ノーベル賞で辿る医学の歴史

【番外編】2016年受賞速報|大隅良典氏、「オートファジー」でノーベル医学・生理学賞を受賞

「その前年に人類のために最大の貢献をした人たちに、賞の形で分配されるものとする。」
アルフレッド・バルンハート・ノーベルの遺言によって創設されたノーベル賞。その一分野である医学・生理学賞の受賞を振り返ると、人類と病の闘いの歴史であることがわかります。いまでは当然と思われている医学の常識が成立するまでに、研究者たちは多くの困難を乗り越えてきました。
今回は番外編として、2016年ノーベル医学・生理学賞受賞速報をお届けします。

「オートファジー」のメカニズムを解明した大隅氏

2016年のノーベル医学・生理学賞は、「オートファジー」のメカニズムを解明した、理学博士で東京工業大栄誉教授の大隅良典氏の単独受賞となりました。
日本のノーベル賞受賞者は、彼で25人目。医学・生理学賞では1987年の利根川進氏、2012年の山中伸弥氏、昨年の大村智氏に次ぐ4人目となります。

「オートファジー」とは、細胞が自らタンパク質などを分解し再利用する現象で、単細胞生物から人間まで、すべての動植物の細胞に共通して備わる基本機能です。生命活動の基本となる仕組みで、生命の維持に欠かせないものです。

ギリシャ語で自分を意味する「オート」と食べることを意味する「ファジー」を組み合わせた言葉で、日本語では「自食作用」と訳されます。

人間をはじめとした動植物は、細胞活動によって生命を保っており、その活動にはタンパク質が欠かせません。タンパク質は基本的に食事などから摂取するものですが、一時的な飢餓状態に陥ると、細胞が自らタンパク質を作り出し、生命を維持しようとすることがあります。このとき、細胞内では不要なタンパク質を分解・リサイクルして新たなタンパク質を生成しています。この仕組みこそがオートファジーです。
例えば、生まれたばかりの新生児が、母乳を飲めるようになるまで生命を保つことができるのも、オートファジーによって自ら栄養を補っているからだとされています。

1950年代からその概念が唱えられていましたが、分子レベルでの解析は遅れており、研究は停滞していました。

研究が進展するきっかけとなったのが、1988年の大隅氏の発見です。彼は東京大学の研究室にて、細胞の液胞を観察していました。その際に、液胞の中にある小さなタンパク質の粒が激しく動くことを発見。これこそ、世界で初めてオートファジーの様子を顕微鏡で捉えた瞬間です。
その後の研究で、大隅氏はオートファジーに必要な遺伝子を次々に特定していきます。こうした発見により、オートファジーが生命の基本的仕組みであることが明らかになりました。また、病気の発症や老化などの生理機能との関連も明らかになってきており、治療への応用の可能性が出てきたことで、多くの研究者がオートファジーに興味を示し、いまや世界的に激しい研究競争が行われる分野となりました。

アメリカ・フィラデルフィアにあるペンシルベニア大学では、10年以上前からオートファジーの研究を活かしたがん治療の研究が進められています。臨床研究の結果では、皮膚がんの一種であるメラノーマの患者において、肺や肝臓、脳などの他の部位に転移したがんが小さくなったケースが報告されているそうです。
そのほか、ヒトの老化や糖尿病、アルツハイマー病などさまざまな病気との関連が指摘されており、さらなる期待が寄せられています。

 

結果は大隅良典氏の単独受賞

大隅氏による「オートファジー」の発見は、細胞に含まれる「液胞」の調査研究から始まりました。液胞とは細胞の中にある器官の1つで、当時は特別な役割を持たない「細胞のゴミ溜め」と考えられていました。科学者の多くが気にも留めなかった存在に対し、「何か役割があるはずだ」と興味を持ち、研究を始めたといいます。このエピソードについて、大隅氏は以下のコメントを残しています。

「わたしの研究は当時のはやりでは全くなかったけれど、液胞は単なるゴミ溜めだとは思っていなかった。バラが美しい赤色なのは、液胞にたまった色素が赤いから。レモンが酸っぱいのは液胞に酸が貯まっているから。つまり、液胞には生命にとって、とても大切な役割が秘められているはずで、その謎を解明するほうが、はやりの研究をして他の研究者と競争するより、ずっとおもしろいと思った」
(引用元: NHKニュース「ノーベル賞 大隅さん支えた信念」)

