することもあります。3回で和解にならなければ、裁判所の審判員が一定の結論を示してくれます。

 ③の「民事訴訟を利用した請求」は、前回引用したような通常の訴訟です。
上記3つの手続きを順番に行わなければならないということはなく、いきなり②の「労働審判」や、③の「民事訴訟」を行っても構いません。
 もっとも、下記のとおり、残業代は通常毎月一月ずつ時効期間が経過してしまい、請求権が失われかねないので、まずは①の「勤務先との交渉」手続きから進めて行くことをお勧めします

 

2. 勤務先(使用者)との直接交渉の進め方

■残業代に時効あり!? まずは使用者(医療法人など)に対して残業代を請求する意思を伝えることが重要!

 まず、残業代を請求する際、使用者に対して残業代を請求する意思を伝える必要があります。大切な点は、書面を出すこと。一番安全な方法としては意思表示の内容や時期が明確になるように内容証明郵便にて使用者に対して意思表示することです。
 なぜかというと、残業代の時効期間が2年間であるため、その時効の進行を一時止める必要があるからです。
 通常、給与は、月末締め翌月末払いなど締日と支払期が決まっています。そうすると、例えば給与が支払われなかった場合は、その支払期から2年間、何らの請求をしていなかったとき、使用者から「消滅時効を援用します」と言われるだけで請求する権利が無くなってしまいます。
 残業代にも同様に、時効期間が存在します。
 この時効は支払期ごとに起算点が発生し、一月請求が遅れるごとに一月分の残業代が無くなります。ですから、残業代を請求したいと考えたときは、何よりもまず、使用者に対して内容証明郵便にて、勤務期間中の時間外割増賃金、深夜労働割増賃金、休日労働割増賃金を請求する旨の書面を送る必要があります
 なお、その書面にて既に残業代が計算されていればベストですが、それはなかなか難しいと思います。そこでとにかく勤務している全期間の残業代を請求する旨を書面に記載しておくことで時効の進行を一時止めるのが一般的です。
 この段階の手続きであれば、皆様でも容易に行うことができると思いますが、もし何かミス等があれば残業代の請求権を失いかねません。残業代を請求すると決意した段階で専門家にご相談されることをお勧めいたします。

■その後は、使用者から残業代計算のための資料をもらい、具体的な金額を計算して請求していく!

 上記のように、まず時効の進行を止めた後は、具体的な金額を計算し、その金額の支払を請求していくことになります。ざっくりとした計算で使用者が支払いに応じてくれるのであれば、ご自身で計算して請求してもいいですが、そう簡単に支払われるものではありません。専門家に依頼して詳細に計算してもらい、請求していくことをお勧めします。  残業代計算の資料は、労働者が確保している場合もありますが、なかなか難しいのが現実です。したがって、最初の内容証明郵便段階で、残業代請求の意思表示とともに、計算に必要な資料一切を送付するよう要求することになります。  もし使用者側が何らの資料も提供してこない場合には、労働者側で取得できた資料や記憶の限りの実労働時間をもとに、計算するしかありません。そのような場合、おおよその計算をしたうえで、資料提供を受けたらそれに沿って計算し直すということも添えて、裁判手続きに移行してしまった方がよいでしょう。裁判手続きであれば、使用者側も残業代計算のための資料を出さざるを得ないでしょうし、民事訴訟であれば文書提出命令などの強制的な手段にて提出を求めることもできます。

■裁判をするなら残業代請求の意思表示から6カ月以内に手続きを!

 消滅時効との関係でもう一点注意が必要な点は、内容証明郵便等で時効の進行を一時止めても6カ月以内に裁判手続き等、必要な手続きを行わなければ、時効の一時停止の効果が無くなってしまう点です。  使用者との交渉がうまくいかない場合は、なるべく早い段階で裁判手続きに移行しましょう。

次回は、残業代請求の「3つの手続き」のうち裁判による手続き方法を、③の「民事訴訟を利用した請求の3種類の手続き」を中心に、実際に医師が起こした裁判例とともに説明したいと思います。

 

 

船越 雄一(ふなこし・ゆういち)

弁護士・ 弁護士法人戸田総合法律事務所所属。
インターネット法と労務管理の案件を多く取り扱い、高度な専門性を有する。著書に 『ブラック企業』と呼ばせない!労務管理・風評対策Q&A」(共著 中央経済社)。

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