卒後10-20年、中堅医師としての道を拓く 若手医師を育てる「Teaching Skill」講習会

【第5回】アンガーマネジメント

浜田 久之 氏(内科医/長崎大学病院 医療教育開発センター センター長・教授)

卒後10年~20年も経つと、臨床経験も豊富になり、中堅どころとして現場の第一線で活躍されている先生も多くいらっしゃることと思います。一方で、若手医師の教育を任され、不安や迷いの中、試行錯誤されている方も少なくないのではないでしょうか。
初期研修が義務化されて10年。4月には新専門医制度も開始されました。地域の医療を守り、病院が生き残るために、「若手医師を育てられる」ことが重要視される昨今、若手医師への適切な指導やキャリア育成のできる「教育力」を持つ医師のニーズが高まっています。

本シリーズでは、医学博士・教育学博士であり、内科医として毎日現場で若手医師の指導に力を注ぐ浜田久之氏(長崎大学病院 医療教育開発センター長)に、明日から実践できる若手医師の教育ノウハウ=「Teaching Skill」を12回連載で解説していただきます。

第5回は、怒りのコントロール術「アンガーマネジメント」を習得しましょう。

 

忙しい医師でも大丈夫

前回申し上げましたように、私は研修医を叱って(≒怒って)数々の失敗をしてきました。今でも懲りずに失敗しているのですが、そのおかげで学んだことも多くあります。

世の中には自分の「怒りの種類」を分析したり、「怒りノート」をつけたりする方法があるようですが、忙しい先生方には実現不可能です。そこで今回は(私も完璧ではありませんが)、すぐにできる実用的なアンガーマネジメントをお伝えします。

 

熱血先生は、訴えられる?

あなたは、1年目研修医の出来無翔太(できないしょうた)君を毎日のように鍛えています。

「出来無もうやった? えっ、オーダーしてないの。やれって言っただろう!」
「おまえ、できないなら、できないって言えよ。いいよ、俺がやる」
「まだ? 遅いな~、早く! 頑張れ、出来無!」

あなたは、研修医の出来無君の成長を願い「叱って」いるつもりですが、研修医側からするとただ単に「怒る」ことで感情をぶちまけているように見える可能性があります。

このような指導をしがちなのが、非常に教育熱心な病棟の若手リーダーの先生、急変や急患対応に強い先生、仕事に誇りと責任を持っているリーダー的存在の先生……。そうです、かつての私、今のあなたです。

こんな人は、危ない。指導をパワハラと捉えられ、最悪、訴えられる可能性があります。出来無君がどう思っているかは想像がつきません。人の心の中には闇があります。
「出来無は、俺のことを、俺の指導をわかってくれている」
などと思っていませんか?
その考えは、危険ですよ。

あなたのような熱血型の先生には、おそらく確固とした理想(掟)があるでしょう。

【掟①】
研修医は、早朝から出て来て、指導医が来る前に回診をして病状を把握しておくべき。

【掟②】
研修医は、手技の前に何度も予習をして、物品を完全に準備しておくべき。

【掟③】
研修医は、朝一番に来て、医局の冷蔵庫のビールがなくなっていたら補充すべき。

これは、私が研修医の時に、熱血指導医から授かった掟です。
①と②は、今でも研修医にやってほしいと思いますが、③を言ったら今の時代はアウトでしょうね(笑)。そもそも、病院で飲酒をするということがなくなりましたから、不要な掟となりましたが。

冗談はさておき、おわかりかと思いますが、熱心な指導医ほど頭の中に「理想の研修医像」があり、目の前の研修医にも「~すべき」と強いるし、できないと怒ってしまいます。理想の研修医は掟もしっかり守るというイメージがあるのです。

 

理想とのギャップがあるから怒る

では、怒らないようにするには、理想を持たなければいいのでしょうか?
確かにそうだとは思いますが、これはなかなかできません。理想に向かって研修医を導かないと、教えている意味がなくなる。熱血指導医の中では、「理想=研修医の到達目標」となっているのです。

しかしながら、今の研修は昔の制度と違います。2~3カ月ごとローテイトするので、今の研修医に対して、入局制度の頃の昔の理想を持ち出すのは酷であります。また、時代も変わりつつあります。「セブン・イレブン(朝7時~夜11時、ガンガン働く)」から「ファミマ(ファミリーが待っているから早く帰る)」へと、変わりつつあります。

つまり、「あなたの理想の研修医=目の前の研修医の出来無翔太君の到達目標」にすることは、無理があるのだと思います。

 

アンガーマネジメントその1:掟の変更

まずは、あなた自身の理想の研修医像を変える必要があります。あなたの時代と今は違うのです。時代と共に人も変わります。
「そうではない! 医師たるもの、崇高な信念を持ち、精進すべき!」
おっしゃる通り。それはそれで大切にしてください。いつか機会があれば、ゆっくりと研修医に話してあげてください。今は、目の前の研修医の出来無翔太君のための掟を作ってあげることが必要です。

