第3回 医術と呪術に長けた医師募集(エジプト・古代)
募集要項
・勤務時代:紀元前1500年頃
・勤務地域:エジプト
・勤務内容:薬剤の調合と処方、呪術による治療
仕事内容詳細
疾患に対応する薬剤の処方。医術書に従い、ケシ、蜂蜜、動物の糞、香油、ビールなど適切な材料を使用すること。
また、症例に合わせて適切な呪術を以て治療にあたること。
「半分は呪術師」だった古代エジプト医師
ナイル川の恵みのもと、紀元前3000年頃から紀元前332年まで栄えた古代エジプトでは、既に専門職としての医師が存在していました。
現在の医師と大きく異なる点は、当時の医術には外科的な処置や薬剤の処方だけでなく、まじないを唱えて神霊の力にすがる「呪術」も含まれていたことです。上のイラストは紀元前1500年頃のものとされる偏頭痛の治療法で、患者の頭の上に土でできたワニを乗せ、その口にハーブを詰め込んでまじないをかけるという方法がとられていました。
「目に見える症状」には外科的処置や薬剤治療など、現実的な処置がとられましたが、「目に見えない症状」への処置はまじないのみ、というケースも多かったようです。
当時、医療行為は神聖なものとされ、治療の際には必ず癒しの神への呪文が唱えられていました。紀元前1550年頃の写本が残っている医学書『エドウィン・スミス・パピルス』には、当時の外科的処置の方法が、まじないの文言とセットで記されています。
例)骨まで達する頭部外傷への処置
患者を見つめながら「頭部に傷を負った者よ、私はこの病を治さんとす」と唱える。
初日は新鮮な肉を巻き、リネンの包帯を2枚当てる。その後、患者が回復するまで動物の脂と蜂蜜、糸くずを使って処置をする。
この医学書には、他にも骨折の処置や腫瘍の切除方法など高度な治療方法が記載されており、まじないを伴うものではあっても、当時の医療水準が一部ではとても高かったことをうかがわせます。
古代の医学先進国だったエジプト
紀元前332年にローマ帝国により支配される以前のエジプトについては、非常に医学が進んでいたという記述が残されています。例えば紀元前8世紀のギリシアの詩人ホメロスは、長編叙事詩『オデュッセイア』の中で、「エジプト人はあらゆる人間の中で最も医学に秀でている」と記しました。紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスも、自らエジプトを訪れ、エジプト人の医療に関する知識の広さを書き残しています。
当時のエジプト医学は、頭を診る医師、腹を診る医師、歯科医、眼科医、産科医などさまざまな専門別に分かれていました。治療は医学書に記された治療法や処方の通りに行われ、医学書の通りに治療をして患者を救えなくても罪にはなりませんでしたが、医学書と異なる方法を用いて患者を死なせた場合には、重い罪に問われました。
古代エジプト医学の特徴の一つが、非常に多種多様な薬を治療に用いていたことです。内科領域の病気や治療法が臓器別にまとめられた、紀元前1550年頃の医学書『エーベルス・パピルス』には、200種類以上の治療薬が記載されています。
薬の材料には人間や動物の糞、髪の毛、花崗岩や赤鉄鉱など、薬効を期待できそうにないものもありましたが、ケシやセンナのように、現代でも有用な薬草や生薬も多く含まれていました。薬草や動物由来の成分、鉱物といった材料は、蜂蜜や牛乳、ビール、香油などと混ぜられて、内服薬や膏薬として用いられました。
こうした治療薬は外科的処置の方法などとともにギリシアやローマにも伝えられ、後世の医療に影響を与えることになりました。
世界最古のハゲ薬
『エーベルス・パピルス』には消化器科の病気から婦人科、皮膚科、眼科、神経科、循環器科の病気、果ては神や悪霊が引き起こす“アアアの病気”まで、実に多岐にわたる病気への処方が記されています。
中でも目を引くのは、「ハゲ」に関する薬の処方が記載されている点です。おそらく世界最古のハゲ薬の記述であり、薄毛は紀元前から人間の悩みであったことがうかがえます。
肝心の中身は、「ライオンの脂」「カバの脂」「ワニの脂」「ネコの脂」「ヘビの脂」「エジプトヤギの脂」を混ぜて、頭に塗るというもの。
効果のほどは定かではありませんが、現在この薬を作ろうとすると、ワシントン条約や各国の動物保護関連法に抵触するおそれがあります。ご注意ください。
(文・エピロギ編集部)
<参考>
バイナム、ウィリアム&ヘレン『Medicine―医学を変えた70の発見』(医学書院、2012)
吉岡ゆうこ&ネオフィスト研究所『人と薬の羅針盤 黎明編』(じほう、2013)
内田杉彦「古代エジプト人と病気」(閲覧日:2015年6月2日)
http://nirr.lib.niigata-u.ac.jp/bitstream/10623/23956/1/KJ00004166264.pdf
Egypt Travel Guide – Tour Egypt”The Edwin Smith Surgical Papyrus”(閲覧日:2015年6月2日)
http://www.touregypt.net/edwinsmithsurgical.htm
The Oriental Institute of the University of Chicago”THE PAPYRUS EBERS”(閲覧日:2015年6月2日)
http://oilib.uchicago.edu/books/bryan_the_papyrus_ebers_1930.pdf
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