「ファイナンス視点で考える、失敗しない“開業”のススメ」

第3回:開業にかかるお金

杉山 正徳 氏(㈱日医リース/医業経営コンサルタント)

第1回で医師の開業をめぐる最新事情、第2回で開業のリスクとメリットについてお話をさせていただきました。第3回となる今回は、弊社主催の開業セミナーの中でも人気のテーマ、気になる開業の「お金」についてお話しします。

 

必要なお金は開業資金だけじゃない!? ライフイベントから考える「お金」のこと

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図1は医師が開業する場合のライフステージをプライベート(個人)とクリニック経営(事業)それぞれの面から示したものになります。
クリニック経営は、開業、改築や移転、分院や法人化、設備入替を経て、最終的に事業承継もしくは閉院という流れをたどります。中でも、図表青枠部分、開業して軌道に乗り出すまでの期間は、設備資金や運転資金など、多くの費用が必要になります。
一方、プライベートでもこの時期は出費がかさみがちです。連載第1回「データからみるクリニックと医師」でお話ししたように、クリニック開業時の院長の平均年齢は41.3歳。青枠の時期は、だいたい30代後半から50代前半にあたり、子どもの進学や住宅の購入など、大きなライフイベントが重なるからです。
予想外のプライベートでの資金流出が多くなってしまった方からは、「負担は精神的にもつらかった」というお話も伺います。

 

プライベートでの出費&ローンも、億単位!?

プライベートにおける大きな出費の一つとして、住宅購入が挙げられます。住宅購入時の費用は平均で世帯年収の6.5倍(2016年度フラット35利用者調査 住宅金融支援機構)。医師の方ですと億単位の住宅ローンを背負われる場合も見受けられます。

また、お子さんがいらっしゃる場合は、教育費も大きな出費となります。仮に小学校から高校まで私立に通い、私大の医学部に進学した場合、合計で3,000万円以上の教育費が必要となります。この費用は、大学によってはさらに多くなってきます(詳細は、「医師が得する"お金"のハナシ 第8回 医学部進学&学費にかかる金額は?」を参照ください)。

 

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私が仕事をさせていただいている中で最近目立つのは、投資用不動産(マンション、アパート等)に係るローンです。勤務医時代の年収をベースに節税対策として不動産購入をされているのはよいのですが、多額の借入をされていると開業時の資金調達において影響を及ぼすことがあります。自動車も同様、多額のローンを組まれている場合は注意が必要です。

 

開業は借金と共に~借入と返済

クリニック経営に必要な費用については後ほど詳しく説明しますが、多くの医師が、上記プライベート(住宅・教育・車・介護等)の資金確保と事業(開業資金)の資金確保を主に金融機関からの借入でまかなっています。開業医で借入金のある方は全体の半数以上、開業して5年以内では85.8%の医師が借入を行なっています(図4)。

 

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当然、借り入れたお金は返済しなければなりません。ここで気をつけなければいけないのが、借入時の金利の検討とともに、その返済方法です。返済期間を出来るだけ長くして月々の支払負担を低減させる、経営が安定したら繰り上げ弁済を行っていくなど、経営状況に合わせて返済の仕方にも目を配ることが重要です。顧問税理士と相談しながら進めていくとよいでしょう。

さて、前述のプライベートでかかる費用とあわせて、借入として用意しておくべき開業資金は、どのように算出すればよいのでしょうか。
いよいよ本題、開業時にかかるお金についてのお話しです。

 

開業時に必要なお金とは~設備資金と運転資金

開業時に必要な資金は、開業候補地を決めた後に事業計画を立てて、借入する金融機関にその計画を説明し協力を求めることで確保を図ります。
事業計画づくりは融資を受けるための大切な工程であると同時に、医師としての視点に加えて経営者としての視点も求められる、開業を考える医師の方にとっての最初のハードルとも言えるでしょう。作成した事業計画書はご両親をはじめとする身内の方、開業に係る関係者の皆さまよりさまざまなご支援をいただくための大切なプレゼン資料にもなります。
ここでは開業にかかるお金について、事業計画の分類に沿って説明していきたいと思います。

開業資金は大きく分類すると設備資金と運転資金に分けられます。まずは、設備資金からみていきましょう。

(1)設備資金
代表的な資金用途としては以下のものが挙げられます。

①土地・建物資金
戸建の医院の場合は不動産に多額な資金を投下する必要があります。事業に見合ったサイズでの資金投下であればよいのですが、打ち合わせを重ねていくうちに予算がオーバーしていたなどのお話もよく聞きます。
物件の中には「建貸」という手法を用いて一度に多額な資金投下を避ける手法もあります。(図5)。地主が土地の有効利用(相続対策など)の一環で診療所を建てて賃貸契約を結ぶ形や、建物賃貸会社(リース会社等)が地主から土地を借りて診療所を建てて賃貸契約を結ぶ形などがあります。開業地のロケーションや地域の不動産価格、自院の事業計画等を踏まえて、資金計画に落し込みます。

 

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②ビル・テナント賃貸関連
戸建クリニックに比べ初期の資金投下を抑えることができます。開業前に入居申込~賃貸契約を締結します。その際、保証金(賃料の6カ月~10カ月程度)や不動産仲介手数料等諸費用がかかります。
都心や大型ターミナル駅至近で開業をされる場合、賃料も相応な金額になるため、医院の大きさを抑えるなどの工夫も必要になってきます。また建物全体の運営方針にも従う必要があります。特に大型商業施設内に入居される場合は、診療時間や内装工事などの制約やルールが発生することも多く、注意が必要です。

