勤務医が知っておきたい医学論文作成のイロハ

【第1回】効率的な論文執筆のための準備-研究計画

康永 秀生 氏(東京大学大学院医学系研究科 教授)

臨床研究の実績として、医師のキャリアに大きく関係する医学論文。本シリーズは症例報告・原著論文を中心に、執筆から投稿までのコツを連載形式でご紹介します。解説いただくのは、東京大学大学院で臨床疫学と医療経済学の教授として若手研究員を指導、「Journal of Epidemiology」の編集委員も務める康永秀生氏です。臨床で忙しい勤務医でも書き上げられる「論文作成の方法」をレクチャーいただきます。

第1回のテーマは「研究計画」です。

 

1.早く書かないと無意味

日々多忙な臨床に力を注いでいらっしゃる勤務医の先生方。忙しさの合間を縫って、何とか医学論文を書きたいとお考えの方も多いことでしょう。
質の高い価値のある論文を書き上げることは、並大抵の努力では成し遂げられません。とはいえ、時間をかければ良い論文が仕上がるとは限らない。むしろ、論文は早く書き上げないと意味がないのです。
医学の発展は日進月歩です。最新の論文でも、2~3年経てば内容が古くなることもあります。書くべき論文のテーマを何年も温めていては、世界のどこかにいる他の研究者が先に書いてしまうかもしれません。

理想はテーマの着想から2~3年以内に論文を執筆・投稿することです。データを収集してから数えれば、遅くとも半年以内に投稿すべきです。さもないと、データは次第に古くなって、しまいには腐ってしまいます。

 

2.週に半日は研究に専念する

そうはいっても「臨床が忙しくて書く時間がなかなか取れない」という声が聞こえてきそうです。確かに、24時間365日臨床に浸りきっていれば、論文を書くことは不可能です。

ある勤務医は、勤め先の理解もあって、週に半日の研究日を利用して私の研究室に通い詰め、年間1~2本は英文原著論文を書き続けています。彼の何が一番素晴らしいかと問われれば、研究日にちゃんと研究をやっていることでしょう。
論文を書きたい読者の皆さんも、1週間に半日程度は研究に専念できる時間を確保できれば幸せです。それができれば、論文を書けない理由はないでしょう。
「いやいや、その勤務医は大学の教員の指導という恩恵に浴しているから、そんなことが可能ではないか」という声も聞こえてきそうです。確かにそうです。であるからこそ、皆さんもそうすればいいのです。週に半日、この時間は「論文執筆の時間」と決め、出身大学の教員に教えを乞うも良し、学会や研究会のセミナーに参加するも良し。予定を入れてしまう。臨床研究をやりたければ、お勧めの学会は、日本臨床疫学会です。すべては論文を書くための方便です。行動なくして成功はあり得ません。

 

3.効率的な論文執筆のための準備-研究計画を立てる

前述の勤務医に私が伝授したことは、効率的な論文執筆のコツです。本シリーズで折に触れてそれを紹介しましょう。皆さんの論文執筆の一助になれば幸いです。
初回となる本稿では、「テーマ選び」「構成要素の定式化」と「文献検索のコツ」の概略をお伝えします。なお詳細は拙著『できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則』(金原出版)を参照ください。

(1)テーマ選び
研究テーマを選ぶ上で、とりわけ研究の「実行可能性(feasibility)」とテーマ自体の「新規性(novelty)」の検討が重要です。実行可能性のない研究計画は、絵に描いた餅です。新規性がなければ論文にはなり得ません。臨床研究の場合、研究テーマ選びの出発点は、臨床的疑義、つまりクリニカル・クエスチョン(clinical question, CQ)の発掘です。研究テーマは、日常臨床の現場に転がっています。日常臨床の現場で感じた素朴な疑問が、そのままCQになるかもしれません。つまり臨床研究は、日常臨床から既に始まっているのです。

(2) 疑問のリサーチ・クエスチョン化(「実行可能性」の検証)
次に、それら臨床現場での疑問の中から研究対象となりうるテーマを選ぶ、CQからリサーチ・クエスチョン(research question, RQ)への定式化が必要です。RQとは、CQを構成する要素を「PE(I)CO」という枠組みに当てはめ、研究の目的・仮説を明確化したものです。表1のPE(I)COは、研究テーマの実行可能性を検証するための作業フレームです。

表1.PE(I)CO
P Patients(患者)
E(I) Exposure(曝露)またはIntervention(介入)
C Control(対照)
O Outcome(アウトカム)

まずは対象となる患者群を定義し、それを曝露群(または介入群)および対照群に分類し、さらに測定すべきアウトカムを定義します。
例えば、「腹腔鏡下手術は開腹手術よりも優れているか?」というCQに答えるために、RQの定式化を行うケースを想定します。このCQのままでは、対象となる患者(Patients)が不明ですので、例えば「早期胃がんの根治手術を受けた患者」とします。「腹腔鏡下手術」は、ランダム化比較試験の場合には「介入」、観察研究の場合には「曝露」に相当しますが、倫理性や研究費用を考慮すれば、後者の方が実行可能性は高いと言えるでしょう。「開腹手術」は「対照」に相当します。「アウトカム」は術後早期の合併症発生・死亡率や、長期の生存率などが挙げられるでしょう。患者の追跡可能性を考慮すれば、前者の方が実行可能性は高いと言えます。

