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医師と労働基準法~高度プロフェッショナル労働制~

労働基準法改正の一環として「高度プロフェッショナル労働制」が提案され、それによって「残業代をゼロにする」ということが話題となりました。これは一部の専門職に対し、法定労働時間をなくして労働時間ではなく「成果」を基準とした働き方を推奨するというものです。
医師は免許が必要な専門職ですが、「高度プロフェッショナル労働制」が導入された場合、医師は対象になるのか、対象になるとしたら待遇はどう変化するのでしょうか。

高度プロフェッショナル労働制とは

高度プロフェッショナル労働制は、正式には「特定高度専門業務・成果型労働制」といいます。特定の条件を満たす人々に対し、週40時間を上限とした労働時間規制の適用を除外するというもので、労働時間にかかわらず労働の「成果」を評価し、報酬を支払うという仕組みです。この制度の目的は、定時内での業務遂行や、生産性の向上にあるといわれています。

この制度を適用する場合は、以下の3つの条件をすべて満たす必要があります(※1)。

  • (1)労働者は一定の水準以上の年収がある
    (年収1,075万円を基準に検討中、省令で規定)
  • (2)労働者の職務の範囲が明確であり、かつ労働者は高度な職業能力を有している
  • (3)経営者は制度を適用する場合、長時間労働防止措置を講じる

適用される業務については厚生労働省が規定しますが、現在のところ

  • ・ディーラー(金融商品のディーリング業務)
  • ・アナリスト(企業・市場などの高度な分析業務)
  • ・コンサルタント(事業・業務の企画運営に関する高度な考案または助言の業務)
  • ・研究開発業務

などの専門職に適用される見込みです(※2)。

また、条件に合致すれば、必ず制度の対象となるわけでもありません。この制度の導入には対象労働者の同意が必要となります(※3)。

 

高度プロフェッショナル労働制の狙い

制度を提案する狙いは、第一に「専門職の人を長時間労働から解放し、働きすぎを抑止する」というものです(※4)。
現代の日本には、労働時間の「定時」があるばかりに、通常8時間かかる仕事を4時間で片付ける能力を持つ人が、余剰の4時間で倍の仕事をこなす、あるいは押し付けられているという状況があります。
この状況を打破するため、高度プロフェッショナル労働制では「定時」という概念をなくします。労働契約を交わす際に、「職務の範囲」を決定し、雇用者はそれに応じた額を支払います(※5)。
つまり、会社から任された8時間分の仕事を、有能な人が4時間で済ませたら、4時間で仕事を終えていいのです。短時間で成果を上げられる人にとっては自由な時間が増えることになり、育児や介護、自己啓発などに時間を充てることが可能となります(※6)。

 

「残業代ゼロ」に対する労働者の不安

労働者には「通常の労働時間では片付かない量の仕事を割り振られ長時間労働を強いられるうえに、残業手当が付かなくなるのでは」という懸念があります。もちろん、能力や技術、そして勤務時間に見合った仕事量を配分するのが雇用主の務めです。しかし「ブラック企業」「過労死」などが社会問題となる日本では、制度を悪用し「残業代もなしに途方もない量の仕事をさせる」企業が出てくるのではないかと考えられています。
このような事態を防ぐため、以下の長時間労働防止措置が考案されています。

  • ・事業場の内外で働いた時間の総計「健康管理時間」の上限設定
  • ・業務を終えて次の仕事に取りかかるまでに休息時間を設ける「勤務時間インターバル」の導入
  • ・年104日以上の休日取得

「長時間労働防止措置」の実施は、1つは義務ですが、残りの2つの措置については会社の自主性に任されます。そのため、経営の苦しい中小企業などではその「自主性」をいいように解釈し、長時間労働を強いるところが出てくるかもしれません。

また、制度の導入には対象労働者の同意が必要ですが、労使関係において立場の弱い労働者が強制的に同意させられるケースがないともいえないでしょう。

8時間分の給料で、100時間分の仕事を押し付けられる……そんな事態が起こりうる可能性を危惧しているのです。

 

