弁護士が教える医師のためのトラブル回避術

第2回 医師の離婚~特徴と対策~

財産分与の割合は? 地位や世間体は? -離婚と聞いて楽しいイメージが沸くわけもない中で、特に困難を極めるのが「医師の離婚」。異性間トラブルやお家騒動といったデリケートな問題をはらんだケースが多いのも実情です。今回は気になる医師の離婚事情について,費用や期間・知っておきたいポイントについて弁護士が解説いたします。

1. 医師の離婚の特徴

 医師の方が離婚する場合には、通常の離婚の場合に争いになる点に加え、医師特有の問題があります。例えば、婚姻の際、妻の実家の医院を継ぐために婿養子に入っているケースや妻を従業員として雇用しているケースでは婚姻関係の解消に加え、これらの関係についても解消する必要があります。また、夫婦のどちらかが医療法人の出資持分を持っているケースでは財産分与に際し、夫婦共有財産にあたるのか、財産をどのように評価するのかについて激しく争われることになります。

 そこで、今回は、具体的なケースを例に、通常の離婚手続きの流れを踏まえつつ、 医師の離婚の特徴とその対策を紹介したいと思います。なお、今回は開業医の方を例にとっていますが、離婚の手続き自体は勤務医の方も変わりありませんので是非参考にしてみてください。

 

2. 順風満帆の結婚生活、不倫発覚、そして……

 私は都内に住む45歳の開業医で四郎といいます。父親の代からの医院を引き継いで経営しております。34歳の時に10歳年下の妻京子と結婚しました。知人の紹介で知り合い、私の一目ぼれでした。
 結婚した翌年には、長男も生まれ、その2年後に長女も誕生しました。長女が生まれた翌年に、実家の近くにマンションを購入しました。まさに、順風満帆の人生。のはずでしたが、気が強く、お嬢様育ちでわがままな妻との生活に疲れていたのかもしれません。1年ほど前から医院に勤務する女性看護師と親しくなり、次第に深い関係になってしまいました。彼女の名前は麻里子と言い25歳です。気配り上手で、いつも明るい笑顔を絶やさない麻里子に惹かれて行きました……。
 もっとも、こんなことがいつまでも続くはずもなく、2週間ほど前に、携帯のやり取りを妻に見られたことがきっかけで、問い詰められ、麻里子とのことが発覚してしまいました。
 翌日、仕事から帰ると、家に妻も子供2人もおらず、リビングのテーブルの上に、子どもを連れて実家に帰るという内容の置手紙が置かれていました。その後、何度か話し合いをしましたが、妻は私に離婚を求めています。不倫をしたのは、私の落ち度です。しかしながら、病院を譲ってくれた父の手前、また、院内での立場を考えると離婚はしたくありません。

 夫の不倫を知った妻が夫に離婚を求めているという事案です。離婚する場合には、まず、夫婦間で話し合いがもたれるのが通常です。
 話し合いで合意ができれば、離婚届を役所に提出して離婚を成立させることができます。このように、話し合いで夫婦が合意し、離婚届を提出する形式の離婚を「協議離婚」と呼びます。
 協議離婚のように円満に事が進まないケース、例えば夫婦の間で離婚の際の条件が詰め切れない場合や、離婚そのものに意見の相違があり合意が成立しない場合には、家庭裁判所に離婚調停を申し立てることもできます。離婚調停については後の方で説明します。なお、離婚訴訟という手続きもありますが、法律上、離婚調停を行わずに、いきなり離婚訴訟を提起することはできません。話し合いがうまくいかず法的手続を行う場合には、まずは離婚調停から始めることになります。
 なお、不倫発覚のきっかけとしては、最近は携帯のメールやLINEを見てというものが多いようです。携帯にロックをかけていない場合や、設定している場合もロックの番号が相手にばれていることもありますのでご注意を。夫婦の場合指紋認証もリスキーかもしれません。

 

3. 裁判所からの呼出状、そして調停は始まった

 その後、裁判所から呼出状と離婚調停の申立書が送られてきました。どうやら、妻が弁護士を立てて離婚調停を申し立てたようです。今後どのように手続は進むのでしょうか?