③内装工事
坪単価いくらで工事ができるか、というご質問をよくいただきますが、入居するテナントの大きさ、形、構造、などによって工事代金も異なります。
開業候補物件が見つかった後、医院内装の経験がある工事会社や設計事務所の方との内見、医院として適切なビル・テナントかどうかのチェックは必須です。問題がない場合は、内装工事の見積もりを出してもうことになります。

④医療機器
医療機器の費用は診療科目によっては資金計画上大きなウエイトを占めます(図6)。機器購入金額とは別に工事費用(X線防護工事、LAN回線工事、MRI等大型機器設置工事費用等)や保守料(電子カルテ・検査機器等)が別途かかる場合があります。

特に高額機器を導入する場合は、入念に収支シミュレーションを行うことが健全な医院経営を目指す上で重要になってきます。使用頻度が多い機器や電子カルテ等、将来的に買替が必要になってくるものはリースを活用して一度の多額な資金投入をヘッジするのも一つです。

 

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(2)運転資金
診療報酬の7割が入金されるのは診療後約2カ月後になります。それまでに人件費や材料費その他の支払いが先行するので、医院経営においては必ず運転資金が必要になります。特に開業においては、開業前から人件費や光熱費・家賃等の支払が先行しますので多額の運転資金が必要になります。
経営が軌道に乗るまでの間の運転資金を確保することが重要になります。
図7は開業して1年目の悩みについての調査ですが、「経費」や「資金繰り」に悩んでいる経営者が多いことが読み取れます。このことからも、医院経営にかかる毎月の費用を把握した上で、十分な運転資金を確保しておくことが重要といえます。

 

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それでは、運転資金にはどのようなものが含まれるのか、順を追ってみていきましょう。

①固定費
医院開業後にかかる費用には、固定費と変動費があります。固定費には、地代家賃(駐車場)、人件費、リース料、借入金返済などが含まれます(図8青枠内の赤字部分)。出費の中心はこの固定費。診療科目や個々の環境によって金額はさまざまですが、目安として開業して半年~1年程度の固定費を念頭に、運転資金として確保すべき額を算出されるとよいでしょう。

 

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②変動費
変動費には、医療材料費(薬剤費・衛生材料費)、検査外注費、水道光熱費などが含まれます。先ほど半年~1年程度の固定費を念頭に運転資金の額を算出する、とお伝えしましたが変動費は開業後予想外に多く発生する可能性もあるため、運転資金はやはり半年~1年分の金額を確保しておくとよいでしょう。

 

実際のところ、いくらかかるの? 開業費用例

開業場所や診療科目、診療内容、診療方針などで同じ診療科目でも開業費用は大きく変わってきます。開業を考え始めたら情報収集をしっかり行い、一緒に開業まで相談できる方をみつけることが大事になってきます。

(1)ケース① 自宅兼診療所 土地建物購入 内科消化器科
土地建物の借入が大きい分、月の返済負担を減らすため長期の借入期間を設定。
返済期間を自宅土地建物32年、医院土地建物部分25年、医療機器7年、運転資金10年に設定。使用頻度が高く、将来的に入替の可能性が高い内視鏡と電子カルテなどはリースで調達。

 

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(2)ケース② テナント開業 脳神経外科
一番費用が掛かるMRIを長期のリースで調達(契約期間10年)。
設備資金15年、運転資金10年。建築前の賃貸マンションの1階に入居申込。
自院であるテナントの意見も建設工事で取り入れてもらい、内装工事費用のコスト削減もできた。

 

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(2)ケース③ テナント開業 眼科分院
郊外型商業モール内での分院開業。本院でも銀行借入が残っているため医療機器はリースを活用し銀行融資枠温存。早期の立ち上がりが予想されるため、銀行借入返済期間は10年、リース契約期間を5年とし早期の経費化を図った。

 

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まとめ

ここまで、開業にかかるお金について概要をご紹介しました。設備資金に関しては、金額が大きくその後の経営にも継続的に影響するため、投資した設備がどれくらいの収益を生むのかを十分に検討し、慎重に決断されることをおすすめします。
繰り返しになりますが、運転資金に関しては、半年~1年分の金額を確保しておくとよいでしょう。

次回は開業時における資金調達の種類や方法についてご紹介します。

なお、本記事では説明を割愛させていただきましたが、開業時にかかるお金は、医療機器の設備費用などをはじめ科目によって事情が異なってきます。科目別のおおよその投資金額や開業資金全般についてのご相談はセミナーや個別相談会でご案内しておりますので、ご興味のある方はご参照いただけますと幸いです。

<参考>
日本医師会定例記者会見「開業動機と開業医(開設者)の実情に関するアンケート調査」(2009年9月30日)
http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20090930_21.pdf
日医総研ワーキングペーパー「開業動機と開業医(開設者)の実情に 関するアンケート調査」(P54 / 2009年9月30日 日本医師会総合政策研究機構)
http://www.jmari.med.or.jp/download/WP201.pdf

 

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杉山 正徳(すぎやま・まさのり)
(株)日医リース 営業推進部 新規開業支援室室長/(公社)日本医業経営コンサルタント協会認定医業経営コンサルタント。医療専門リース会社で培った経験を元に、各種セミナー講演や医師の資金調達の相談やファイナンスプランの提案を行う。
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