現時点で、医師は適用対象外

結論から述べれば、現時点で勤務医は高度プロフェッショナル労働制の対象にはなっていません。ただし、適用される業務に「研究開発業務」が含まれることから、一部の研究医については適用される可能性があります。

全国医師ユニオンは「そもそも医師は仕事に対し時間的な裁量権を持っていない」として、制度は適用されるべきでないと主張しています。
近年の医師不足により、勤務医は過酷な勤務状況に置かれています。急患が出れば自らの体調不良を押してでも出勤し、ろくに睡眠や休息を取れず、過労死やうつに追い込まれる医師も少なくありません。現在の状況に、この制度が曲解されて持ち込まれれば、さらなる医療崩壊を引き起こすとの懸念もあります。

一方で、制度が成立すればその適用範囲がなし崩し的に緩和されていき、結局すべての労働者が対象となるのではないか、という不安が大きいのも事実です。
その前例には、労働者派遣法があります。この法律は当初厳格な基準を定めていましたが、徐々に適用範囲が拡大され、現在では一部の例外を除いて事実上派遣が自由化されてしまいました。
また、過去に日本経団連は、高度プロフェッショナル労働制の元となる制度「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」の導入を提案した際、労働時間の規制撤廃の範囲として年収400万円以上の労働者を対象にすると提言した過去もあります。
以上の事実を踏まえて、制度の導入に反対する意見も多くあります。

 

対象になったら……時間外手当は?

先に述べたように、制度の適用範囲が拡大され、勤務医にも高度プロフェッショナル労働制が適用される可能性もあります。それでは勤務医に適用された場合、待遇などはどのように変化するのでしょうか。

(1)個人の成果に応じた賃金が得られる
給与ついては労使条件で「職務の範囲」を定め、個人の成果に見合った給与が支払われます。年俸制のようなものですが、残業手当・休日出勤手当などの時間外手当はつきません。
(2)定時がなくなる
労働基準法では労働時間の上限を一日8時間、週40時間と限定していますが、高度プロフェッショナル労働制の対象者にはこの上限が適用されません。そのため「業務時間」に明確な規定はなく、個人に課せられた「成果」を達成するまでが業務時間となります。

高度プロフェッショナル労働制は、成果が達成されたら報酬が支払われるというシステムです。成果を達成すれば、勤務時間に関係なく仕事を終えていいということになります。極端な例ではありますが、「患者100人の診察」を職務とするのであれば、「患者を100人診察したらその日の業務は終了」ということになります。
しかし、医師の仕事がそのような条件で決定されていいのかは疑問が残りますし、仕事の成果をどのように規定するかについても不明瞭な部分が多いのが現状です。

 

時間外手当が増える見込みも

今回の労働基準法改正においては、高度プロフェッショナル労働制のほか、「割増賃金率の適用猶予の見直し」も提案されています。
現在の労働基準法では、1カ月あたり60時間を超える時間外労働に対して、5割の割増率で計算した割増賃金の支払いが義務付けられています。ただし中小企業は免除されてきたため、割増賃金率は2割5分に留まっていました(※7)。
割増賃金率の適用猶予の見直しとは、この制度を中小企業にも適用するというものです。特に長時間労働者の比率が高い業種を対象に、長時間労働を抑制することを目的としています(※8)。
一定の条件を満たす医療機関も「中小企業」に該当するため、病床数の少ないクリニックなどではこの割増賃金率が適用される可能性もあります(※9)。
改正案が成立し施行されれば、小規模病院や個人医院などに勤める医師は、時間外手当がぐっと増えるので、待遇改善が見込めます。

 

【まとめ】

  • ・高度プロフェッショナル労働制は長時間労働から専門職の人を解放するためのもの
  • ・ただしそのシステムを悪用する企業が出ないとは限らず、どこまでが「専門職」とされるのかなどの懸念点も多い
  • ・医師が「専門職」に含まれるかはまだ不明だが、可能性がないとは言い切れない
  • ・適用された場合は、一定の給与で延々と働かされる恐れも……?