 離婚調停とは、裁判所で、離婚について話し合いをする手続きです。調停を申し立てた方を「申立人」、申立てられた方を「相手方」と呼びます。合意ができなければ離婚が成立しない点は協議離婚の場合と同じなのですが、調停委員と呼ばれる人たち(男女各1名の場合が多いです)が話し合いを仲介してくれるので、当事者だけでは上手く話し合いができない場合などに利用するメリットがあります。
調停の申立てがあると、裁判所から、調停の時間や場所を案内した呼出状と調停申立書が送られてきます。調停申立書は、申立人が作成したもので、その内容をみると離婚を求める理由や離婚の他に何を求めているか(養育費、財産分与、慰謝料など)が分かります。
 調停は、概ね月1回程度のペースで開かれ、上記のとおり調停委員と呼ばれる人たち(男女各1名の場合が多いです)が話し合いを仲介してくれます。通常、同席ではなく交互に部屋に入って話をするので相手がその場にいると上手く話せないという方も安心です。なお、調停は、原則、相手方の住所を管轄する裁判所に申し立てる必要がありますので、相手方が遠方に住んでいるケースですと申立人の負担は大きくなります。
 話し合いを進める中で、当事者に合意ができれば、調停離婚が成立し、合意内容を記載した調停調書という書面が作られます。
 話し合いをしても夫婦双方が合意に至る見込みがない場合には、調停は不成立となり、離婚調停の手続は終了します。それでも離婚したい場合には、離婚訴訟を提起する必要があります。
 離婚調停の期間ですが、さほど争いがないケースで3か月程度、争いになるケースでは1年程度かかることもあります。離婚訴訟は、判決まで行くのであれば1年は覚悟しておいた方がよいでしょう。

 

4. 婚姻費用分担調停?

 離婚調停申立書と一緒に婚姻費用分担調停申立書というのも送られてきたのですが、婚姻費用分担調停とは何でしょうか?

 夫婦には、互いに扶養する義務があります。そのため、別居中の夫婦の一方(通常は収入が少ない方)は他方に対して生活費を支払うよう請求することができ、この生活費のことを婚姻費用といいます。したがって、婚姻費用分担調停とは、自身に婚姻費用を支払うよう求める調停ということになります。
 よく、「相手が勝手に出て行った場合でも支払う義務があるのですか?」というご質問を受けるのですが、支払義務を負わせるのがよほど酷な事情(例えば、相手が不倫相手と一緒に暮らしていて帰ってこないなど)がない限りは、支払い義務があるとされています。
 婚姻費用の額については、現在では、婚姻費用算定表をもとに算出するというのが裁判所の運用になっています。婚姻費用算定表は裁判所のホームページにも掲載されていますのでご参考になさってください。ここでは、東京家庭裁判所のホームページをご案内します。

 婚姻費用算定表とは、①夫の年収、②妻の年収、③子の年齢と人数、をもとに一定の算定式に当てはめて金額を計算した結果をまとめた表です。例えば、勤務医で夫の年収が1,500万円(手取りではなく額面)、妻の年収が100万円、子ども2人(ともに15歳未満)、というケースでは、算定表上、婚姻費用は、月額26万円~28万円となります。
 もっとも、特別な事情がある場合には、算定式は修正されるとされており、例えば、子どもが私立学校に通っているような場合にはこの金額はさらに増えます。
 医師の方の特徴として、一般の家庭よりも年収が高額であることが多い点が挙げられますが、そのような場合、婚姻費用が非常に高額に算出されます。そのため、本件のようなケースでは、夫は離婚又は別居状態が解消されるまでの間、高額な婚姻費用を毎月支払い続ける必要が生じ大きな負担となります。なお、算定表は、給与所得者で2,000万円、自営業者で1,409万円までしか上限を設けておりませんので、それを超える年収がある場合には、算定式を用いて個別に算出する必要があります。
 婚姻費用の算定に際しては、「注目すべきポイント」というものがあり、この点を適切に考慮するか否かで、金額が大きく変わってきますので、婚姻費用を請求された場合には、離婚問題に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。

 

5. 財産分与は激しく争われることも

 離婚したいという妻の意思は固いようです。自分も訴訟までするつもりはないので、調停で話をまとめようと思います。妻は、自分が親権者となって子どもを育てたいと希望しており自分もその点は争うつもりはありません。調停では、離婚に伴う条件についても取り決めを行うと聞いたのですが、条件を決める際に注意することはありますか?

