ノーベル賞で辿る医学の歴史

第2回 世紀の大発見「ペニシリン」

「その前年に人類のために最大の貢献をした人たちに、賞の形で分配されるものとする。」
アルフレッド・バルンハート・ノーベルの遺言によって創設されたノーベル賞。その一分野である医学・生理学賞の受賞を振返ると、人類と病の闘いの歴史であることがわかります。
いまでは当然と思われている医学の常識が成立するまでに、研究者たちたちは多くの困難を乗り越えてきました。その苦難の歴史、医学の発展の歴史を紹介します。
第二回は、戦後もっとも多くの命を救ったといわれる奇跡の薬「ペニシリン」について紹介します。

1. 近代医学の大革命、抗生物質の発見

300万年以上続いてきた、人間と病原菌との戦い。その歴史の中で、ペストやチフス、スペイン風邪などの感染症は多くの命を奪い、社会的な危機をもたらしてきました。感染症治療が確立されていない時代、人々は病に怯え、祈るほかなかったのです。
しかし1928年、アレクサンダー・フレミングが「ペニシリン」を発見したことが近代医学へ革命をもたらします。

ペニシリンとは、世界で初めて発見された抗生物質です。その効果は多くの感染症に有効で、肺炎や梅毒、敗血症、破傷風などさまざまな病気の治療に用いられてきました。

1928年のある日、イギリスの細菌学者フレミングは、ちょっとした不注意から菌を培養したシャーレにアオカビを生やしてしまいます。「せっかく培養したのに、これは処分だなあ……」と手に取ると、皿いっぱいに繁殖した菌が、なぜか“カビの周囲だけ”消えていることに気付きました。

フレミングは飛び抜けた観察力を持っていたことで有名です。「このカビには、菌を無効化する何らかの作用があるのでは?」と思った彼は、早速研究を開始。そして殺菌作用を持つ成分「ペニシリン」をアオカビから発見しました。

ミカンや食パンに青いカビが生えているのを見たことはありませんか。あのカビこそ、フレミングがペニシリンを発見するきっかけとなった「ペニシリウム」というカビです。

フレミングはペニシリンの殺菌作用に大変な価値があるとを確信し、その生産に乗り出します。しかしペニシリンの抽出は難しく、研究は難航しました。なかなか成果が出ないために医学関係者も取り合ってくれず、彼の研究はだんだんと忘れられていきました。

 

2. 戦後にかけて多くの命を救った“奇跡の薬”

それから10年後、オックスフォード大学に在籍するイギリスの病理学者・フローリーと、生化学者・チェインの2人がフレミングの論文を発見します。彼らもやはりペニシリンの殺菌作用に注目し、その抽出を試みました。研究チームはアメリカの財団から援助を受け、1940年、ついにペニシリンの精製に成功します。それからは生産体制を整え、1943年には月に50万人を治療することが可能となりました。

こうして精製されたペニシリンは、歴史上最も多くの命を救った薬の1つです。
例えば、第ニ次世界対戦では連合軍がペニシリンを携帯したことで、負傷した兵士の多くが壊疽や敗血症を起こさず回復したといわれています。ペニシリンの化膿を防ぐ作用が大いに活用された結果です。

日本も戦後からペニシリンの生産に着手し、1947年頃には日本全国へ流通するようになります。そのおかげで日本国内の感染症死亡率は劇的に降下し、平均寿命が大幅に上昇。戦前は40歳代前後であったものが、1950年頃には60歳前後まで上昇しています。もちろんこれには生活環境の変化もあると考えられますが、ペニシリンを含む抗生物質の存在が大きく影響したことは間違いないでしょう。

戦中から戦後にかけて多くの命を救ったペニシリン。これは“奇跡の薬”とも呼ばれ、近代医学を大きく発展させました。その功績を讃えて、フレミング、フローリー、チェインの3人には1945年にノーベル生理学・医学賞が授与されています。

 