2015年9月25日に第189回国会は閉会し、高度プロフェッショナル制度を含む「残業代ゼロ法案」は成立せず、次期国会へと先送りという結果になりました。そして、次期国会でもし残業代ゼロ法案が成立すれば、平成28年4月より施行されることとなります。
勤務医が対象になる可能性は低いですが、可能性がないとは言い切れません。
人の生命に関わる職業である医師の仕事は、時間で縛ることが難しく、特殊な勤務形態になりがちです。適用されるならば、医師という職業に対して配慮のある制度となってほしいと強く願います。

(文・エピロギ編集部)

 

<参考>

※注1 「高度プロフェッショナル労働制」の危険性
http://www.hrpro.co.jp/news_trend.php?news_no=220
※注2 厚生労働省労働政策審議会「今後の労働時間法制等の在り方について」
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000075958.pdf
※注3 同上
※注4 第115回労働政策審議会労働条件分科会 資料No.2(平成26年9月11日)
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000057477.pdf
※注5 第122回労働政策審議会労働条件分科会資料 今後の労働時間法制等の在り方について(報告書骨子案)
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000071224.pdf
※注6 残業代ゼロに? 知らなきゃ損する高度プロフェッショナル労働制のキホン
http://doda.jp/careercompass/compassnews/20150605-12835.html
※注7 かいけつ!人事労務「【専門家の知恵】労働基準法改正案、国会へ~中小企業に与える影響は・・・」
https://www.kaiketsu-j.com/index.php/senmonka/129-syugyokisoku/4882-chie-takimoto1507-2
※注8 企業法務ナビ「中小企業にとって大打撃?の改正労基法の『割増賃金率の適用猶予廃止』」
http://www.corporate-legal.jp/houmu_news1883/
※注9 福岡労働局「改正労働基準法の 『法定割増賃金率の引上げ関係』については、
中小企業には、当分の間適用が猶予されます。」

http://fukuoka-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/hourei_seido/_119554.html
厚生労働省「2015年2月6日 第124回労働政策審議会労働条件分科会 議事録」(閲覧日:2015年10月16日)
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000079439.html
厚生労働省「労働基準法等の一部を改正する法律案(平成27年4月3日提出)」(閲覧日:2015年10月16日)
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/189.html
高井経営労務事務所「高度プロフェッショナル労働制 労働政策審議会の報告書骨子案の詳細を読む [★ 労働基準法]」(閲覧日:2015年10月16日)
http://takai-sr.blog.so-net.ne.jp/2015-01-21
弁護士法人クレア法律事務所「労働基準法改正案(特定高度専門業務・成果型労働制)についての解説」(閲覧日:2015年10月16日)
http://www.clairlaw.jp/blog/kyoheiyanagida/2015/04/post-6.html
東京保険医協会「【視点】過労死を促進する『残業代ゼロ法案』の危険性」(閲覧日:2015年10月16日)
http://www.hokeni.org/top/medicalnews/2015medicalnews/150415roudouhoukaisei.html
労働法ナビ「高度プロフェッショナル労働制の概要」(閲覧日:2015年10月16日)
https://www.rosei.jp/lawdb/topics/article.php?entry_no=65219
m3.com「”残業代ゼロ”制、臨床医は対象外の方針」(閲覧日:2015年10月16日)
https://www.m3.com/news/iryoishin/293224
全国医師ユニオン「過労死を促進しかねない新ホワイトカラー・エグゼンプションに反対する」(閲覧日:2015年10月16日)
http://union.or.jp/company/statement/
47NEWS「労働時間規制に特例  一部企業で実験導入検討  『過労死招く』労組反発(閲覧日:2015年10月16日)
http://www.47news.jp/47topics/e/244742.php

 

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