いずれにしろ、自身が確保できる研究予算や研究フィールドの範囲を考慮の上、実行可能性を検討することが大切です。

(3)文献検索(「新規性」の検証)
PE(I)COのフレームを決めたら、文献検索を行い、過去に同様の研究が行われていないかを確認。PE(I)COをブラッシュ・アップしていきます。先行研究ですでに明らかになっていること、まだ明らかになっていないことを確かめます。すでに明らかになっていることを再び検証することはあまり意義がありません。文献検索結果に沿って、当初のPE(I)COに修正を加えます。

【効率的な文献検索方法】
文献検索で最も重要なことは、検索の作業自体に時間をかけないことです。限られた時間の中で、重要となる「論文精読」の時間を確保するには、効率的な検索が不可欠となります。
いろんな検索エンジンを当たることは非効率です。忙しい先生方には、PubMedだけで十分でしょう。PubMedを使う際には、東京大学医学図書館のホームページからダウンロードできるマニュアル「PubMed の使い方」がおすすめです。

PubMedでは、主要誌に掲載された最近10年の論文のみをまず検索してください。Filter(絞り込み)機能で論文を絞り込む手順は次のとおりです。

まずPubMedトップページ上部の検索窓下にある“Advanced”をクリックします。

 

Home   PubMed   NCBI

画像出典:PubMed

 

移動したページで“Builder”のプルダウンメニューから“Title/Abstract”を選択し、右側の検索窓にキーワードを入力して検索してください。ここでは仮に“laparoscopic gastrectomy”と入力し、“Search”をクリックし検索してみます。
キーワードは、PE(I)COに含まれる用語を選択すればよいでしょう。ひとつのキーワードでうまく絞り込めない場合は、複数を組み合わせて検索してください。
系統的レビュー(systematic review)ではないので、網羅的に検索する必要はありません。同様のテーマの論文の中から、Core clinical journalに掲載されている質の高い論文を選ぶことが、文献レビューの出発点となります。

 

Advanced search   PubMed   NCBI

画像出典:PubMed

 

検索結果ページの左側にある“Show additional filters”をクリックし、表示される“Additional filters”の中から、“Publication dates”と“Journal categories”にチェックを入れ、さらに“Show”をクリックます。

 

laparoscopic gastrectomy Title Abstract    PubMed   NCBI

画像出典:PubMed

 

画面左側の“10 years”と“Core clinical journals”を選択すれば、主要誌に掲載された最近10年の論文の絞り込みができます。

ヒットした論文のTitleとAbstractをチェックし、読むべき論文を厳選しましょう。それから後は、PubMedのAbstract掲載ページの右側にある“Similar articles”を活用することをお勧めします。

上記の文献レビューの概略を示すと、早期胃がん手術のうち、幽門側胃切除術については腹腔鏡下手術と開腹手術の間でアウトカムを比較した大規模な先行研究はすでに実施されています。一方、胃全摘術に関する先行文献は散見されるものの、それらの規模は小さく、腹腔鏡下手術と開腹手術のどちらがより良いアウトカム(特に術後早期のアウトカム)をもたらすか、コンセンサスは得られていないようです。

これに従って、PE(I)COをブラッシュ・アップした結果を以下に示します。

P 早期胃がんで手術を受けた患者(多施設)
E(I) 腹腔鏡下胃全摘術
C 開腹胃全摘術
O 術後早期のアウトカム(術後合併症発生率、術後在院日数、30日以内の死亡率など)

ここまで、効率的な論文執筆のための準備として、「研究計画」の立て方について説明をしてきました。研究計画とは、いわば論文の設計図であり、論文執筆の地図にあたります。その研究に果たして意味があるのか、実現可能なのか。この段階でしっかりと見極め、無駄に時間を費やす危険を回避しましょう。また、明確な地図=研究計画を立てることは、実際に論文を書く作業において道に迷う時間のロスを防げます。論文作成においても、作業の効率化においても、もっとも重要な作業の一つと言えるでしょう。みなさんも「早く論文を仕上げなければ」と焦ることなく、しっかりと研究計画を立ててください。

次回は「症例報告論文の執筆のコツ」を紹介します。

 

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康永 秀生(やすなが・ひでお)
東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学教授。
1994年、東京大学医学部を卒業後、6年間臨床医として病院勤務。東京大学助教・特任准教授、ハーバード大学客員研究員などを経て、2013年より現職。専門は臨床疫学、医療経済学。2019年1月現在、英文原著論文の出版数は約400編。日本臨床疫学会理事。Journal of Epidemiology編集委員。Annals of Clinical Epidemiology編集長。近著に、『必ずアクセプトされる医学英語論文 完全攻略50の鉄則』(金原出版)、『できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則』(金原出版)、『健康の経済学』(中央経済社)、『すべての医療は「不確実」である」(NHK出版)など。
『できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則』
著者:康永秀生
発行所:金原出版
発行日:2017/9/28
内容:
臨床研究の知識や技術は、医学部の6年間では十分に教育されない。医師になった後に自学自習で身に着けるにも限界がある。
本書は、筆者が教鞭を執る東京大学大学院での講義内容を一冊にまとめたものである。
クリニカル・クエスチョンを臨床研究につなげる研究デザインの知識。
臨床研究に必要となる疫学・統計学の基礎知識。
臨床研究を実践するための知識・技術がこの一冊に凝縮されている。
この一冊があれば、今日から臨床研究を始められる。
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