3. 今もなお続く、感染症との戦い

感染症治療の普及により多くの命が救われ、3人の学者はノーベル賞を受賞し、めでたしめでたし……と思いきや、病原菌との戦いはこれで終わりません。抗生物質に耐性を持つ細菌、いわゆる「耐性菌」が現れたのです。

大量生産され安価となった“奇跡の薬”は、気軽に処方されるようになりました。欧米では、家畜の病気予防のために抗生物質を投与する事例も報告されています。しかし、抗生物質は本来重い病気のためのもので、ちょっとした体調不良や病気予防で使われるのは好ましくありません。

人類が新たな抗生物質を生み出す度に、病原菌も進化して耐性を得ています。抗生物質が開発され尽くした現代は、もはや治療できない感染症が現れてもおかしくない状況。「耐性菌問題はテロリズム並みの危機」と警鐘を鳴らす国家もあります。

この状況を重く見たWHOや先進国は、抗生物質の乱用対策を進めています。日本でも三重大学の研究グループが抗生物質の使用量把握システムを開発するなど対策に取り組んでいます。

抗生物質の処方は少しの手間で済みますが、耐性菌対策には膨大な費用と時間を要します。これから医療に携わる者には、感染症対策への高い意識が求められることでしょう。

抗生物質の発見により人類は病原菌に勝利したかに見えました。しかし、その戦いは終わることなくいまも続いています。エボラ出血熱のパンデミックも話題となり、2016年伊勢志摩サミットでは耐性菌対策について議論が行われる予定です。感染症はいまも人類共通の問題。日頃から、薬を処方する医師一人ひとりが危機感を持つことが大切です。

(文・エピロギ編集部)

<参考>
■ 第1章
「偶然と洞察」(『JSTニュースリリース』2009年2月号)
http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/2008/2009-02/index.html
「第45回ノーベル生理学・医学賞 20世紀最大の発見!ペニシリンとその治療効果の発見」(『サイエンスジャーナル』2013年10月28日)
http://sciencejournal.livedoor.biz/archives/4623903.html
公益社団法人日本薬学会「ペニシリン 有名なアオカビの話だけでは生まれてこなかった世界初の抗生物質」
http://www.pharm.or.jp/souyaku/peni.shtml
ファイザー日本法人「米国本社の歴史[1900年~1950年] 1928年世界を変えたカビ」
http://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/history-us/1900-1950.html

■第2章
「奇跡の特効薬「ペニシリン」 誕生を生んだ史上最大のセレンディピティ」(『現代ビジネス』2014年2月19日)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38404?page=6
木村 丹「抗菌薬開発の黎明」(2006年12月)
http://www.k2.dion.ne.jp/~drkimura/ko.htm

■第3章
「薬が効かない?! 多剤耐性菌という脅威」(『ドイツニュースダイジェスト』2016年4月1日)
http://www.newsdigest.de/newsde/column/doctor/4061-multi-drug-resistant-bacteria.html
「スーパー耐性菌」(『薬事日報』2010年7月16日)
http://www.yakuji.co.jp/entry19922.html
「抗生物質使用量把握システム 全国に登録呼びかけ」(『NHK NEWS WEB』2016年4月1日)
http://megalodon.jp/2016-0229-0740-12/www3.nhk.or.jp/news/html/20160229/k10010425211000.html
「北朝鮮問題と感染症対策 伊勢志摩サミットの主要議題に 日本政府方針」(『産経ニュース』2016年2月10日)
http://www.sankei.com/politics/news/160210/plt1602100003-n1.html
茨城県厚生農業協同組合連合会 土浦協同病院なめがた地域医療センター『こども新聞』「耐性肺炎球菌」
http://www.ndgh.jp/shinryo/syounika03_08.html
「抗生物質が効かない悪魔のスーパーバグがどれくらい怖い存在なのか理解できるムービー『The Antibiotic Apocalypse Explained」」(『GigaziNE』2016年3月18日)
http://gigazine.net/news/20160318-antibiotic-apocalypse-explained/

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