上記の掟①~③なら、下記のように変化させる必要があるでしょう。

【改変掟①】
研修医は、早朝から出て来て、指導医が来る前に回診をして病状を把握しておくべき。

【改変掟②】
研修医は、手技の前に何度も予習をしておき、物品を完全に準備しておくべき。

【改変掟③】
指導医は、研修医は、朝一番に来て、医局の冷蔵庫のビールがなくなっていたらからエネルギーを補充すべき。

出来無翔太君には、出来ない研修医なりの掟(目標)でOKなのです。次にローテイトしてくる外科志望の優秀な出来翔子さんの時は、掟の赤線を消して、戻せばいいのです。
つまり、あなたの研修医に対する掟を、研修医の実力に合わせて変化させれば、あなたの怒りも収まります。アンガーマネジメントでは、「掟の変更」が最も重要です。

 

アンガーマネジメントその2:おまじない

アンガーマネジメントの本を読んでみたり、講習会に出てみたりすると、よく「6秒数えろ」といわれます。怒りが爆発するまで6秒くらいかかるので、その間に「1、2、3、4、5、6」と数えると怒りが収まるというわけです。私もやったことがありますが、まあまあ有効だと思います。

他にも、色々な方法があります。

  • ・深呼吸
  • ・自分の手をパンと叩く
  • ・自分の手をグーパーグーパーと握って開く動作を繰り返す
  • ・「無駄無駄無駄無駄」とつぶやく
  • ・座る(あるいは、横になる)
  • ・体を後ろに反らす

要は、攻撃態勢に入らないように、身体的にリラックスさせる「おまじない」を自分なりに作っておくのです。

 

アンガーマネジメントその3:研修医の前から消える

意外と効果があるのが、これです。
怒りそうになったら、目の前の研修医から逃げて、隣の部屋に行って、ひと呼吸してペットボトルの水を飲みます。すると怒りのピークは去ります。パソコンのスクリーンセイバーには、「Calm down、Calm down、Calm down」と白い文字が流れています。

私は、ほぼ毎日研修医と共に、外来をやっています。まず、研修医が患者を診て、カルテを書いてアセスメントをし、私に報告する。私がチェックし、患者さんを一緒に診るというのがだいたいの流れです。地域の小さな病院のプライマリケア外来ですと、半日で新患が5~20名来ます。暇なときはほとんど怒らないのですが、忙しくなると冒頭のように怒ってしまうことがあります。

研修医は、同じ間違いを何度も繰り返します。研修医だから仕方がないのですが、患者さんの命がかかっている場合(重症患者と判明し急ぎ大学へ搬送する必要があるなど)に、決定的なミスをされたりすると、未熟な私の怒りはピークへ達します。

そういう時に、ふっと、研修医の前から姿を消すのです。ほんの15~20秒程度です。その間に、ほとんどの研修医の先生は私の怒りに気づいて、修復しようとしてくれます。もちろん、ダメダメ研修医は、さらにミスを拡大させている場合もありますが、冷静になった私は、ため息をつきながらも、落ち着いて指導を再開できます。

前回も書きましたように、怒ると損をします。怒った後に研修医をフォローしたり、食事に連れて行ったり、再指導したりしても、パワハラで訴えられたりするかもしれません。怒ると自分の気持ちもみじめなものになります。

 

アンガーマネジメントその4:張り紙

だから、私の自宅のパソコンには「怒ると損」と張り紙したり、大学の机の上には「パワハラ禁止」のステッカーを張ったりしています。スマホの待ち受け画面に、怒った人の醜いマンガを入れて、戒めにしたりしました。あちこちに、注意喚起を促す張り紙作戦ですね。抑止力にはなっています。これは非常に簡単なので、やってみてください。ただし、人に見られるのが嫌な人は、自分しかわからないようなサインや絵や暗号にしてもいいと思います。

 

怒りを制する者が指導を制する

いかがでしたか? 目の前の研修医の出来無翔太君を、なるべく叱らず、怒らず、成長させてみようではありませんか! それは自分自身をマネジメントできるかどうかという、自分との闘いでもあります。

「怒らない」自分を目指す修行だと思って、出来無翔太君を指導してみましょう!

次回は、指導医をタイプ別に分類し、「良い指導医」の条件について考えてみたいと思います。

<参考>
アンガーマネジメント協会
https://www.angermanagement.co.jp/
小林浩志『パワハラ防止のための アンガーマネジメント入門』(2014年、東洋経済新報社)
https://store.toyokeizai.net/books/9784492045237/
安藤俊介『アンガーマネジメント入門』(2016年、朝日新聞出版)
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=18389

 

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浜田 久之(はまだ・ひさゆき)
大分医科大卒。内科医、消化器内科専門医、プライマリケア学会指導医。
博士(医学)、博士(教育)。認定医学教育専門家。
予備校講師・学習塾経営を経て、長崎の内科医局に入り地域の中小病院で働く。卒後5年目頃より研修医指導をしながら、野戦病院にて総合診療病棟等の立ち上げ等に関わるが、疲弊し辞表を提出したことも。
10年目、逃げるようにトロント大学へ。帰国後開業するつもりだったが、カナダの医学教育に衝撃を受ける。帰国後、社会人大学院生として名古屋大学大学院教育発達科学研究科で学びながら、カナダで修得した成人教育理論を基礎としたTeaching技法を伝える指導医講習会を主催。現在1000名以上が受講している。
「教うるは学ぶの半ばなり」。日々挫折や葛藤の中で学び続けている。
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