アメリカの「ベッドサイドマナー」に学ぶ、患者コミュニケーション

山室 真澄 氏(North East Alabama Regional Medical Center in Anniston 心臓血管外科医)

「患者とのコミュニケーションがうまく取れない……」
普段の診療や病棟での回診で不安げな患者さんを前にし、悩まれた経験をお持ちの方は少なくないでしょう。

今回は、国外で20年以上にわたり外科医を続けてこられた山室真澄氏に、同氏がアメリカで学んだ「ベッドサイドマナー」についてのコラムをご寄稿いただきました。

日本人の感覚とは異なる面があってなお、「どう印象づけるか」というアメリカのコミュニケーション術を実践したからこそ見えた“患者コミュニケーションの根本”をご紹介いただきます。
山室 真澄(やまむろ・ますみ)
1985年、弘前大学医学部を卒業。イギリスのUniversity Hospital of Wales、アメリカのCleveland Clinic、University of Alabamaを経て、日本の町田市民病院にて心臓血管外科部長を歴任。その後再び渡米し、現在はアメリカ・アラバマ州のNorth East Alabama Regional Medical Center in Annistonにて心臓外科医として勤務している。

 

はじめに

インフォームドコンセントなどの普及により、医師と患者およびその家族との円滑なコミュニケーションは以前にも増して重要となってきている。
コミュニケーションは、「伝える方法」および「伝える内容」の二つの要素に分解できるのではないだろうかと私は思っている。

 

ベッドサイドマナーは“技術”である

私がかつて研修医であった頃、患者と話をする際のベッドサイドマナーに関する講義を受ける機会があった。ベッドサイドマナーとは、入院患者の病室における医師の態度のことである。洋の東西を問わず、「医師が患者の話を聞かない」という苦情は実に多い。話を聞いてくれない、というだけではもちろん医療過誤にはならない。しかしそのような小さな不満が積もり積もると、患者や家族対医師の関係は必ず悪化する。訴訟の多いアメリカでは要注意である。

この講義の内容は、「患者の話を聞くことがいかに大切か」を教えるものではなかった。「いかにして医師が患者の話を聞いているということを患者に印象付けるか」「いかにしてあなたのために時間を費やしていますよということを患者にアピールするか」という、伝える方法の技術なのであった。この講義は大変興味深かっただけではなく、今でも私の日々の仕事に役立っている。日本の感覚とはだいぶ異なるのであるが、この場を拝借してこの講義の要点を是非紹介してみたい。

 

「この医師はリラックスしている」と思わせることが大切

病室で話をする際に最も重要な事は、椅子に座って話をすることである。文字通り、腰を据えて、ということだ。椅子は患者の近く、かつ入り口から遠いところに引き寄せるのが好ましい。入り口近くの椅子で話をすると、「早く済ませて部屋を出たいのであろう」と思わせてしまうからだ。椅子が複数あるときには、一番大きく、背もたれ肘掛のある椅子を選ぶ。椅子には深く腰掛け、背もたれに大きく身をまかせる。つまり、少々ふんぞり返るような体勢にする。上半身は心持ち左右どちらかに傾ける。肘掛に肘を立てて頬杖などすればなお良い。足は必ず組むこと。このようなことは、医師が急がずにリラックスして話をしていることを表出するのに役立つのだ。

さて、病室に椅子がなければどうするか。重要なのは、この場合でもやはり座ることである。患者のベッドの上に座るのだ。患者の足が邪魔で座れそうもなければ、患者に足を少しばかりずらしていただき、医師が座るためのスペースを確保する。ここでも忘れてならないのは、座った後は足を組むこと。

別の状況を想定しよう。家族や見舞い客たちが患者のベッドにすでに座っている場合はどうするか。このような場合は、基本の座ることはあきらめて立ち話とせざるを得ない。そしてここでもまた、重要なことがいくつか存在する。立ち話はなるべく患者の近く、かつなるべく部屋の奥に入ってする。間違ってもドア口で立ち話というようなことは、あってはならない。先に述べたように、「早く済ませて次の回診に移りたい」と思わせてしまうからだ。立つときの姿勢にも配慮がいる。決して直立で話をしてはいけない。壁にもたれかかるのだ。そうすることで医者が立ちっぱなしであっても、リラックスして患者の話を聞いている、いくらでも時間割いて話をする用意がある、ということを示せるからだ。

以上のようなことを、いわば技術として学んだわけである。しかし驚いたことにこの技術を使って行くうちにいつの間にか、本当に真剣に長い時間をかけて患者や家族とじっくりと話をしている、という非常に良好な状況が出来上がっていた。今から思うと、講師は我々にあくまでも技術として教えたのだが、技術の習得に付随する結果は彼には織り込み済みであったに違いない。

 

時間をかけて、わかりやすく、患者が理解するまで

さて、コミュニケーションのもうひとつの要素、伝える内容に関してはどうか。私が考える重要なポイントは、なるべく医学用語を避け、その上で必要な情報とそれに付随するやや広範囲に渡る情報を彼らが理解するまで説明する、ということに尽きる。

手術前の説明であれば、私はいつも次のことについて説明をしている。正常状態での生理学。患者の持っている疾患と発生機序。疾患の病態生理。治療法の選択肢と私の推奨する治療法の詳細。期待される回復経過。可能性のある合併症。手術死亡率。平均的術後在院日数。退院後の中長期での回復過程。長期的な再発の有無。術後の生活習慣改善指導。

このような多岐にわたる内容を医学用語を避けて話すとなると、最初はそれなりの訓練が必要である。我々医師は、「医学用語は患者や家族にとっては決して理解できる言語ではない」と常に心しておくべきである。そして伝える技術で先述したように、説明には時間をかける必要がある。私の場合、これらの説明に最低でも1時間弱を要する。説明が終わった時点で患者が、「今までの誰よりも時間をかけてわかりやすく説明してくれた」と言ってくれれば、私の目的は達成されたことになる。

 

おわりに

以上が私の拙い経験である。国が違えば文化や習慣も当然異なる。私がここで紹介したアメリカでのベッドサイドマナーが丸ごと日本で通用するはずはない。しかし患者や家族と良好なコミュニケーションを取ろうと試みる際に、時間をかけてわかりやすく、という根本を私の経験から少しでも感じ取っていただけたら幸いである。

 

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