 日本では、夫婦が離婚する際には、必ず子の親権者を夫婦のどちらかに決めなければなりません。その他の条件については必須というわけではないのですが、離婚調停成立時に、養育費、面会交流、財産分与、慰謝料などの条件を一緒に決めることが多いです。
 ここでは、医師の方の場合に特に注意すべき項目として、財産分与について、みていきたいと思います。
 財産分与とは、婚姻期間中に夫婦の協力により形成された財産(夫婦共有財産といいます)を離婚に伴い夫婦で分ける手続きです。対象の財産としては、預貯金、現金、不動産、株式、保険の解約返戻金、自動車等多岐にわたります。名義は関係ありません。もっとも、一方配偶者が婚姻前に持っていた財産、相続により得た財産などは、夫婦の協力により形成されたとはいえませんので、財産分与の対象から外れます(特有財産といいます)。
 財産分与の割合については、現在では、原則2分の1とされています。もっとも、個人の特別の技能、才能により高額な財産が形成された場合には、その点を考慮して財産分与の割合が修正されることもあります。
 なお、通常、動産類は財産的価値がさほど高くないため特に財産分与の対象としませんが、医師の方の場合ですと、貴金属や時計、絵画など高額の動産も考えられますので、慎重に対象財産をリスト化することが大事です。
 また、医院の運営主体が医療法人である場合、医療法人の財産が夫婦共有財産に該当するか否かという点が争われることもあります。この点、医療法人と個人は別人格であるため、原則、医療法人の財産は夫婦共有財産には当たりません。しかし、例えば、節税対策等の目的で、実質的には夫婦共有財産に当たる財産を医療法人名義にしている等の事情がある場合には、法人名義の財産でも夫婦共有財産に当たると判断される場合もあります
 さらに、平成19年4月1日よりも前に設立された医療法人については、医療法人に出資した人(=社員といいます)は、定款に定めがあれば、退社時に出資割合に応じ持分の払い戻しを受けることも可能です。そのため、出資が夫婦共有財産から出損されている場合には、持分も財産分与の対象となります。
 もっとも、持分の財産的価値をどのように評価するかという点については具体的事情によって変わってきます。例えば、大阪高裁平成26年3月13日判決では、医師であり出資持分の約96%を持つ夫が現時点において退社して出資払戻請求するとは考えられないこと、当該医療法人の事業運営上の変化の予想が困難であることなどを考慮して、当該医療法人の純資産額の7割をもって出資持分の評価額としています。したがって、具体的事案に応じて、細やかに見ていく必要があります。

 

6. 離婚しただけでは関係は清算されない

 これまで妻を私の経営する医院に雇用して、事務などをしてもらっていたのですが、離婚すれば当然に雇用契約は終了になるのですか?

 離婚と雇用契約は法的には別の話になります。そのため、離婚したからといって当然に雇用契約が終了するわけではありません。通常は、妻が自宅を出て別居を始めた時点で出勤しなくなるケースが多いでしょうし、妻としても雇用の継続を望んでいないでしょうから、遅くとも離婚時までに、妻に退職届を提出してもらう、合意退職したことを確認する書面を作成するなどして雇用関係が終了したことを明確にしておくべきです。なお、「離婚するから」というだけでは解雇の理由としては認められませんので、妻がどうしても協力してくれない場合には、離婚成立時に、退職金代わりに多少金銭を上乗せすることも検討する必要があります。
 妻を形式上医療法人の理事にしているケースもあろうかと思いますが、これについても雇用契約の場合同様、離婚に伴い当然に終了するわけではありませんので、定款の定めに従い、社員総会を招集し、解任の決議を行い理事の地位を喪失させる必要があります。
 なお、今回の事例とは離れますが、仮に、夫が妻の実家が経営する医院を継ぐために婿養子に入っているような場合には、離婚しただけでは養子関係は解消されませんので、別途、離縁の手続きをとる必要があります。

 

7. 離婚に関する弁護士費用について

 一律の基準はないのですが、着手金(依頼時に支払う費用)成功報酬(事件終了時に支払う費用)に分けて料金設定している事務所がほとんどです。離婚事件の場合、事件の難易度にもよりますが、着手金が30万円~50万円、成功報酬については、定額で30万円~50万円を固定の成功報酬と定めた上で、相手方から獲得できた金額や減額できた金額の数パーセントから10数パーセントを変動部分の成功報酬とする法律事務所が多いようです。
 裁判所が遠方の場合には、これに出廷日当(裁判所に出廷したことによる費用)が1回につき数万円かかる場合もあります。また、事務所によっては、「親権に争いがある場合にはいくら追加費用が発生する」といったように難易度や作業量に応じて予め加算項目を設けている場合もあります。
  ホームページに料金を載せている事務所も多いですので、ご参考にされるとよいでしょう。

 

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西郷豊成(さいごう・とよなり))

弁護士・ 護士法人戸田総合法律事務所所属。

慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後,一橋大学法科大学院を修了。離婚や男女問題を多く取り扱う 。著書に 『ブラック企業』と呼ばせない!労務管理・風評対策Q&A」(共著 中央経済社)。

http://www.rikonlawfirm.com/ 
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