ノーベル賞で辿る医学の歴史

第14回 2017年受賞研究紹介|なぜヒトは夜に眠くなる? 体内時計の仕組みと歴史

「その前年に人類のために最大の貢献をした人たちに、賞の形で分配されるものとする」
アルフレッド・バルンハート・ノーベルの遺言によって創設されたノーベル賞。その一分野である医学・生理学賞の受賞を振り返ると、人類と病の闘いの歴史であることがわかります。いまでは当然と思われている医学の常識が成立するまでに、研究者たちは多くの困難を乗り越えてきました。
今回は特別編として、2017年のノーベル医学・生理学賞に輝いた「体内時計を制御する分子メカニズムの発見」の歴史について紹介します。

 

医学とも関連の深い2研究が2017年ノーベル賞を受賞

2017年のノーベル医学・生理学賞を受賞したのは、ジェフリー・ホール氏(米国ブランダイス大学名誉教授)、マイケル・ロスバッシュ氏(同大教授)、マイケル・ヤング氏(米国ロックフェラー大教授)の3名です。彼らは体内時計を司る遺伝子のメカニズムを解明し、分子生物学の発展に寄与したことで評価されました。

また、化学賞はジャック・ドゥボシェ氏(スイス・ローザンヌ大学名誉教授)、リチャード・ヘンダーソン氏(英国MRC分子生物学研究所)、ヨアヒム・フランク氏(米コロンビア大学教授)の3名に決定。受賞理由は医学とも関連の深い「クライオ電子顕微鏡の開発」に貢献したことです。クライオ電子顕微鏡とは、溶液中の生体分子の構造を高い解像度で観察できる電子顕微鏡です。この顕微鏡は幅広い種類のタンパク質の構造の観察を可能にするため、タンパク質が持つ機能の研究に大きく貢献しました。また、現在はウイルスなどの病原体研究にも役立っています。

 

オジギソウから始まった体内時計研究の歴史

それではここから、今回医学・生理学賞を受賞した「体内時計と遺伝子」の研究について、その歴史を振り返ってみましょう。

体内時計の研究は古くからヨーロッパを中心に行われてきました。最も有名なのは、1729年にフランスの天文学者ドゥ・メランがオジギソウを用いて行った実験です。彼は洞窟の中にオジギソウを持ち込み、オジギソウが太陽光の有無に関わらず一定の時間になると就眠運動(葉を閉じる運動)を行うことを発見しました。この発表から、当時の科学者たちは「生物は、太陽光の有無に関係なく作動する、『体内時計』という生活リズムを司るシステムを持っている」と推測します。

その後、同様の実験はヒトに対しても行われます。1960年代にドイツの生理学者ユルゲン・アショフは、時計のない薄暗い部屋に被験者を隔離して、生活リズムの変化を調査する実験を行いました。その結果、太陽の光がないにも関わらず、ヒトは約24時間の生活リズムに基づいて起床・就寝を行うことが示されました。

1970年代には、分子生物学者のシーモア・ベンザーの実験があります。彼はランダムに遺伝子変異を起こしたハエを用意すると、その中から体内時計が狂ったハエのみを取り上げて研究しました。その結果、体内時計に異常を来したハエは特定の遺伝子に変異が起きていたことが分かりました。そこから、ハエが持つ特定の遺伝子が体内時計を制御していると予測したのです。

これら既存の研究を踏まえて、体内時計の仕組みを明らかにしたのがホール氏、ロスバシュ氏、ヤング氏の3名です。まず、ホール氏とロスバシュ氏の研究グループと、ヤング氏率いる研究グループがショウジョウバエの遺伝子変異を徹底的に調べ上げ、ハエの体内時計に影響を与える時計遺伝子「ピリオド」を1984年に発見しました。

続いてホール氏とロスバシュ氏は「ピリオド」がタンパク質を作り出すこと、そのタンパク質は夜間に増加し昼間は分解されることを発見。このタンパク質の増減により、ハエの体内時計が制御されていることを明らかにしました。そしてヤング氏は、「ピリオド」の機能を補うもう一つの時計遺伝子「タイムレス」を特定し、体内時計のメカニズム解明に貢献しました。ショウジョウバエとヒトの体内時計の構造は似ていることから、現在では哺乳類を対象とした研究も数多く行われています。

