勤務医が知っておきたい医学論文作成のイロハ

【最終回】論文不正にならないための注意点

康永 秀生 氏(東京大学大学院医学系研究科 教授)

臨床研究の実績として、医師のキャリアに大きく関係する医学論文。本シリーズは症例報告・原著論文を中心に、執筆から投稿までのコツを連載形式でご紹介します。解説いただくのは、東京大学大学院で臨床疫学と医療経済学の教授として若手研究員を指導、「Journal of Epidemiology」の編集委員も務める康永秀生氏です。臨床で忙しい勤務医でも書き上げられる「論文作成の方法」をレクチャーいただきます。

最終回となる今回は、論文不正にならないための注意点について解説します。残念なことに、古今東西、論文不正は絶えることがありません。ねつ造・改ざん・盗用などの論文不正について理解し、意図せず不正をしてしまうことのないようにしましょう。

 

1.論文不正に該当する行為

文部科学省は2014年に、医学論文の作成時も踏まえるべきである「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」を策定しました。ガイドラインでは、ねつ造(fabrication)、改ざん(falsification)、盗用(plagiarism)の3つを、研究活動における「特定不正行為」と定義しています。

ねつ造とは、存在しないデータや研究結果などを作成することです。改ざんとは、実験・観察によって得られたデータや研究結果などを虚偽のものに加工することです。盗用とは、他の研究者のアイデアやデータ・研究結果を自らのものと偽って使用したり、他の論文の記述を適切な引用をすることなく流用することです。

 

2.不正が及ぼす影響

不正を働いた場合の影響は当事者以外にもおよびます。ひとたび不正を行うと、不正を働いた本人だけでなく、研究の関係者も信頼を失ってしまうのです。

日本学術振興会編『科学の健全な発展のために -誠実な科学者の心得-』には、下記のように記されています。――「捏造,改ざんは,そもそも真理を探究するという科学研究の目的に反する重大な裏切りですが,科学者コミュニティに対する社会の信頼を失墜させ,また,人々の健康と安全に害悪を招くことすらある行為であることを認識しなければなりません。」

 

3.論文不正の事例

不正を働いてしまうと、どのような結果を招くことになるのか、いくつか論文不正の事例をご紹介しましょう。

「世界一の撤回論文数」という不名誉な記録を打ち立てた日本人麻酔科医のFがいました。あるイギリスの麻酔科医がFの論文168本におけるデータを精査し、偶然とは考えられない不自然なデータの分布を指摘したことがきっかけで、不正が発覚しました。(Carlisle JB. The analysis of 168 randomised controlled trials to test data integrity. Anaesthesia 2012;67:521–37.) そして2012年にそれらの論文は撤回されました。(Akst J. Anesthesiologist Fabricates 172 Papers. The Scientist Jul 3, 2012)

また2014年にNature誌に掲載されたSTAP細胞に関する論文も、データのねつ造が発覚し、撤回となりました。発覚のきっかけは、画像の使い回しを発見した第三者による告発でした。論文の筆頭著者はその後学位論文にも盗用が発見され、学位取り消しとなりました。

過度の競争意識が、研究者としてのモラルや守るべき行動規範に関する意識を失わせ、科学的真理を探求するという純粋な目的を見失わせます。ただ効率的に論文を作成し、名声を得ようとする人間たちに、科学者の名を語る資格はないでしょう。不正によって名声を得たとして、その人間は果たして幸せなのか、私には分かりません。不正によって他人を騙すことができても、自分を騙すことはできないでしょう。

 

4.意図しない盗用を防ぐには

盗用(剽窃)は、故意であればねつ造や改ざんと同じ重大な不正行為です。しかし、故意ではなく、不注意で盗用してしまうことがあるため、論文の著者は十分に注意しなくてはなりません。

例えば他の論文のMethodsと同様の方法で、異なる疾患や病態の患者を対象として研究を行い、論文中に元の論文の出典を明記すれば、Methodsの盗用には当たりません。しかし出典を明記せずに元の論文のMethodsのテキストをコピーして自分の論文にペーストすれば、盗用に当たります。

また他の論文の文章を参考にするのは問題ありませんが、自分の言葉で書くことが重要です。英語を母国語としない研究者は、英作文がうまくできないと、つい他の論文の文章をコピーしたくなるかもしれません。しかし、それをやってはなりません。

近年多くのジャーナルが「iThenticate」などの盗用チェック・ツールを導入し、盗用の防止に当たっています。他の論文の文章をコピーして自分の論文にペーストする行為は、たとえ1文であっても盗用チェック・ツールに引っかかり、盗用と見なされる可能性があります。

他の論文の文章をそのまま使う場合は、引用符を付けて引用すれば良いとされます。引用符の中身は、元の文章と一字一句違わないようにします。しかし実際には、医学論文においてそのような引用の仕方を見かけることは稀です。
自分が書いた過去の論文の一部をコピペすることを、自己剽窃(text recycling)と言います。自己剽窃も盗用チェック・ツールに引っかかり、盗用と見なされる可能性がありますので、毎回新しく英作文することをお勧めします。

 

5.二重投稿における注意点

二重投稿(duplicate submission)も明らかな論文不正です。同じ原著論文を英語で英文誌に、日本語で和文誌に、と両誌に無断で投稿する行為は、二重投稿にあたります。ただし、英文原著論文が出版された後に、引用する形で、その解説を和文誌に掲載することを両誌が認めれば、acceptable secondary publicationとして許容されることもあります。

なお、学会発表と論文投稿の内容が同じであっても、二重投稿には当たりません。学会発表の内容を論文化して出版することは何ら問題はないどころか、むしろ推奨されます。

ねつ造や改ざんは悪いこと――子供でも分かる道徳に背いた研究者は、科学の世界からは永久追放されるべきです。実際、厳しい処分が下されることも少なくありません。まともな研究者にねつ造や改ざんの心配はありませんが、意図しない盗用や自己剽窃を指摘されることはあります。読者の皆様も十分に留意して、慎重に論文原稿を作成してください。

今回でシリーズ「勤務医が知っておきたい医学論文作成のイロハ」は終了です。ご愛読いただきありがとうございました。

 

 

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康永 秀生(やすなが・ひでお)
東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学教授。
1994年、東京大学医学部を卒業後、6年間臨床医として病院勤務。東京大学助教・特任准教授、ハーバード大学客員研究員などを経て、2013年より現職。専門は臨床疫学、医療経済学。2019年1月現在、英文原著論文の出版数は約400編。日本臨床疫学会理事。Journal of Epidemiology編集委員。Annals of Clinical Epidemiology編集長。近著に、『必ずアクセプトされる医学英語論文 完全攻略50の鉄則』(金原出版)、『できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則』(金原出版)、『健康の経済学』(中央経済社)、『すべての医療は「不確実」である」(NHK出版)、『超入門! スラスラわかる リアルワールドデータで臨床研究』(金芳堂)、『超絶解説 医学論文の難解な統計手法が手に取るようにわかる本』(金原出版)など。
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