Dr.石原藤樹の「映画に医見!」

【第2回】午後8時の訪問者~時間外にクリニックのベルが鳴る。あなたならどうする?

石原 藤樹 氏(北品川藤クリニック 院長)

医療という題材は、今や映画を語るうえで欠かせないひとつのカテゴリー(ジャンル)として浸透しています。医療従事者でも納得できる設定や描写をもつ素晴らしい作品がある一方、「こんなのあり得ない」と感じてしまうような詰めの甘い作品があるのもまた事実。

シリーズ「Dr.石原藤樹の『映画に医見!』」は、医師が医師のために作品の魅力を紹介し、作品にツッコミを入れる連載企画。執筆いただくのは、自身のブログで100本を超える映画レビューを書いてきた、北品川藤クリニック院長の石原藤樹氏です。

第1回の『チームバチスタの栄光』に続き、今回は『午後8時の訪問者』をご紹介いただきます。

現役医師だからこそ書ける、愛あるツッコミの数々をお楽しみください(皆さまからのツッコミも、「コメント欄」でお待ちしております!)。

 

映画『午後8時の訪問者』の概要

今日ご紹介するのは、2016年のベルギー・フランス合作映画『午後8時の訪問者』です。監督はカンヌ国際映画祭でパルムドール大賞を受賞した巨匠、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟。日本では2017年にロードショー公開されました。比較的地味に公開された作品なので、ご存じのない方も多いかも知れません。ただ、これは一般の人より医療関係者が見ると、とても刺激的で面白い作品なのです。

舞台はベルギーの街中にあるプライマリケアのクリニック。高齢の院長は病気のため入院し、代診として一時的に若い女性医師が診療を担当しています。彼女がこの映画の主人公ジェニーです。ある日診察時間を1時間以上過ぎた午後8時に、クリニックのベルが鳴ります。普段なら誰が来たのかと確認するところですが、反抗的な研修医と喧嘩をして、イライラしていたところだったので、ジェニーは確認をせずにスルーしてしまいます。

しかし翌日警察がクリニックを突然訪問し、若いアフリカ系の女性が近くで殺されたことが分かります。クリニックの入り口の監視カメラを確認したところ、彼女が最後に助けを求めたのが、ジェニーのクリニックだったのです。

ジェニーは訪問者を確認しなかった責任を感じ、自分で事件の真相を探ろうとします。殺された女性は誰で、犯人は誰なのでしょうか?

 

見どころはヨーロッパの医療事情

この作品の分類としては社会派のサスペンス映画で、主人公の素人探偵が独自の推理で事件を解決しようとして、そのために危険に遭ったりします。背景としてはヨーロッパの移民の貧困と、そこに付け入るセックス産業の問題などが描かれています。その部分もなかなか面白いのですが、一人の医者としてこの作品を観る時、ストーリー以上に興味深いのは、舞台となっているヨーロッパの医療事情です。

ベルギーはかかりつけ医制が取られているようで、主人公が勤務しているクリニックは、かかりつけ医として契約している患者さんの一次診療を行うことがその役目であるようです。外来以外に在宅診療も行っていて、主に夜の時間などに、在宅の患者さんを回っています。日本のようなフリーアクセスではなく、患者さんが自分のかかりつけ医を選んで契約していて、そうした患者さんの数を確保しておくことが、クリニックの経営の安定に不可欠なようです。

クリニックにはレントゲンなどの画像診断の機器はなく、診察所見から画像診断や精査が必要と判断すると、連携している病院や専門施設に検査や診療を依頼します。研修医が実習のために手伝うことはありますが、看護師もいないので、基本的には医者が一人で全てに対応しています。たとえばオープニングでは肺気腫の老人を診察していて、聴診所見などから診断を絞り込むと、レントゲンの依頼書を書いて病院に検査を依頼しています。けいれん発作の小児が受診すると、すぐに病院に移送して診療を依頼しています。脳波などで異常がないという連絡を電話で受けると、その結果はクリニックで説明します。

主人公は総合医療センターへの就職が決まっていたのですが、事件をきっかけとして、引退する開業医の後を継ぎ、クリニックの医師となる決意をします。ただ、当の開業医は「保険の患者ばかりで儲からないぞ」というような話をしますし、医療センターの医師からは「もったいない」と言われたりします。つまり、病院の勤務医と開業医との関係は、日本と同じように存在しているようです。

どうも苦労の割に経済的には苦しそうなベルギーのかかりつけ医ですが、この映画の主人公は、そこに生き甲斐を見出したようです。皆さんは同じ立場ならどうしますか? この映画の中でのかかりつけ医の日常は、その全てが事実にのっとっているかはもちろん分かりませんが、かなりリアルに描かれているので、自分の身に置き換えて考えてみるのも面白いと思います。
私なら……、もう少し検査機器は欲しいですね。日本的な考えかも知れません。

 

時間外の患者の訪問にどう対応するのか

基本的に救急対応ができないかかりつけ医のクリニックで、時間外に玄関のベルが鳴らされたらどうすればいいのでしょうか? 今は24時間対応できる体制が開業医でも求められるようになっていますから、この問題は意外に切実なものになってきていると思います。

この映画のように、助けを求めた女性が決死の思いでベルを鳴らし、その直後に殺されてしまう、というような事態は、まあ滅多にないようなトラブルだと思いますが、夜具合が悪くて訪問したが門前払いをされて、翌日病院へ行って緊急入院になった、というようなケースはまれではないように思います。患者さんは常に結果論で考えますから、そうした場合には時間外で診察をする義務がなくても、診てくれなかった医療機関を恨むと思います。

私のクリニックは転送電話で診療時間外は対応していますが、定例の休診日であったにもかかわらず、「まだ診療時間のはずなのにドアが閉まっているのはどういう訳だ!」と激怒する電話が掛かってくることもしばしばで、つくづく時間外の対応は難しいなと思う毎日です。

 

自分ならどうするか? 医師の立場で考えながら観る映画

この作品は医師にとってとても身近なサスペンスで、ヨーロッパのプライマリケアの医師の日常が、リアルに描かれているという面白さがあります。ちょっと怒られると、キレてすぐ田舎に帰ってしまう研修医というのもあるあるですし、仕事を休むための診断書を書くことを拒否して患者さんにすごまれるのも、よくあることですよね。このように、場所は変わっても変わらない医療がある一方で、病気への対応や医療制度など、大きく違っている部分もあります。

そこで描かれる事件と、時間外のベルに応えなかったことで自分を激しく責める主人公の倫理観は、さすがにちょっと優等生的過ぎる感じもしますが、ちょっとした油断や気の緩みから後悔を招くのも医療の常で、自分に寄せて考えることで、患者さんへの対応力アップに役立つという面もあるように思います。

このように、『午後8時の訪問者』は全ての医師にお勧めしたい面白い1本で、この映画を一般の観客に独占させておくのはもったいないと思います。皆さんも是非ご覧下さい。そして、主人公の決断をどのように考えるか、その感想を聞かせて欲しいと思います。

※映画『午後8時の訪問者』の公式サイトはこちら。

 

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石原 藤樹(いしはら・ふじき)
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。
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