 

「時計じかけのオレンジ」など日本の研究にも注目が集まる

体内時計に関する研究では、日本の科学者も多くの功績を挙げています。

特に有名なのは東京大学大学院医学系研究科の上田泰己(うえだ・ひろき)教授です。彼は東京大学医学部に入学し、3年生の頃から分子生物学の研究を開始。5年生のときに山之内製薬に外部研究者として迎えられ、大学院在籍中には27歳の若さで理化学研究所チームリーダーに抜擢されるなど、類まれなる才能を発揮しています。

上田氏は2007年、ショウジョウバエの体内時計において重要な役割を担う新遺伝子を発見します。この遺伝子には時計遺伝子の発現を抑える働きがあり、体内時計の制御を司っていることが分かりました。また、遺伝子は「Orangeドメイン」と呼ばれるタンパク質構造を持つことから、アンソニー・バージェスの小説にちなんで「時計じかけのオレンジ(clockwork orange)」[略称:cwo]遺伝子と名付けられました。
さらに2009年には哺乳類の体内時計の周期を決定する化学物質を同定します。これは体内時計のリズムが周囲の温度の影響をほとんど受けないこと(温度補償性)の仕組みを解析したもので、哺乳類が持つ体内時計のメカニズム解明に大きく貢献しました。

一方で、2014年には理化学研究所の内匠透(たくみ・とおる)教授率いる研究チームが、哺乳類のみが持つ時計遺伝子「クロノ」の存在を明らかにしました。こちらは「最後の時計遺伝子」と呼ばれ、研究者の間でも長年謎となっていた存在です。この研究は、体内時計と精神機能の関係を解明することにもつながるとして期待されています。

 

臨床医学の応用に向けて

体内時計の研究が進むにつれて、不規則な生活リズムや夜更かしが人間の体に悪影響を及ぼすことが分かってきました。体内時計は人間の睡眠や体温、内分泌代謝など身体のあらゆる仕組みに密接に関わっています。そのため、生活リズムの乱れは不眠やうつ病、心臓病などさまざまな疾患のリスクを高めるとされています。さらにある実験では、時計遺伝子に異常を来したマウスでがん細胞の増殖が見られたというデータもあり、がんとの関係も指摘されています。

そこで期待が高まっているのが、体内時計の臨床医学への応用です。
例えば予防医学の分野では、時計遺伝子と脂肪代謝の関係に注目した健康指導法が考案されています。また、体内時計に投薬のタイミングを合わせることで薬の効果を引き出す「時間治療」という手法も注目を集めています。
夜勤やシフト制勤務など、不規則な生活に陥りがちな現代において、体内時計の仕組みを理解し疾病予防・治療に役立てることは重要です。不眠やうつ病、時差ボケなどの改善を目的に、各国ではいまもさまざまな研究が進められています。

(文・エピロギ編集部)

<参考>
毎日新聞「ノーベル医学生理学賞:米国研究者3人に 体内時計を解明」
(https://mainichi.jp/articles/20171003/k00/00m/040/038000c)
東洋経済オンライン「ノーベル医学賞「体内時計研究」の意外な功績」
(http://toyokeizai.net/articles/-/191405)
Nature Research「体内時計の鍵となる新たな遺伝子を発見!」
(http://www.natureasia.com/ja-jp/jobs/tokushu/detail/27)
理化学研究所「体内時計をつかさどる「時間の定規」を発見」
(http://www.riken.jp/pr/press/2009/20090901/)
理化学研究所「最後の時計遺伝子見つかる」
(http://www.riken.jp/pr/press/2014/20140416_1/)
日本医事新報社「体内時計と健康、研究のさらなる隆盛を願う」
(https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=8304)
日経サイエンス「2017年ノーベル生理学・医学賞:体内時計を生み出す遺伝子機構の発見で米の3氏に」
(http://www.nikkei-science.com/?p=54610)

 

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