勤務医が知っておきたい医学論文作成のイロハ

【第2回】「症例報告論文」の執筆のポイント

康永 秀生 氏(東京大学大学院医学系研究科 教授)

臨床研究の実績として、医師のキャリアに大きく関係する医学論文。本シリーズは症例報告・原著論文を中心に、執筆から投稿までのコツを連載形式でご紹介します。解説いただくのは、東京大学大学院で臨床疫学と医療経済学の教授として若手研究員を指導、「Journal of Epidemiology」の編集委員も務める康永秀生氏です。臨床で忙しい勤務医でも書き上げられる「論文作成の方法」をレクチャーいただきます。

第2回のテーマは「症例報告論文の執筆のポイント」です。論文には、おおまかに原著論文(original article)、総説(review)、症例報告(case report)といったタイプがあります。今回は症例報告論文の書き方をお伝えしましょう。なお第3回以降は、複数回にわたって原著論文の書き方を解説します。

 

1. 症例報告論文とは

症例報告とは、珍しい疾患や病態、教科書の記載とは異なる症状や経過、新規の副作用や有害事象、診断・治療法の改良や新しい試みなどを記録した報告です。この症例報告を論文形式にまとめたものが「症例報告論文」となります。
症例報告論文の特徴として、他の論文に比べて執筆に取り組みやすい形式であることが挙げられます。原著論文には数百例、少なくとも数十例の症例が必要であるのに対し、症例報告論文は1例からでも成立します。にもかかわらず、症例報告の多くが学会発表のみにとどまり論文化されません。

はっきり言いましょう。論文化されない症例報告には、学問的な価値はほとんどありません。

研修医などの若い先生が、学会発表という修羅場の経験を積むために症例報告をするなら、まあ良しとしましょう。しかし、研修医レベルを卒業したら、学問的価値のある症例を見つけて論文として発表することをお勧めします。なぜなら症例報告論文は、臨床家が遭遇した困難な症例の経験や、将来の原著論文につながりうる新規性のある診療の試みを紹介するための貴重な媒体であるからです。

また、症例報告論文も英語で書くことを強く推奨します。なぜなら、その価値ある情報を世界中の臨床家と共有したければ、英語というツールを使わない手はないからです。

近年、症例報告に特化したジャーナルが増えています。「BMJ Case Reports」「Clinical Case Reports」「Journal of Medical Case Reports(BMC)」などが有名です。ちなみに、多くの老舗ジャーナルは原著論文と総説しか掲載しなくなっています。国内でも、例えば日本外科学会は2015年に症例報告に特化した「Surgical Case Reports」を発刊し、機関誌である「Surgery Today」には症例報告を掲載しなくなりました。論文誌も役割分担が進んでいるということです。

 

2. 症例報告論文に記載すべき内容

症例報告論文は一般に、Abstract(抄録)、Introduction(緒言)、Case(症例)、Discussion(考察)、Conclusion(結論)というパーツで構成されます。各パーツの書き方をご説明しましょう。

(1)Abstract(抄録)
Abstractでは、症例の新規性とそれに対する考察について要約します。通常、症例報告のAbstractは150ワード以内という制限があります。Caseに記載するような細かい臨床経過を書くゆとりはありません。その症例の何が珍しいのか、どこが新しい発見か、その発見にどのような臨床的意義があるかを簡潔に書きましょう。

(2)Introduction(緒言)
当該症例にわざわざ注目する理由、それに関わる臨床的な問題提起を、簡潔に示します。それに当たって、関連する文献の引用が不可欠です。
症例報告では、その疾患では通常みられない所見、特異な臨床経過、治療に対する有害事象などがよく取り上げられます。その疾患で通常みられる所見や一般的な臨床経過、推奨される治療に関する情報を文献から引用し、Introductionで簡潔に記述しましょう。

(3)Case(症例)
症例が示す臨床像を、ポイントを押さえて記述します。患者背景、現病歴、既往歴の記載は、その症例のプロフィールを読者にイメージさせるために重要な情報です。行われるべき検査の結果は、陽性・陰性も含めて記述すべきです。ただし、アウトカム(outcome)と関連しない検査結果を羅列すべきではありません。治療計画と、それにより期待されるアウトカム、実際に起こったアウトカムを対比して記述します。

(4)Discussion(考察)
Introductionにおける問題提起を発展させ、当該症例の新規性を提示します。
まず、当該症例の病状・病態、治療やそのアウトカムに関する既存の理論、先行研究の知見について記述します。次に当該症例のデータを参照しつつ、何が珍しいのか、どこが新しい発見なのかを明示します。
その上で注目すべき経過や検査所見、期待以上の(あるいは期待外れの)アウトカムなどを特記します。診断に難渋した理由、試行的治療を選択した動機、想定外のアウトカムに関する生物学的にありうる(biologically plausible)、あるいは臨床的にありうる(clinically plausible)メカニズムについて考察を加えます
さらに当該症例が既存の理論や知見とどの点で一致(compatible)するかを考察します。あるいは、既存の理論を覆す可能性がある、全く新しい知見を与えるものかどうかについて踏み込んで考察することもあります。

(5)Conclusion(結論)
全体をまとめるキー・メッセージを記します。本症例報告が、日常臨床にどのように貢献しうるかを簡潔に付け加えても良いでしょう。読者が今後、同様の症例に遭遇した場合、どのように対処すべきかをアドバイスしても構いません。

ここまで、症例報告論文の執筆のコツについてご説明しました。症例報告を論文化することは、新たな病気の予防・診断・治療のヒントを生み、臨床への貢献にもつながります。
今回ご紹介した、論文に記載すべき内容や強調すべきポイントを参考に、学会発表にとどまらず、症例報告論文の執筆に挑戦されることを願います。

次回は「原著論文のIntroductionの書き方」について解説します。

 

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康永 秀生(やすなが・ひでお)
東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学教授。
1994年、東京大学医学部を卒業後、6年間臨床医として病院勤務。東京大学助教・特任准教授、ハーバード大学客員研究員などを経て、2013年より現職。専門は臨床疫学、医療経済学。2019年1月現在、英文原著論文の出版数は約400編。日本臨床疫学会理事。Journal of Epidemiology編集委員。Annals of Clinical Epidemiology編集長。近著に、『必ずアクセプトされる医学英語論文 完全攻略50の鉄則』(金原出版)、『できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則』(金原出版)、『健康の経済学』(中央経済社)、『すべての医療は「不確実」である」(NHK出版)など。
『できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則』
著者:康永秀生
発行所:金原出版
発行日:2017/9/28
内容:
臨床研究の知識や技術は、医学部の6年間では十分に教育されない。医師になった後に自学自習で身に着けるにも限界がある。
本書は、筆者が教鞭を執る東京大学大学院での講義内容を一冊にまとめたものである。クリニカル・クエスチョンを臨床研究につなげる研究デザインの知識。臨床研究に必要となる疫学・統計学の基礎知識。臨床研究を実践するための知識・技術がこの一冊に凝縮されている。この一冊があれば、今日から臨床研究を始められる。
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