これまで多くの研究者が放置していた生理学の領域の1つを、長年の努力と並々ならぬ探究心で開拓してきた大隅氏。

ちなみに、ノーベル賞は毎年部門ごとに3人までが表彰の対象になりますが、共同研究者との合同受賞となることも珍しくありません。現に2015年の医学・生理学賞では、「線虫の寄生によって引き起こされる感染症に対する新たな治療法に関する発見」の功績で、ウィリアム・C・キャンベル氏と日本の大村智氏が共同受賞しています。

これに対して大隅氏の場合は単独受賞。医学・生理学賞における単独受賞は、世界的にも数年に一度の快挙です。日本では1987年に利根川進氏が「抗体の多様性に関する遺伝的原理の発見」で受賞して以来の単独受賞となります。

オートファジーに必要な遺伝子を発見した90年代以降、世界から「オートファジーの父」と呼ばれてきた大隅氏。同じ研究室の所属していた医師で東京大学教授の水島昇氏や動物の細胞研究に詳しい大阪大学教授の吉森保氏らとともに、世界をリードしてきました。大手調査会社トムソン・ロイター(米)によると、オートファジーの論文は治療への応用可能性が出てきたことでこの15年で約60倍に増えましたが、被引用数では日本の論文が上位を占めています。中でも、大隅氏が93年に発表した論文は「もっとも重要な論文」と評価されています。

今回の受賞では、オートファジー研究の第一人者としてオリジナリティのある研究を進め、根源的な生命現象を遺伝子レベルで解明したこととともに、治療研究に道を開く業績が評価され、単独受賞に繋がったと言われています。

 

応用研究重視型の社会に警鐘

大隅氏は、会見にてノーベル賞受賞への喜びを表すとともに、基礎科学の重要性が見過ごされがちな現代社会への憂いを語りました。

「私は『役に立つ』という言葉がとっても社会をだめにしていると思っています。数年後に事業化できることと同義語になっていることに問題がある。本当に役に立つことは10年後、あるいは100年後かもしれない。社会が将来を見据えて、科学を一つの文化として認めてくれるような社会にならないかなあと強く願っています」
(引用元:http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/03/osumi-press-conference_n_12309182.html

この背景には、日本政府による学術研究予算の削減があります。ここ10年以上、国公立大学・私立大学への助成金の削減が続いており、すぐに成果が現れる研究ばかりに補助金が偏っている現状です。2016年7月には、日本の主要な11大学から成る学術研究懇談会が「短期的成果を求めて出口指向を強める方向の研究に過度に傾きつつある」と警鐘を鳴らしましたが、具体的な解決策は提示されていません。

「何とかなるさという精神で、いろんなことにチャレンジしてくれる人たちが増えてくれることを強く望んでいる。ただ、そんな易しいことではないので、社会が支えるような環境を少しでも作れれば」
(引用元:http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/03/osumi-press-conference_n_12309182.html

 

大隅氏の受賞で、長期的な視点で研究する重要性が改めてクローズアップされています。治療研究の土壌となる基礎研究を大切にする社会に日本はなれるのか。今回の受賞がその“一石”となることを願います。

授賞式は12月10日、スウェーデンのストックホルムで開かれる予定です。

(文・エピロギ編集部)

 

※次回の『ノーベル賞で辿る医学の歴史』では、「オートファジー研究」について、さらに詳しく取り上げます。

 

<参考>
毎日新聞「ノーベル賞 医学生理学賞に大隅良典・東京工業大栄誉教授」
https://mainichi.jp/articles/20161004/k00/00m/040/018000c
ニュースイッチ「ノーベル医学生理学賞を受賞した大隅教授の「オートファジー」とは?」 (Yahoo!ニュース)
(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161003-00010003-newswitch-sctch)
榎木英介「速報ノーベル医学生理学賞~大隅良典博士の単独受賞!」(Yahoo!ニュース )
http://bylines.news.yahoo.co.jp/enokieisuke/20161003-00062843/
産経新聞「大隅良典さんノーベル医学・生理学賞受賞:「科学が『役に立つ』という言葉が社会を駄目にしている」 ノーベル賞・大隅教授(1/2)」(ITmedia ニュース)
(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1610/04/news049.html)
吉野太一郎「「社会がゆとりを持って基礎科学を見守って」ノーベル賞の大隅良典さんは受賞会見で繰り返し訴えた」(The Huffington Post)
http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/03/osumi-press-conference_n_12309182.html
NHKニュース「ノーベル賞 大隅さん支えた信念」
(http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2016_1005.html)

『朝日新聞』(2016.10.3朝刊 東京版)
『毎日新聞』(2016.10.3朝刊 東京版)
『読売新聞』(2016.10.3朝刊 東京版)
『日本経済新聞』(2016.10.3朝刊 東京版)

 

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